ヒア・カムズ・ザ・サン (2)
文字数 1,424文字
「は? 三郎? なんでおれじゃなくてベンに? 貸して」
ベンジャミンのスマホをとりあげようとやっきになって手をのばしてくる。フロリアン、絶妙なタイミングだったと言える。それだけでもお手柄だ。
(三郎サンキュ)ほれほれとスマホをクロードの前で振りつつ、心の中でフロリアンを拝むベンジャミンだ。
(今度ペプシ生おごる)
と、一瞬の隙をついて、クロードがベンジャミンからスマホを奪った。
「それでね武蔵さん」フロリアンが気づくまであと5秒。「ちょっとなんつうか――」
「おいフロ! いまどこ?」
「お願いがあるんですけど、御曹司には秘――ええっ??」
「お願い? ベンに? おれは?」
零コンマの差で自分の口をふさいだフロリアンだ。
(やっ……ばっ!!!!)
危なかった。
「やっ、えっ、うわおんぞうしおひさしぶりっす! おげんきすかっ」
「どしたの? おれが出ちゃいけなかった?」
パニクったフロリアンの手からスマホがすべり落ちる。
とっさに空中で受けとめたのはヴィンセントだ。そのまま勢いで通話に出てしまった。
「もしもし! はじめまして! 薬師丸ともうします。
三郎どのがいつもお世話になっております」
「え?」
「じゃなかった! 三郎どのには、お世話になっております!」
神童もめずらしくパニクっている。
「ははは、きみ誰? 面白い子。薬師丸くん?」
「あっはい!(どっから説明しよう?)えーと、三郎どのと四郎どのは、いま、うちの寺にお泊まりなんです……」
「寺? どこ?」
「タカオです」
「タカオ。どっちの? ムササビのいるほう?」
「そうです、ムササビの! よくご存じですね」
「『空飛ぶ座布団』っていうんだよね」
「そうなんです!! よくご存じですね!!」
「一度見てみたいな、飛ぶところ。薬師丸くんは見たことあるの?」
「まだありません!!!」
クロード、ヴィンセントをなんと三十秒でわしづかみ。
初対面、いや、顔も見えてない。声だけ。
茫然と見まもるフロリアンとクリストフだ。
(うちの御曹司ってやっぱり――)
(スターなんだ)
作者の年下の友人Tはかつて、ホテルマンをしていた。
その勤め先のホテルのエレベーターで一度、イチロー選手(現役時代)と乗り合わせるという
スターは何を思ったか、紙に包んだガムをTに渡して、
「これ捨てといて」
と仰せになった。そしてエレベーターを降りていった。
「おれ、そのガム」はにかみつつTは言ったものだ。「どうしたと思います?」
作者が何も思いつく前に、別の友人Yが即答した。
「噛んだだろ」
「噛みました」
「おれでも噛む」
「だってイチローの噛んだガムですよ!」
「だよな!」
度肝を抜かれている作者をよそに、テンションだだ上がりの男二人。
二人ともゲイではない。そういう愛とも違うらしいのだ。
うん、わかる、
というかたも、いやわからないというかたも、どうかヴィン少年の興奮ぶりを理解してあげてください。
「はい、替わります。失礼しました。あっ……あ……」
スマホをフロリアンに返しながらもまだパニクっている。クロードにばれそうになった秘密の話を無事ごまかしおおせたことなど、どこかへ吹き飛んでしまっている。
「お、おはなししちゃいました! どうしよ、お話ししちゃった、九郎判官どのと。本物ですよね、ねえねえ三郎どの、いまの本物ですよね? わあ!」
丸聞こえだ。