ロンリーハート (1)
文字数 1,330文字
庭の飛び石。苔。
障子の木枠にもたれて座る、横座りの、白地に藍染めのゆかたの裾から、小さな裸足。
風鈴――
やっぱり日本の夏はこうでなくちゃね!
アルミサッシ閉め切ってエアコンがんがんなんて風情がなさすぎる。バテすぎてミルクかけたシリアルしか食べられない? どこの星のアメリカ人だ私よ。
葛切りでしょう、ここは。黒蜜の。
薄青いアンティーク硝子の器に盛ってあったりするのだ。
だが、彼女は手をつけていない。
そっと入ってきて離れて座った男に、気づいているのか、いないのか。
風鈴。
蝉しぐれ。
ふと、彼女の唇が動く。かすかな声だ。
「恋しとよ……
きみ恋しとよ ゆかしとよ」
「逢わばや見ばや 見ばや 見えばや」
「
呼ばれた男は静かに立って、女の近くまで来た。
女はふりむかない。
「歌は、覚えてるの」
ぽつりと言う。
男は黙って次の言葉を待つが、女は、それきり動かない。
「何かお持ちしますか」そっと尋ねると、首を振る。
「せめて、水か
首を振る。
「わたし、この歌を歌ってあげたの」
聞きとれないほどかすかな声だ。
「思い出したんですか」と訊くと、うなずいている。
誰に。
それを尋ねていいものなのか、男は決めかねる。
「誰に?」
自分でそう言ってふりむいたアリアの目から、涙があふれて落ちた。
「誰に歌ってあげたのでしょうか、わたし。
誰に逢いたくて、誰が恋しくて、この歌を」
「恋しかったことは憶えているんです。
そのひとは、わたしが恋してはいけないひとだったことも。
でも、そのひとのそばにいるだけで、わたしは――幸せで――」
「全成さま」墨染の衣の胸にすがって、わっと泣きだした。「全成さまがそばにいてくださらなかったら、わたし、自分が誰かもわからなくなっていました。
お願い。どこへも行かないで。
わたしを一人にしないで」
泣きすがる女を抱きしめながら、男は無言だ。
その端正な横顔には、
冷酷な薄笑いが浮かんでいる――
とか、書けたらいいのだが。
作者はどうもそういう絵に描いたようなうすっぺらい悪人を描くのが苦手だ。プロットの段階では
だって、ほくそ笑んでいる人間を書くより、困っている人間を書くほうがだんぜん楽しいんだもんね。そりゃもう百倍楽しいですよ。
ということで、アントワーヌはアリアを抱きながら、困っている。もうもんのすごく困ってるのだ。ざまあ。
(これはないだろう)
(いやいやいやないだろういまどき記憶喪失とか。ぶつかって魂が入れ替わるのは不採用なのにこっちはOKなの?
てかおれ大ピンチ? 美少女を
いきなり抜擢されてこんな難役って心の準備ゼロだったんだが)
(えーちょっとー。誰か助けてー)
まあ、いちおう悪いのあんただからね、全成くん。
とほうにくれてあたりを見まわすアントワーヌだ。
風鈴だけがちりーんと鳴っている。いい感じで。