ムーン・リバー (4)
文字数 687文字
淡々とハロルドが言う。
「憎んだり恨んだりするのは、生身の人間だからこそ持つ感情で……
それをつい亡者にも投影して、『祟り』だとか『呪い』だとか言ってしまうけど。
じつは関係ない」
「見守るだけだよ。亡者は。
ただ、哀しいだけ。
忘れられないだけだ」
「おれたちべつに地震起こしたりしてないし」とハロルド。
「そうなの?」とクロード。
「うん。『平家の祟りだ!』言われたけど濡れ衣。
純粋に太平洋プレート(岩盤)の移動が原因」
理系だなハロルド。怨霊なのに。
「話がずれてごめん」とハロルド。「主上の話だった。
あの子だけが、おれたち死者の中で、少しだけ歳をとっていって……
恋をしたり。学問や武芸を学んだり。六歳で死んだままではできなかったこと。
不思議だろう? なぜだと思う」
「それは」
「おれたち生きてる側が、そう願うから?」
「たぶん」
「地上の誰かが憶えていてくれるかぎり。生きていてくれたらいいなと思っているかぎり。
あの子は死なない」
ハロルド、涙ぐんでいる。
叔父バカなのだ。
「だから、きみも生きろ」とハロルド。
「おれ?」とクロード。
「きみに敗けた側としては」微笑んでいる。「ぜひ勝ちあがってもらいたい」
「勝てないよ」
「そうじゃなく」
「鎌倉はたしかに凄い。あの〈幕府〉というやつ。前代未聞だ。
これから七百年は持つ。
でも、きみはそれより長生きする」
「鎌倉殿が心血そそいで作った幕府というシステムが、この地上からあとかたもなく消え去った後も──
きみは消えずに残る。
生きつづける。変化しつづける。
九郎義経」
「それが言いたかった」