ヒア・カムズ・ザ・サン (13)

文字数 1,649文字

風霊族(シルフィード)の力を借りるならここだな」とヴァレンティン。「彼らはおれたちに何の恩義もないし、協力してくれても何の報酬も用意できない。ただ彼らの善意にすがるしかない。だから頼るときは一点集中にしないと。
 アリアちゃんと本当の話ができるよう、なんとか道をつけてもらおう」
「うん」
 希望が出てきた。力をこめてうなずく。

「ヴァレ兄、鎌倉の人たち、誰が信用できて誰ができないかわかる?」
「ごめん」肩を落としている。「それはさすがに」
「そうか」この人も全知全能ではないのだ。
「ミラちゃんのほうが知ってるでしょう」とヴァレンティン。「一度だけとはいえ鎌倉殿本人に会ったことがあるんだよね? おれはない」
「え、そうなの? 意外。合戦のときも?」
「あの人合戦のあいだじゅうずっと鎌倉にいたから」史実です。
「そっか!」
「どんな人?」
「うーん」ミランダは記憶を探る。思い出の佐助稲荷だ。「わりと感じ良い? ていうか素敵?」

 ヴァレンティンが目を見はる。「一般のイメージと違うね」
「一般のイメージって?」
「うん、えーと」言葉をにごしている。「冷酷で、猜疑心が強くて、嫉妬深くて?」
「あー、ありがち」

「ずるくてわがままで、すぐ人をどなりつけて、小物感がつよくて?」
「はいはい。あるある」
「好色で見さかいがなくて未練がましくて、ストーカーでセクハラでパワハラ?」
「それは完全に今年(2022年)の大河ドラマの頼朝だね」 ※三谷幸喜バージョン

「そういうんじゃないと思うよ」首をかしげつつ答えるミランダだ。「たぶん。
 でないと、あんなに人がついていかないよ」
「だよね」とヴァレンティン。「それ聞いてちょっとほっとした。
 だって頼朝くんがあんまり変な人だと、滅ぼされたおれたちの立場ない」
 なるほど。

「じゃあアリアちゃんも、それほど危険な目には遭わされていないかな」
「と思う」
 いやある意味めっちゃ危険なことになってるんだが!
 と教えてやりたいけれども、作者の特権をもってしてもそれはできないんである。うう。

「ここは慎重にいかないとね」ヴァレ兄、自分に言い聞かせるように微笑む。「鎌倉とどう接触したらいいか、着く前にはっきりさせてから入ろう。
 きつねくんたちとも現地集合じゃなく、高尾で待っててもらって迎えに行こう。彼らもそのあいだ休養できるし。
 傷は、ほんとに大丈夫なのかな?」
「大丈夫だって本人たちが言ってるから」とミランダ。「信じるしかない」
「そうだね」

「ヴァレ兄」
「うん?」
「どしたの?」

「ちょっと酔った」
 微アル350ミリ缶1本で酔う人ではない。

「二度はいやだ」静かに言った。「おれも一度は耐えたけど、二度はごめんだ。
 自分のことはいいんだ。
 もう誰も死なせたくない。目の前で――誰も――救えないのは――もう」

「誰も死なないよ」
 思いきって後ろへ回って背中から抱きしめてしまったから、顔が見えなくなった。
「あたしたちは誰も死なない。ぜったい全員で逃げきって幸せになる。
 約束する」
「信用できない。きみたちは無茶するじゃないか。どいつもこいつも。やめてほしい」
「しない。無茶しないよ。ね。だから」
「嘘だな、これ微アル0.5%なんて。もっと入ってる」せきばらいをしてごまかしている。
 こんなに涙もろい人だった? とミランダは思う。
 ううん、そうじゃなくて。
 それくらい危ない橋ってことね。

 無茶しない――なんて、できない約束をしてしまったかもしれない。
 ミランダ自身は、危ない橋とわかると、がぜんアドレナリンが出るタイプだ。

「ねえパトちゃんの寝顔見ようよ。もんのすごく可愛いよ?」
「なにそれ『もんのすごく』って」
「ほんと可愛いから」
「まずいでしょ、レディーの寝顔見ちゃ」
「大丈夫だって、黙っててあげるから。もう、紳士だなあ」
「えー」
 二人で笑う。

「ヴァレ兄」
「うん?」
 言うならきっと、いまが最初で最後のチャンスよね、とミランダは思う。
 あなたは、あたしの初恋の人でした。

「何?」

「なんでもない」

 言わなくても、たぶん伝わってる。
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登場人物紹介

静/アリア(しずか/ありあ)

この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳、ばかりでなく、雨を降らせる特殊能力を持っているが、本人はその重大性に気づいていないらしい。惚れっぽく、美しい者には見境なくフォーリンラブしてしまう。海霊族(ネレイド)。

源九郎義経/クロード(みなもとのくろうよしつね/くろーど)

アリアの恋人。天性の人たらし。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたち郎党からは「御曹司」と呼ばれている。アリアを熱愛する一方で、実姉のカミーユとぬきさしならない愛憎関係にある。樹霊族(ドリュアード)。

源由良頼朝/カミーユ(みなもとのゆらよりとも/かみーゆ)

クロードの異母姉。男装し、源家の嫡子として生きている。頭脳明晰で完璧主義。そのため破天荒な弟のクロードとは惹かれあいながらも衝突してしまう。父の非業の死により心に深い傷を負っているわりには、しばしばナイスなボケもかます。樹霊族(ドリュアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)

醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取るわりにはクロードの何分の一も暴れておらず、そんな自分の生き方(というかキャラ設定)に疑問を抱く毎日。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

源”悪源太”義平/ジャン=ポール(みなもとのあくげんたよしひら/じゃんぽーる)

源家九兄弟の長男。クロード・カミーユ・アントワーヌの異母兄。性格は豪放磊落。無念の死をとげ怨霊となるも、いまはお気楽雷神ライフを満喫中。アリアの熱烈なファンで動画のチャンネル登録をしている。樹霊族(ドリュアード)。

遥/ミランダ(はるか/みらんだ)

アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。アリアの行く末を心配し、クロードと引き離したいと願っている。海霊族(ネレイド)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


ミランダの新しい友人。一人当千の女武者(アスリート)で尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだったため、ミランダとアリアの救出に喜んで参戦する。素はおちゃめ。土霊族(ノーム)。

平知盛/ヴァレンティン(たいらのとももり/ばれんてぃん)


平家の若き当主。物腰柔らか、文武両道の公達(きんだち)。巻一でみずから時の深淵に沈んだはずだったが、アリアとミランダの危機に急遽召喚されて浮上。巻三では活躍が期待される。クロードとは因縁の仲ながら、互いに親近感を抱いているらしい。樹霊族(ドリュアード)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)

アリアの友人(片思い中)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。「天性極信」(てんせいごくしん)、つまり「めちゃくちゃいいやつ」と広辞苑第五版にも書かれているが(「極信」で引いてみてください)、本人は一度でいいから「いけないひと」と呼ばれてみたいと思っている。下戸という噂あり。水狐(ウォーターフォックス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)

クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ているが、左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。巻二で晴れてミランダと両思いになった(おめでとう)。酔うと口が悪くなるという噂あり(酔わなくても口が悪いという噂もあり)。火狐(ファイアーフォックス)。

文覚/バルタザール(もんがく/ばるたざーる)


荒法師。俗名(ぞくみょう)、遠藤盛遠(えんどうもりとお)。荒海を一喝して静める法力の持ち主。カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲で、アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。人情に厚く、弱い者を見ると放っておけず、敵味方関係なく義のために突き進む行動の男。その猪突猛進がしばしば波乱を巻き起こす。水霊族(ナイアード)。

薬師丸/ヴィンセント(やくしまる/びんせんと)


文覚の弟子。愛称ヴィン、ヴィニー。のちにカリスマ的名僧となる人物の少年期の姿。推定年齢十二歳前後(ヒューマノイド換算)。冷静沈着で、師の(ときに暑苦しい)かわいがりように迷惑そうな表情を見せているが、何のかの言って名コンビ。幻視および幻写という特殊能力と、天人にも見まがう美貌を持つ。風霊族(シルフィード)。

武蔵坊弁慶/ベンジャミン(むさしぼうべんけい/べんじゃみん)

アリアの友人。クロードの右腕。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。皆の精神的主柱(万年しりぬぐい役とも言う)。こう見えて料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

平教経/ハロルド(たいらののりつね/はろるど)


平家ファミリー最強の戦士。ことに強弓は他の追随を許さない。肩書は能登守(のとのかみ)。素は気さくな好青年で、甥のアーサーを溺愛する叔父バカ。樹霊族(ドリュアード)。

言仁/アーサー(ときひと/あーさー)


平家ファミリーの秘蔵っ子。齢六歳の先帝。言仁は諱(いみな=本名)で、帝としての諡(おくりな=没後に贈られる称号)は安徳天皇。本人は「天のうをやめれた」ことを喜んでいる。樹霊族と龍族両方の血を引く「ダブル」。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)

鎌倉幕府の重要御家人の一人。清廉潔白な人柄でカミーユの信頼厚く、「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。クロードやベンジャミンたちともかつて戦場でともに戦った仲。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

平清盛/リチャード(たいらのきよもり/りちゃーど)

平家一門のゴッドファーザー。入道相国(にゅうどうしょうこく)とも大殿(おおとの)とも呼ばれる。そのカリスマをもって一時は最高権力者の座に昇りつめるも、病に倒れ志半ばにして世を去った。いまは隠れ里のシークレットガーデンパレス祖谷を理想郷にすることに熱中しているらしい。ニット帽やハンチングの似合うお洒落なダディ。樹霊族(ドリュアード)。

平時子/エリザベス(たいらのときこ/えりざべす)

平家一門のゴッドマザー。若い頃から夢追い人の夫に尽くして苦労を重ね、彼亡きあとは気丈に子や孫を支えてきた。いまはシークレットガーデンパレス祖谷でのんびりくつろいで……いいはずなのだが、ついあれこれと皆の世話を焼いてしまい、いまだに気苦労が絶えないらしい。樹霊族(ドリュアード)。

平忠度/ウィリアム(たいらのただのり/うぃりあむ)

清盛の異母弟(末弟)。清盛の長男の重盛より年下で、世代的には知盛よりちょっと上くらい。肩書は薩摩守(さつまのかみ)。平家ファミリー屈指の歌人だが、文武両道で武芸にも優れ、しかも性格温厚でひかえめ。クロードをある重要人物とひきあわせる役をはたす。樹霊族(ドリュアード)。

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