もっとロンリーハート (7)
文字数 1,124文字
飯綱権現は白狐にまたがったカラス天狗のおすがたで表される。かの上杉謙信の兜の前立てで有名だからご存知のかたもあろう。謙信公も信玄公もこの飯綱さまの大ファンだったわけだが、いま作者が語りたいのは麦飯のことだ。
人呼んで、天狗の麦飯。
そもそも神仏の召し上がる物などというものは、詳述すべきではない――と作者は思う。
ギリシア神話では神々の食べ物を《アンブロシア》、飲み物を《ネクタル》と呼ぶ。このアンブロシアとネクタルなるもの、いったいどんな味なのか、どこにも1ミリも書いてない。とにかく失神するくらい美味、らしい。口にするとたちまち怪我も病気も治るらしい。美人にもなるらしい(効果には個人差があります)。
それしかわからない。
それでいいのだ。
あとは読者の妄想に丸投げする。読むほうが口の中でラズベリー味でもレッドホットチリペッパー味でも何でもいいから自由に再現しちゃえばいいのだ。まかりまちがっても書き手のほうから
・柔らか青豆の温サラダ、ベーコンと温泉たまご添え
・プチフォッカ付きミラノ風ドリア
・なっちゃん
なんて特定しちゃだめだ。それじゃ神々の
何の話?
あ、そうか、天狗の麦飯だった。
だからいまこのページをお読みのあなたも、まかりまちがっても「天狗の麦飯」で検索しちゃだめですよ。まして画像見ちゃだめ。
絶滅危惧種
なんですから。生態も謎
だし。信州なんてね、昔はよく飢饉があったんです。土くらい
食べますよ。だから検索しちゃだめだったら。
いま佐藤兄弟がかっこんでいるのは「天女の麦飯」。別物だ。
小さなつやつやした半透明のつぶつぶで……
淡い黄金色で、香ばしい。湯気まで輝いている。
それを、ほぼほぼ天女の美童が手ずからよそってくれる。ヘブン。
「上人さまもおかわり」小さな薬さじの上に飯つぶをほんの少し、器用に盛って、少年はさし出した。ちゃんと名前があるのだからそろそろ名前で呼ぼう。
「お、ありがとよヴィン。いやー、こんだけ食ったら腹いっぱいだわ」全長3センチのバルタザール、飯つぶを両手でつかんで焼きとうもろこしのようにかぶりついている。「おれがずーっとこのちっさいままだったら食費めっちゃ浮くな! ははは」
「やめてください。薬代がかかります」とヴィンセント。
「誰の薬代だ?」
「わたしの」
「え、どっか悪いのか?」
「血尿が出てるんですよ」冷たく言い放つ。「上人さまが心配で」