ヒア・カムズ・ザ・サン (14)
文字数 1,416文字
風の音と、鳥の声。
聞こえるのはそれだけだ。
天と地のあいだでこんなにおしゃべりなのは、風と、鳥と、人だけだな。
と思う。
足がすっかり濡れてしまった。むしろ嬉しい。
(最近、泳いでないな)
泳ぐどころか、踊っていない。歌ってもいない。
(アリア)
あたしの片割れ。あたしの半分。もう一人のあたし。
(待ってて)
(かならず助けに行く)
木立がとぎれて開け、明るく陽が射している場所に戻って来た。
「おかえり」
パトリシアが顔を上げて、微笑む。
「ただいま。何してるの?」
「チキ2号に朝ごはん」2号もいま親指サイズになっている。
「それ何」
「パセリ」
「えー、アゲハの赤ちゃんてパセリ食べるんだった?」
「この子はなんでも食べるよ」にこにこしている。「はらぺこあおむしくんだから」
チキ1号はまた自分で花の蜜を吸いに行っているらしい。
手のかからない子だなー。
草の上に折りたたみテーブルを出して、ヴァレンティンが働いている。
カフェエプロンが似合っている。
「何してるの?」
「新作つくってみた。タピオカドリンク」
「わお。何味?」
「あずき入り抹茶味」
「まじ?」
ヴァレ兄、めずらしくむっつりして見える。淡く色の入った眼鏡(UVカットなのだろう)のせいばかりではなさそうだ。
「作れ作れってうるさいから」パトリシアのほうへ、ぞんざいにあごをしゃくりながら言う。
「わたしが賭けに勝ったの」相手はすましている。
「何の賭け?」
「賭けじゃない」ヴァレンティンは大きなため息をついた。「腕相撲」
う……
「腕相撲?!」
パトリシア、かわいく組んだ白い手の上にあごを乗せてにこにこしている。
「え、ええー?? まじ? ほんと?」
「合戦で当たらなくてよかった。木曽勢を
「そんなことしないよー」ふるふると首を振るパト嬢。長い髪が耳の横できらめく。「生け捕りよ、もちろん」
「よけい屈辱じゃないか。次の新作はぜったい『トモエ風』にしてやる」指をかるく突きつけて言っている。「トマトジュースとウォッカ入りな」
「それ『
「タピオカに合わないー」とパトリシア。
「うるさい」とヴァレンティン。
「で、今回の新作はなんて名前なの?」とミランダ。「ふつうに『抹茶あずき』?」
なぜかパトリシアが爆笑した。「そこで笑うな」とヴァレンティンの声が飛ぶ。
「『新中納言』」
「は?」
「わたしが『新中納言』ってメニュー作ってって言ったら、はずかしいからぜったいやだって言うから、腕相撲したの」
「はずかしいよ。はずかしいに決まってるだろう」
「えー、で何、ヴァレ兄のセルフイメージって抹茶あずきなの?」
「無難すぎない? 自分に嘘ついてない?」
「そういうこと言うと! タバスコ入れるぞ」
「だめええ!」
天と地のあいだでこんなに大騒ぎしているのは、風と、鳥と、あたしたちだけだ。
※
源家ブラザーズの六男、範頼は、義経と並ぶ鎌倉軍ツイントップの片割れ。というかぶっちゃけ基本、トップは範頼くんで義経のほうがサブだ。
木曽勢と戦ったときの総大将は、宇治川では義経だが、最終決戦の粟津では範頼だった。
いまだにこういう欄外にしか出せてなくてほんとに本っ当ーにごめん範頼くん! 今度おごる!!(何を?)