真打(再)登場への導入部
文字数 635文字
もちろん作家であって学者でも教授でもないのだが、『平家物語』を深く愛して、その解説をライフワークのひとつとしておられた。
その木下先生がくりかえし(1980年代からだと思う)説かれていたことで、ひじょうに感銘を受けたことばがある。
いわく、「『平家物語』は《諸行無常》の文学
ではない
」と。冒頭の「祇園精舎の鐘の声」にだまされるなと。
最終的にはそこに行き着くのだとしても――
描かれているのは《諸行無常》などという雲をつかむような話ではなく――
そんな天地のあいだで、力いっぱい生きている人間たちの姿だと。
そう、彼らは、
清盛も、後白河院も、文覚も、頼朝も、義経も、知盛も。
あまりにキラキラしている。
あまりにギラギラしている。
びいーん……と空気をふるわす、琵琶の《さわり》。※
(※琵琶や三味線特有の、他の弦との共振から生じる音のうねり)
ばつーん、とはげしく胴をたたく
それだけでもう、武具や馬具のふれあう音を私たちは感じてしまう。
じかに体の芯に。
ほとんど
そういう文体だ。軍記物というのは。
近代小説のぐっちゃぐっちゃぐっちゃぐっちゃ溶けかけたアイスクリームを練ってるようなだるい説明がない。
あるのはただ、躍動感だ。
とてもじゃないけど、あんなふうには書けない。
平伏するしかない。
憧れる。
むろん、物語も面白い。
だが、妬ましいほど輝かしいのは、あの文体だ。