ヒア・カムズ・ザ・サン (21)
文字数 1,140文字
「ですね」
「うん」
カミーユが姿勢をただしてこちらを見つめた。
「何ですか……?」
言い終える前に自分で「あっ」と短く叫ぶロバートだ。
「ぼくですか? いや、ぼくは!」
「まだ何も言ってない」
「あ」
「言う前に断られた」カミーユ、楽しげに笑う。
「いや、その」どぎまぎするロバート。「どうかごかんべんください。裏方なら喜んで」
「きみは裏方に置いておくには目立ちすぎるんだけど」
「おたわむれを」真剣に言う。
「正式な守役は」慎重に言う。「やはりアントワーヌどのが適任かと」
「そう?」
「ぼくなんか、北条さんと比企さんのあいだにはさまれたら瞬殺ですから」
「おおげさな」
「おおげさじゃありません。全成どのは鎌倉殿のお身内です。鎌倉殿のおそばにいるかぎり、誰も手出しはできません。ぼくはそうじゃない」
「そうか。わかった」
「すみません」
「ううん。忘れて」
いさぎよく引き下がられると逆に、申し訳なさはつのるものだ。
何か、しなければ、と思わされてしまう。
カミーユは頬杖をついて、ラウンジの窓の外をながめている。横顔が、透きとおるようにきらめいている。
ふと、ふりかえった。
「そうだ。これ見て」
彼女がとり出したのはキャンパスノート。開いたページのすみにえんぴつの落書き。
八幡宮、と書いてある。
「よく見て」とカミーユ。
「うそ」ロバートはかるく叫びそうになった。「『八』の字が鳩になってる? 向かい合わせの!
かっわいいいい!!!
誰がこんな? あ、もしかして、アリアさん!」
カミーユ、にこにこしている。
「この八の字、鶴岡八幡宮の楼門に使おうと思うんだけど、どう?」
「いい! いいです。めちゃくちゃ可愛い。これで行きましょう!
でもなぜツルが岡なのにハト?」
「『うぅん、ツルむずかしい、描けないー。ねえハトでいい?』って言ったから」
「彼女が?」
「うん。サブレーも、『鶴サブレーより鳩サブレーのほうが、まぁるくて良いよね。ねえねえ』って」
「彼女が?」
「うん」
「ああもう何」ロバートのほうが顔を覆って赤面している。「もう。甘々!」
これが鎌倉の鳩デザインの由来だという説だが、賢明な読者はもちろん信じないでほしい。
「だって、彼女、何をやっても可愛くて」
「あーはい。ええ、そうですね。はい」
「笑わないで」と言いつつ幸せそうに頬を染めている大将軍だ。「いや、笑っていいけど」
「笑いませんけど」
「きみもね、……」
「何ですか」
「きみもいつか恋をしたら、わかるよ」
さすがに。
さすがに坂東武者の鑑も、この時速165キロの剛速球ストレート、いやむしろ内角ぎりぎり低めのやばすぎるフォークボールは受けとめかねた。
椅子ごと後ろへ倒れ、あやうく後頭部を強打しかけるロバートなのだった。