ヒア・カムズ・ザ・サン (26)(だから、夜中なのに??)
文字数 1,588文字
そう思って、この物語を書き始めたのだった。
ところが。
隠れ谷・祖谷がパラダイスで、そこに義経が遊びに行く、
という素敵な方向へストーリーが走り出してしまって、はたと困った。
祖谷は内陸だ。山奥だ。どうやったらアンダー・ザ・シー龍宮城とつながるというのだ。
無理がありすぎる。
そう思うのに──わたくし作者が思うのに。
当の九郎ががんとして、祖谷から動こうとしない。
どうしてもここと龍宮城を接続しろと言う。私にだ。
「どうやったら接続できるのよ」と私。
「知らない。自分で考えて。作者なんだから」と彼。
これは比喩ではない。
ご自分も小説を書く読者さまならわかっていただけるだろうか。
キャラクターが勝手に動く、というやつだ。嬉しいことも多いが、ときにはこのようにひじょうに困る。ヴァレンティンが世を忍ぶ仮の姿にタピオカ屋さんを選んできたときも頭を抱えた。「それ必要?」と聞いてみたのだが無視され、しれっと上陸してきた彼はあれよというまにパトリシアと出会って意気投合していた。信じられん。
そういう手に負えないキャラクターたちの中でも、最も言うことを聞いてくれないのが九郎義経クロードなのだ。
もう少し科学的に言うと──
キャラクターたちなどは全員、わたくし作者の灰色の脳細胞が造り出したアバターなのだから、すべてはわたくしの脳のコントロール下にあり、彼らを生かすも殺すもわたくしの意思次第、のはず。ですよね?
しかし問題は、わたくしが、わたくしの灰色の脳細胞をコントロールしきれないという点にある。
人間の脳と意思の関係は、最新の脳科学でもいまだに未知の部分が多すぎるらしい。私の意思に反して脳が勝手に働く。夢なんてその最たるものだ。
いや待て、そのときの「私の意思」って何だ。脳の働きじゃないのか?
……
九郎にふりまわされてへとへとになった私は、こっそり逃避した。彼のストーリーラインとは関係ない本をいろいろ読みだしたのだ。
ちょっと置き去りになってしまっているが、後白河院ローレンスの水晶玉も気になっていた。あれもローレンス自身が勝手に持ち出してきたアイテムだ。「面白いけどね」と彼に言ったことを覚えている。「あんまり話をややこしくしないで。なんで法皇さまがスノードーム持ってるの?」
むろん、ガン無視である。
やれやれ。
かくして、わたくし作者は、
真言密教における「
というとんでもない文字列に出会って、絶句することになる。
何だそれは。
如意宝珠? 如意宝珠「法」?
ググったくらいではこの如意宝珠「法」がいったいどんなものなのか、ぜんぜん出てこない。出てこない、ということはつまり、
ジョークか、
それともじっさいに真言密教の奥義にかかわるものであるかのどちらかだ、
と気づいて、ぞっとする。
けんめいに、素人にもアクセス可能な資料を探す。親切で聡明なプロの研究者が、ほんの入り口を照らしてくれている本を見つけて必死に読む。
雨乞い、と関係あるらしい。
そもそも祈雨法は、真言宗の開祖・空海が龍王を呼び寄せるのに成功したときから始まっている。
雨をつかさどる龍王は──
水脈があれば、出現できるらしい。
「山内に浄土あり。この中に龍宮あるなり」
ページを、穴のあくほど見つめた。冷たい汗が流れた。
祖谷ではなく、京は室生寺の縁起をしるした文章なのだが、それにしても。
はっきり書いてある。
霊山は、龍宮に直結していると。
地下水脈を通して。
「四方の山峰、空に傾き高く
いったい──
誰が、この物語をコントロールしているのだろう。『ダブルダブル』を。
私は本当に〈作者〉なのだろうか。
自分はただの口述筆記係で、みんなの下僕だ、
という気がしてならない。