レッド・レイン (8)
文字数 669文字
月が。
のびやかに歌っている。
「たんちりをんの 月の影
さやかに照らせば
「
いよいよ光ぞ 輝ける」
すすきが、風にたなびく。月光を豊かにふくんで。
どこだ。ここは。
〈助けるんじゃなかったのか あの子を〉
歌声がもう一つ、たおやかに重なっていく。
「仏は常に いませども
うつつならぬぞ あわれなる」
「人の音せぬ 暁に
ほのかに夢に 見えたもう」
〈守るんじゃなかったのか〉
たん、たん。
しゃら、しゃら。と、タンバリンの音。
二つで、一つの。
〈死にたいだろう
死んでいいぞ
その前に ちょっと あの子たちを 助けてやってから死ね〉
どうしてあなたが泣くんですか。
上人さま。
〈おれが代わりに死んでるあいだに 行ってこい〉
〈ここは どこですか〉弟だ。
〈浄土だ〉
〈浄土?〉
〈そうだ〉
〈浄土はいいぞ〉
〈おれも行ったことないけどな〉
笑っている。
ほとけはつねにいませども
――いつも 見守ってもらっているのに
うつつならぬぞあわれなる
――気がつかないのは哀しいね。
いつも いつも 見守ってくれているのに。
泣いてくれているのに。
人の音せぬ暁に
――みなが眠って しんとしている夜明けに
ほのかに夢に見えたもう
――こうして そっと 会いに来てくれる。
たん、たん。
しゃら、しゃら。と、タンバリンの音。
二つで、一つの。
母さん。父さん。
〈信じろ〉バルタザールだ。
〈鼓が 選んでくれたんだ〉
〈彼女たちを〉
※
「たんちりをんの月の影……」『梁塵秘抄』二二六番
「仏は常にいませども……」同 二六番