ヒア・カムズ・ザ・サン (18)
文字数 1,625文字
なかば強引に押しきる形でリモート会議を終了させたカミーユ。本人もこれで一件落着とは思っていないらしい。
「電子署名にしてもらえると本当助かるのにな。畠山くんはどう思う?」
「そうですね」
書類を片づけながら微笑みを返すロバート。
「そうですね」プラス「そうなんですか」プラス笑顔の三点セットだけで難局を乗りきるという、さりげない超絶技巧の持ち主なのだ。これは表裏のない、誠実な彼だからこそ可能な技ではある。
もう一度ふりむいて忘れ物のないことを確認し、廊下を歩きだす。
彼女がいちいちふり返るのは、謙虚な彼がつい三歩下がってしまうからだ。
(だって並んで歩くわけにもいかないでしょう)
「いま時間ある?」とカミーユ。
「ありますけど、何か?」とロバート。
「ううん、とくに。ちょっと疲れたからコーヒーでもと思って。おごる」
「いえそんな」
「お礼」
にっこり微笑まれて、断るのも難しくなった。
(役得、かな)
御家人の中ではめずらしく彼女に劣情をいだいていない清廉の人ロバートなのだが、それでも、誘われて嬉しくないわけがない。
コーヒーと言っても自販機の、マシンから紙コップで受けるやつだ。
カミーユ、律儀にコインを箱に入れている。幕府のコーヒーだからって自分だけ飲みほうだいなんていう設定にはしていない。偉い。
まあ、一杯百円ではあるんだけど、
「はい」
「えっすっすみません!」
カミーユからじかに手渡されて驚き、あやうく紙コップを落としそうになるロバートだ。こういうものは値段じゃない。プライスレスってやつである。
「なんか、ごめんね」
「えっ何が」
「いろいろ」
廊下の途中にもうけられた、ちょっとしたラウンジのような空間。椅子を引いて座る。丸テーブル。向かい合ってではなく、ちょっと斜め。
「ぼくはべつに」
「そう?」
「いまのままで。その話でしょう?」
「うん。その話」
カミーユは椅子の背にもたれ、感嘆したように深い息を吐いた。
「本当きみといると楽。話が早くて」
二人のあいだでは話が通じてしまったので、作者がちょっと解説する。
鎌倉殿ズ・イレブン。
頼朝が早い時期に選んだ十一人の親衛隊。意外なことに、その中に畠山重忠は選ばれていない。その後も鎌倉殿ズ12(トゥエルブ)、鎌倉殿ズ13(サーティーン)など、シリーズ化されてつぎつぎ続編が作られるのだが(半分ホント)、どれにもキャスティングされていない。
一見、ハブられているのだ。
そのかわり、大事のときには決まって先陣、つまりパレードの先頭をつとめている。
この小説の勝手な設定なんじゃなくて、本当にしゅっとしたきれいな人だったらしく、そして「見た目が9割」というのも私(作者)ではなく本当に頼朝自身がそう思っていたらしく、それゆえの抜擢だ。
まじめな学者さんたちにまで
「頼朝は重忠を尊重しつつ、警戒していたのだ」
なんて書かれちゃってるけど、そうかな? ※
たんに頼朝が「あまり可愛がるとかえってその人のためにならない」ということを学んだ結果なんじゃないのか。
いまも、通りすがりのクラスメートが二人ばかり、カミーユにあいさつしながら、ロバートに羨ましそうな妬ましそうな視線を投げてきた。
カミーユがきゅうに表情をこわばらせ、わざとロバートに冷たく言い放つ。
「だからね、ああいうことでは困るの」
「申し訳ありません」ロバートも肩を落として、いたたまれない様子をしてみせる。
(なんだ、叱られてるのか)
(畠山も大変だなー。ま、出る杭は打たれるってやつか?)
男どもがほっとした様子で去る。その後ろ姿を見送って、カミーユがくすりと笑い、(ほんとごめん)と胸の前で小さく手を合わせる。
(わかってますって)
肩をすくめ、微笑み返すロバートだ。
これくらいの小芝居ができないと、彼女の半径2メートル以内では棲息できない。
※
参考:『中世武士 畠山重忠』(清水亮著、吉川弘文館、2018年)141ページ他.