ヒア・カムズ・ザ・サン (11)
文字数 1,390文字
「たしかに」とパトリシア。
「墓場は冗談。うちの家族がちゃんとおもてなしするから安心して。
二人には楽しんでもらえると思うよ」
「恨み晴らしたりしないの?」冗談めかしてパトリシア。
ふりむいたヴァレンティンは、かるく眉を上げてあきれて見せた。
「そのつもりだったらとっくに晴らしてる」
たしかに。
「じゃ、次は何する? どこ行く?」パトリシア、ミランダに微笑む。「最速で――」
「高尾でしょう」とヴァレンティン。
「だよね」とパトリシア。
ミランダだけが黙って、抱えているクッションを、さらにぎゅっと抱きしめている。
パトリシアはにっこり笑って、ミランダを抱き寄せた。
「ふふ。ミラちゃんは強いひとだってみんなに思われてるけど、ほんとはこんなに繊細さんなのね。
彼から電話あったとき、秒で出たよね。(第五章末「間奏曲または幕間劇(インタールード)つづき」参照)
すっごい愛があふれてたよ。わたし笑っちゃった。
早くフロリアンくんに会いたいって言いなよ、すなおに」
「うん」
「うんじゃなくて言いなよ」
「言わない」
「あはは、可愛っ」
「痛い痛いパトちゃん痛い」
かるく腕を巻きつけられただけなのだが、首ねじ切って捨ててんげられたらかなわんと思うミランダだ。
「もしかしたら」パトリシアはミランダの横に座りなおした。「そのタンバリンさんにも、意思があるのかもしれないね」
「意思?」
「うん。馬や刀みたいに」
「刀も?」
「もちろん」
(そうなんだ。そうだろうな)
「彼が大怪我をしてたこと、タンバリンさんにはわかったんじゃないかな」
「それで鳴らなかった?」
「たぶん」
ヴァレ兄が二段ベッドのはしごを半分登ってきて、きれいな色の缶を二つさし出した。ノンアルカクテルらしい。
ミランダにはカシスオレンジ、パトリシアには梅酒ソーダが渡された。いつもながら彼のチョイスの的確さには驚く。
見ると、本人はすまして微アルビールのプルトップをプシュと引いている。黒い缶に金のホップの模様がおしゃれなあれだ。
(ずるい)
うん、ずるい。あれ美味しいですよね。下戸な作者もあれなら飲める、0.5%だもん。
「彼の怪我」ふいにヴァレンティンがつぶやいた。
「え?」
ひと口飲んで何を言いだすかと思ったら。しかも、思いがけず沈んだ口調だ。
「同じ所を二度やっちゃったって言ってなかった?」
「そうみたい。左肩」きゅうに心臓の鼓動が速くなる。「どうして?」
「うん」
「言って、お願い」
ヴァレンティンは伏せていた目を上げ、ミランダをまっすぐに見た。
「おれも
ふつうはないよ」
「ない、って?」
「同じ所をやられたら、ふつうはその場でゲームオーバーしてる」
「たぶん、気力で。精神力だけで。
きみに――会いたくて」
パトリシアが自分の梅酒ソーダを置いて、ミランダをハグしてくれた。温かい。
「次はないと思うよ」とヴァレンティン。「気をつけてあげて。嗣信くん本人は承知の上なんだろうけど」
「うん。ありがとう」
血の気が引くってこういうことなんだな、とミランダは思う。手足が冷たくなっているのが自分でわかる。
早く会いたい。