もっとロンリーハート (12)
文字数 1,010文字
「さてと」バルタザールがぽつりと言う。「どこから話そう」
「その前に」ヴィンセントが淡々と言う。「とりあえず現状だけ。試写で」
「そうだな」
「四郎どのも、たぶん音声でわかるかと」
「そうだな」
アリアに何が。
フロリアンは身を固くする。そっとふりかえると、クリストフはほとんど息を止めている。
(だろうな)
だが、続いて広げられた映像は――彼らの、そして作者自身の想像の斜め上を行くものだった。
宵闇。
出窓に、透けて輝くすすきの束。
お月見のおだんご。
「たんちりをんの 月の影
さやかに照らせば
小声で歌っている。アリアだ。
歌いながら、すすきの穂を手でととのえている。
と、背後でドアの開く音。
「あ」
アリアの顔にぱあっと色がさし、飛び立つようにふりかえる。
「おかえりなさい」
これはきつい。
覚悟していてもきつい。
憧れの彼女が、頬を染めて「おかえりなさい」と誰かの腕の中に飛びこんでいく。その「誰か」は自分じゃないとわかっている。
弟が気の毒すぎて、思わず目をそむけそうになるフロリアンだ。やつに見えてなくてよかったと思う。だが、しかし、聞こえてはいる。いまの――
はにかんだ。甘い。
まるで、新妻のような喜びの声。
……
(待てよ)
と、ここでフロリアンにも読者にも気がついてほしい。
直前に見た映像。クロードはたしかにどこかの深山のつり橋の上にいた。
だがいま映っているのは――
デスクとベッド。ドアに
(シングルルーム)
どう見ても山奥ではない。
いまの一段落の内容が一秒で、フロリアンの脳内にひらめいたと想定してほしい。
「遅くなってごめん」男物のブレザーが画面を横切る。
「ううん。いいの。でも寂しかった」
「……」
「なぁに?」
「な……なんでもない。(せきばらい)甘酒買ってきた。飲む?」
「わあ、ありがとうございます! 嬉しい! 大好き」
「お姉さま」
読者諸君もぜひ、佐藤兄弟といっしょに茫然としてほしい。
アリアが幸せそうに頬をすりよせているのは。
カミーユの胸なのだ。
※
「たんちりをんの月の影……」『梁塵秘抄』第二二六番
「たんちりをん」の意味は不詳。梁塵秘抄、こういうわけわかめで響きだけ素敵な文句がたくさんあって楽しい。