ヒア・カムズ・ザ・サン (12)
文字数 1,124文字
顔を上げた男と目が合う。
微笑んで、(どうした?)と声に出さずに訊いてくる。
優しい。
「ヴァレ兄眠れないの?」こちらもささやき声で尋ねる。
「ごめん。起こした?」
「ううん、あたしはいいの。大丈夫?」
「ああ。いや」うつむいて、黒と金の缶をもてあそんでいる。
唇に当てて飲み干そうとして、照れて笑った。
「空だった」
ときどきこういう想定外のボケを見せてくれる。
やっぱりこの人のファンは止められない、と思うミランダだ。
小さなスツールをそっと引いて、彼のそばに腰かける。
「パトちゃんは」と小声で訊いてくるから、「寝てる」と小声で答える。
「めちゃめちゃぐっすり寝てる」
「健康優良児だな」
「すっごい可愛い顔して寝てるよ。見る?」
「それはまずいでしょ」
「見ようよ」
「見ない」
声をおさえて、二人で笑う。
やっと笑ってくれたと思って、ミランダがほっとしていると、
「おれ、そんなに怖い顔してた?」
と言う。さびしげだ。
さりげなくなぐさめたつもりが、けっきょく見抜かれている。
「怖くはないけど、深刻な顔してた。
これからのこと?」
「うん」空き缶を見つめて、ぽつりぽつりと言う。「どうしたらいちばん――無駄がないかなと」
「無駄?」
「動線に」
「ああ」
どうしたら、危険を最小限にとどめられるか、という意味なのだろう。
「ヴィンセントくんの言うとおりだ。いま鎌倉で何が起こっているか、まだよくわからない。正確な情報が欲しい。
だけど、聞きこみも慎重にやらないと。じつはもう二度も職質受けちゃった」
「ほんと?!」
「うん。
「見た目ほんとにただのタピオカ屋さんだけど?」
「『行列が長すぎて怪しい』って」
「あー」
「そこで納得しないで。困ってるのに」
真剣に言っている。
「アリアちゃんとはまだ?」
「つながるには、つながったんだけど」ミランダも声をひそめる。「なんか変なの。
あの子一時期、記憶喪失になってたでしょ。
そのあと元気になって連絡くれたから喜んでたら、きゅうに『ごめんお姉ちゃんこれ使えなくなった。使わないで』って意味不明のメッセージが来て。
『どういう意味?』って訊いても返事来なくなって、そのままなの。
どういう、意味だと思う?」
「盗聴――検閲されてる?」
「やっぱりそう思う?」
短く、苦い沈黙が落ちる。
「インスタグラムには」声がかすれ、せきばらいをして言いなおすミランダだ。「インスタには、元気そうな写真や動画がちょこちょこアップされてるから、元気なんだと思う。
録画じゃないと思う。オンタイムで元気なんだと思う。
少なくともいまは」
いまは、まだ、と言いそうになり、唇を噛む。