レッド・レイン (1)
文字数 1,069文字
どちらが赤旗で、どちらが白旗か、憶えておられるだろうか。
そう、源氏が白、平家が赤だ。
簡単すぎただろうか。
では、なぜ、源氏が白旗で、平家が赤旗か。
ご存知だろうか。
じつは、正解はない。
諸説あるのだ。
江戸時代の
「平家が赤旗で源氏が白旗であるいわれはよくわからない」
と書いておられるそうだ。
白石先生のことだ。古今の文書を読みつくして、なおわからなかったのだろう。
学問とはそういうものだ。
だが、無学で怠惰なることアザラシのごときこの『ダブルダブル』の作者には(アザラシよ許せ)、
わかる。
明々白々だ。直感でしかないが、確信はある。
なぜ、誰も気がつかないのだろうとさえ思う。
赤旗を作るのに。作って全軍に配るのに。
どれだけの金がかかる?
当時の日本で布と言えば麻だ。木綿の栽培は長らく日本に定着しなかった。じつに十六世紀になるまで中国大陸や朝鮮半島からの輸入に頼る高級品だった。あとはもちろん、絹。
いずれにせよ、天然繊維だ。
そして染料も、まだ天然染料しかない。
驚くほど、染まらない。幾度もくりかえして染めないと染まらない。
草木染めなら煮立ててから媒染して冷水にさらす。重労働だ。
赤なんて。
平安時代初期なら、トップクラスの貴公子や姫でないと身につけられなかった。
それを旗にして全軍に配るなんて、清盛グランパ以外の誰にできただろうか。
豪華絢爛。セレブ感半端ない。
いちめんにひるがえっていたら圧倒的だ。まぶしい。
敵はもう気持ちで敗ける。
かたや白旗。
そのへんの布をてきとうにちょきちょき切れば作れる。
白は八幡大菩薩のシンボルカラーだから、なんて後付けの理由に決まっている。
平治の乱で惨敗した段階で、源氏ファミリーに残されたのは老人と少年だった。孤児たちだ。子どもの世代でも、頼りになるはずの悪源太義平レベルの若武者は殲滅されて残っていない。
命をとりとめた少年たちも、流刑地や寺の奥。なんの後ろ盾も軍資金もない。
白布以外、何が手に入るというのだ。
白はまた、黒と並んで、喪の色でもある。白装束。
『平家物語』の有名な冒頭、「祇園精舎の鐘の声……沙羅双樹の
花の色
」。伝説の花、沙羅。何色かご存知だろうか。
白だ。
釈迦がこの世を去るとき、まわりを囲んでいた沙羅の木たちの赤い花が、いっせいに真っ白に変わり、散った。さながら鶴の群れの飛ぶようだったという。
白は哀しみの色だ。そして――
赤もまた、哀しみの色だ。