もっとロンリーハート (16)

文字数 1,489文字

「おれの案を言っていいか」とバルタザール。
 うなずく兄弟。
「何はともあれ、まずミランダちゃん一行と合流する」
「どうやって」
「いまから考える」
 おい。

「同時に、いや、こっちが先かな、アリアちゃんを助けに向かう」
「どうやって」
「それもいまから考え――」
「ちょっといいですか」食い気味にヴィンセントが小さく手を挙げた。
「何だ」

「九郎判官(ほうがん)殿が舞の奉納のことを知らないままでいれば、いいわけですよね」
「ああ……ん?」
「判官殿の情報網をすべて遮断するという手もあります。何も知らずに過ごしていただく。それがいちばん確実かと」
「そうか!」
 バルタザールと三郎四郎、にわかに色めきたつ。

「で、どうやって?」
「いまから考えます」
「……」

 四人に名案の浮かぶわけがないのだ。
 作者自身になんにも浮かばないんだから。
 どうするよ。まじやばい。

「その前に」とヴィンセント。「上人さま」
「あ、そうか」
 何か事前に打ち合わせていたのをバル兄、忘れていたらしい。
「きみらにまだ視せてないものがある」
「『試写』の次ってことですか」とフロリアン。
「そう。
 本当はさっきのやりかたで全部視てもらう予定だったんだが、音声なしの画像だけになったとき、四郎くんに伝わらない。
 それで……」ふりかえる。「大丈夫か、ヴィン」
「わたしなら大丈夫です」少年、落ちついている。
「まだ本調子じゃないだろう?」

「そんなに気づかってくださるなら」冷たく言い放つヴィンセントだ。「二度と。いいですか。二度と土牢に入れられたりしないって約束してください。この場で」
「わーったわーったわーった。悪かった。このとおり。約束する」
 (おとこ)文覚、愛弟子との誓いを守って、この後は二度と生き埋めにはならなかったそうな――
 のではあるが、

 ちなみに晩年、また島流しにはなってる。それも一度か二度。
「一度か二度」って何だそれと訊かれるだろうが、諸説あるのだ。どこに流されたのかさえはっきりしない。少なくとも今回はもう伊豆じゃなかった。一説によると隠岐だったらしいが(遠っ!)、ちゃっかり帰ってきて天寿を全うしたという話もある。どこまでも人騒がせな人だ。
 ま、それはまだ先のこと。

「なあヴィン。やめないか」その疾風怒濤のバルタザールが、めずらしくぐずぐずしている。
「なぜ」
「きつねくんたちも本調子じゃないし。な」
「あのすいません」いたたまれずに割って入るフロリアンだ。「さっきから聞いてると、なんかすごい……どんだけやばいんですか、その本編。3D以上?」
「以上だ」
「まじか」
「壁は使わない。蚊帳(かや)をつる。全方向にスクリーンが必要だ。ヴィンから直接、きみらにイメージを流しこんでもらう」
「四倍速から十二倍速になります」ヴィンが言い添える。
「いいのか?!」たじろぐバルタザールだ。「本気か?」
「やってみます」
 清楚な見かけによらずヴィン、過激に攻めるタイプなんである。

「お二人には、辛い内容だと思います」
 手早く蚊帳を吊りながら、ふとヴィンがつぶやいた。
「でも、お二人には知る権利があると思うんです」
(えっ)

「お二人はご自分の使命に、なんの疑問も抱いておられませんよね。
 これをご覧になって、気が変わって、すべて捨てて自由になられてもいいんですよ」
(えっえっ?)

「おいヴィン」バルタザール、困惑顔だ。
「わたしたち風族(シルフ)は皆さんほど喜怒哀楽が顔に出ないですけど」少年は淡々とつづける。「心がないわけじゃないんです。悲しみもするし怒りもします。他のひとのために。
 許せないと思うことだってあるんです」

 どういう意味だ。
 兄がふり向くと、弟も、冷たい予感に立ちすくんでいる。
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登場人物紹介

静/アリア(しずか/ありあ)

この物語のヒロイン。明るく素直で天然。特技は歌とダンスと水泳、ばかりでなく、雨を降らせる特殊能力を持っているが、本人はその重大性に気づいていないらしい。惚れっぽく、美しい者には見境なくフォーリンラブしてしまう。海霊族(ネレイド)。

源九郎義経/クロード(みなもとのくろうよしつね/くろーど)

アリアの恋人。天性の人たらし。身体能力、とくに跳躍力に優れ、お気楽な言動で周囲をふりまわす。ベンジャミンたち郎党からは「御曹司」と呼ばれている。アリアを熱愛する一方で、実姉のカミーユとぬきさしならない愛憎関係にある。樹霊族(ドリュアード)。

源由良頼朝/カミーユ(みなもとのゆらよりとも/かみーゆ)

クロードの異母姉。男装し、源家の嫡子として生きている。頭脳明晰で完璧主義。そのため破天荒な弟のクロードとは惹かれあいながらも衝突してしまう。父の非業の死により心に深い傷を負っているわりには、しばしばナイスなボケもかます。樹霊族(ドリュアード)。

阿野全成/アントワーヌ(あのぜんじょう/あんとわーぬ)

醍醐寺(真言宗)の荒法師。クロードの同母兄、カミーユの異母兄※。悪禅師(あくぜんじ)の異名を取るわりにはクロードの何分の一も暴れておらず、そんな自分の生き方(というかキャラ設定)に疑問を抱く毎日。樹霊族(ドリュアード)。

※史実では頼朝より年下ですが、このお話ではお兄さんに設定してあります。

源”悪源太”義平/ジャン=ポール(みなもとのあくげんたよしひら/じゃんぽーる)

源家九兄弟の長男。クロード・カミーユ・アントワーヌの異母兄。性格は豪放磊落。無念の死をとげ怨霊となるも、いまはお気楽雷神ライフを満喫中。アリアの熱烈なファンで動画のチャンネル登録をしている。樹霊族(ドリュアード)。

遥/ミランダ(はるか/みらんだ)

アリアの姉。妹思いでクールかつ熱血。特技はアリアと同じく歌とダンスと水泳。アリアとよく似た容貌だが、5センチ背が高い。アリアの行く末を心配し、クロードと引き離したいと願っている。海霊族(ネレイド)。

巴/パトリシア(ともえ/ぱとりしあ)


ミランダの新しい友人。一人当千の女武者(アスリート)で尽くし好き。恋人の木曽義仲を失い、彼の菩提を弔って生きていたが、正直たいくつしていたところだったため、ミランダとアリアの救出に喜んで参戦する。素はおちゃめ。土霊族(ノーム)。

平知盛/ヴァレンティン(たいらのとももり/ばれんてぃん)


平家の若き当主。物腰柔らか、文武両道の公達(きんだち)。巻一でみずから時の深淵に沈んだはずだったが、アリアとミランダの危機に急遽召喚されて浮上。巻三では活躍が期待される。クロードとは因縁の仲ながら、互いに親近感を抱いているらしい。樹霊族(ドリュアード)。

佐藤四郎忠信/クリストフ(さとうしろうただのぶ/くりすとふ)

アリアの友人(片思い中)。長身で俊足だが、内気で目立つのが苦手。「天性極信」(てんせいごくしん)、つまり「めちゃくちゃいいやつ」と広辞苑第五版にも書かれているが(「極信」で引いてみてください)、本人は一度でいいから「いけないひと」と呼ばれてみたいと思っている。下戸という噂あり。水狐(ウォーターフォックス)。

佐藤三郎嗣信/フロリアン(さとうさぶろうつぐのぶ/ふろりあん)

クリストフの兄。容貌・性格・身体能力ともにクリストフとよく似ているが、左肩から右脇腹にかけて貫通創あり(一度死亡)。巻二で晴れてミランダと両思いになった(おめでとう)。酔うと口が悪くなるという噂あり(酔わなくても口が悪いという噂もあり)。火狐(ファイアーフォックス)。

文覚/バルタザール(もんがく/ばるたざーる)


荒法師。俗名(ぞくみょう)、遠藤盛遠(えんどうもりとお)。荒海を一喝して静める法力の持ち主。カミーユとは中学時代からの先輩後輩の仲で、アリアとミランダとは江ノ電の中で知り合う。人情に厚く、弱い者を見ると放っておけず、敵味方関係なく義のために突き進む行動の男。その猪突猛進がしばしば波乱を巻き起こす。水霊族(ナイアード)。

薬師丸/ヴィンセント(やくしまる/びんせんと)


文覚の弟子。愛称ヴィン、ヴィニー。のちにカリスマ的名僧となる人物の少年期の姿。推定年齢十二歳前後(ヒューマノイド換算)。冷静沈着で、師の(ときに暑苦しい)かわいがりように迷惑そうな表情を見せているが、何のかの言って名コンビ。幻視および幻写という特殊能力と、天人にも見まがう美貌を持つ。風霊族(シルフィード)。

武蔵坊弁慶/ベンジャミン(むさしぼうべんけい/べんじゃみん)

アリアの友人。クロードの右腕。筋骨たくましい大男だが、冷徹な知性派でもあり、クロードの暴走をつねに(かろうじて)食い止めている。皆の精神的主柱(万年しりぬぐい役とも言う)。こう見えて料理男子。人馬族(ケンタウロス)。

平教経/ハロルド(たいらののりつね/はろるど)


平家ファミリー最強の戦士。ことに強弓は他の追随を許さない。肩書は能登守(のとのかみ)。素は気さくな好青年で、甥のアーサーを溺愛する叔父バカ。樹霊族(ドリュアード)。

言仁/アーサー(ときひと/あーさー)


平家ファミリーの秘蔵っ子。齢六歳の先帝。言仁は諱(いみな=本名)で、帝としての諡(おくりな=没後に贈られる称号)は安徳天皇。本人は「天のうをやめれた」ことを喜んでいる。樹霊族と龍族両方の血を引く「ダブル」。

畠山次郎重忠/ロバート(はたけやまじろうしげただ/ろばーと)

鎌倉幕府の重要御家人の一人。清廉潔白な人柄でカミーユの信頼厚く、「坂東武士の鑑(かがみ)」と称される。クロードやベンジャミンたちともかつて戦場でともに戦った仲。見た目しゅっとしているのに力持ち。人馬族(ケンタウロス)。

平清盛/リチャード(たいらのきよもり/りちゃーど)

平家一門のゴッドファーザー。入道相国(にゅうどうしょうこく)とも大殿(おおとの)とも呼ばれる。そのカリスマをもって一時は最高権力者の座に昇りつめるも、病に倒れ志半ばにして世を去った。いまは隠れ里のシークレットガーデンパレス祖谷を理想郷にすることに熱中しているらしい。ニット帽やハンチングの似合うお洒落なダディ。樹霊族(ドリュアード)。

平時子/エリザベス(たいらのときこ/えりざべす)

平家一門のゴッドマザー。若い頃から夢追い人の夫に尽くして苦労を重ね、彼亡きあとは気丈に子や孫を支えてきた。いまはシークレットガーデンパレス祖谷でのんびりくつろいで……いいはずなのだが、ついあれこれと皆の世話を焼いてしまい、いまだに気苦労が絶えないらしい。樹霊族(ドリュアード)。

平忠度/ウィリアム(たいらのただのり/うぃりあむ)

清盛の異母弟(末弟)。清盛の長男の重盛より年下で、世代的には知盛よりちょっと上くらい。肩書は薩摩守(さつまのかみ)。平家ファミリー屈指の歌人だが、文武両道で武芸にも優れ、しかも性格温厚でひかえめ。クロードをある重要人物とひきあわせる役をはたす。樹霊族(ドリュアード)。

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