†超能力者の恋愛事情④† 俺の女だ
文字数 2,423文字
長い髪を一つに束ねた流行遅れのヘアースタイル。歳の割にオヤジ臭い、眉間に傷のある男が二人の間に割って入る。
イケメンは一歩引き、呂晶とオヤジ臭い男を交互に見る。
『……っと、なんだいオッサン。
コイツの彼氏か
?』呂晶に彼氏などいない。もしいれば〝今夜は女友達と泊まる〟などと言わず〝彼氏がいるから〟と断っているハズだ。なのでこのオヤジ臭い男は彼氏では無いことが判る————と思いきや、この手の『ナンパ中、後に彼氏見参』は、よく起こるパターンである。
何故なら女にとって彼氏がいる事はナンパを断る理由にはならず、断りたくなった時だけ彼氏がいる事を理由にするからだ。
こういった三角関係でのトラブルの九割は女の不貞によって発生するため、イケメンはそれを警戒しているのだ。
オヤジ臭い大男は質問に答えると言うより、自己紹介のような口調で言う。
「コイツは俺の妹だよ。そんでもってコイツは————あー、梅毒持ちだ」
言いながら呂晶の頭に〝ポン〟と手を乗せる。確かに、妹のように馴れ親しんだ仕草ではある。
『梅毒ぅ~?』
イケメンは怪訝な顔で呂晶を見る。呂晶は目を細くしてオヤジ臭い男を睨んでいるが、ノースリーブから伸びる腕、破けた袴から露出する足に湿疹等は見られない。
(ちっ、ツマンネー嘘付きやがって……)
イケメンは呆れたように笑い、オヤジ臭い大男の肩を拳で叩く。
『カッコ付けんな————〝俺の女だ〟って言や、十分なんだよ』
多少のアドバイスを残しつつ、その場を後にする。去り際もイケメンだ。
呂晶は横目でそれを見送った後、オヤジ臭い男に視線を向ける。
「アタシはアンタの生き別れの妹で、知らぬ間に梅毒になってたのか————衝撃の事実だな?」
「……」
目を合わせぬ大男に、呂晶は顔をニンマリさせて言う。
「お兄ぃちゃーんっ! アタシ、梅毒ぅ~ん! 行商でいっぱい稼いで、お薬ちょーだーい! ぶっ飛べる系が良いなぁ!」
手首を反り返らせ、大袈裟な演技をする。
大男は頭を搔いて返答する。
「お前さァ……助けてやったのに、その言い方は無いだろ」
呂晶は呆れたように手を広げる。
「助けるぅ? アンタがアタシをぉ? ……ウッケる」
ウェイは呂晶が嫌がっていたので助けたが、呂晶が嫌がりは演技だ。
女のそういった演技を面倒と捉える男もいれば、アトラクションと捉えて楽しむ男もいる。なのにそれを真に受け、彼氏でも無いのに律儀に助ける人間がいるとは思わなかった。
「これで確定したな————お前はやっぱり童貞だ」
イケメンもそんな真人間がいるとは思わなかった為〝彼氏が穏便に済ませる為に嘘を付いたのだろう〟と察し、身を引いた。
助けたつもりでいるのはウェイだけだ。
「童貞じゃねぇ! 何歳だと思ってやがる!?」
「さあな。確か、
「いってねぇよッ!! まだ二十代だ!!」
ウェイは今年で二十九歳になる。
呂晶は小指で耳を搔きながら返す。
「あーあー、うるせぇ童貞だ」
悪い気はしない————今まで一人で戦うことが多かったし、誰かに助けられた経験なんて無かった。
ヘマして死にそうになった時、自分で切り抜けなくてはならない盗賊とは違うのだ。これもいわゆる『行商効果』なのだろう。
呂晶は黄河沿いの商店街を親指で指して言う。
「とりあえず、ラーメン食い行こうぜ。さっきから腹が鳴らないかヒヤヒヤもんだったぜ……」
そう言えば、ウェイとも夕食の約束をしていたのだ。すっかり忘れていたが。
ウェイは目を細めて返す。
「〝とりあえず〟じゃねぇ。お前が来ないから探しに来たんだ————辛いのある店、調べといたぞ」
自称、女の気持ちが判るウェイは典型的な『良い人』だ。だからこの歳になって妻もいない。
二人は蘭州でも穴場の店で、ただ辛いだけで無くしっかりとした味のある、呂晶好みのラーメンに舌鼓を打った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「この店、まあまあ美味かっ……ゲァップ、たな————」
「そうか。俺は明日クソする時、ケツが耐えられるか心配だよ。なんだ、あの辛さは……」
「ウェイはどこ泊まるんだ? アタシは先生とだ、羨ましいだろ」
呂晶は自慢気に報告する。イケメンは逃したが、元々最強の保険を掛けてある。
「フッフ……俺は
「おい、野宿は止めろよ? 前の奴が臭かったら、アタシは隊列を離れて小娘に怒鳴られるハメになる」
呂晶は歩きながら身振り手振りで説明する。呂晶の担当は右翼中列、ウェイの真後ろ。そして呂晶は匂いに敏感な女、ちなみに特技は即尺である。
部屋の戸を閉めた途端に袴を降ろし、カバリと咥える。どんな男もこれでイチコロだ。
「いや、風呂には入るよ。今夜は係留されてる船に泊まるんだ」
「船ェ? 意味わっかんね……」
「中華を潤す黄河に揺られ、満天の星空を眺めて眠る————意外と人気なんだぜ。お前にゃ判らんだろうがナー?」
ウェイは自然を愛する男。対して呂晶は一銭にもならない星空より
「うっわ! それ、絶対蚊に刺されるぞ。こっち寄んな、病気が伝染る」
「まだ刺されてねぇよ……つー訳で、俺はこっちだ。宿の場所、判るか?」
「大丈夫だ、アタシは子供じゃない」
「おう、また明日な」
「あいよー」
花雪象印商隊150名は、明日をも知れない仕事の中、ここ蘭州で思い思いの夜を過ごす。
川で身体を洗い野宿で済ます者、船に揺られて眠る者、綺麗好きの女は高めの宿に泊まり三日分の疲れを癒やす。
言ってみれば蘭州とは、過酷な行商の中での最高の楽しみポイントである。
(最悪だ————)
意気揚々と待ち合わせの宿に参じた呂晶は、一転してシラけている。
「この子は
『はじめまして、呂晶さん! よろしくお願いします!』
とても元気な、男に媚びるのが上手そうな女————
遊珊との夜を、邪魔するかのような女。