†拾捌† イジメ、殺レ、ゼッタイに────
文字数 4,988文字
人から信じてもらいたければ、言葉で自己を強調するのでは無く、行動で示すしか無い。
しかも、のっぴきならない状況での真摯な行動のみが、人の信に訴えるのだ。
フリードリヒ=ニーチェ
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
化物は自身を抱え、メンヘラは叫びながら反転する。
一日一回の『巫舞』を解放し、倒れ込むように地面を蹴る。
【巫舞】
氣功家共通技術。一分間、筋力、氣孔出力を倍加する。周囲の者と同時発動した場合、共鳴効果を発揮する。楽しい時間が早く過ぎるように、発動に想いを込めれば込めるほど、体感時間が加速する代わりに効果時間が短くなる。
肉体負荷により使用後は大きく能力ダウン。使用制限は一日一回。二日続けて使おうとする者はいない。
呂晶の身体から赤黒い氣孔が迸ると、全員、神歩幻影でバックステップを行う。
『『『『 ————ッ! 』』』』
ここまで生き残った精鋭達。射程距離を完全に把握し、最速で脱出する。
陽の光のような残像が扇状に広がる中、それを出来ない者がそれを追い掛ける。
一、二————
入れた、ぶっ刺してやった!
あのブス、キレてやんの。よく判んねーけどザマーミロ!
三、四————
後ろは片付いてたのかよ。一人で叫んで走って、恥ずかしいな、クソ!
五、六————
速い、今のアタシの速さは大陸イチだ。
七————
景色が明るくなる。
「ルージイィィィンッ!! 急げェエエエエーーーッ!!!!」
八、九歩目で地面に大刀を突き刺し、切っ先から炎孔を爆裂させる。
(任せろ、薄顎────ッ!)
『『 ッ!!!! 』』
走り
棒幅
跳びの跳躍と同時、地面から閃光が迸る。「……」
「…………」
「…………────」
『『 ————ッ!! 』』
地面を掴んで反転し、矛を突き刺しブレーキを掛け、クラウチングスタートの体勢で顔を上げる。女型にやられたであろう者が石に変わっているのが見える。
「
大体無事だな
ッ! 突っ込めェエエエエッ!!!!」(おまっ……そういうトコだよ!)
命の蝋燭を灯すように、一斉に赤黒い氣孔が迸る。
『『 オオオオオォォォーーーッ!!!! 』』
共鳴したオーラは青白く変位。全員、不謹慎な言葉に苛つきながら、今度は全速力で
前へ駆ける
。呂晶は目印にしていた花雪の剣を拾い、皆の背に叫ぶ。
「オラ、いけいけいけいけェッ!! 全速前進だァッ!! ビビった野郎は、この呪いの剣をケツにブッ刺してやるッ!!」
「もうやめろ! これ以上
女型の死体をハードル走のように飛び越え、射程に入った者から再度、外功の
溜め
に入る。さっきよりも深い位置。動きが止まる最も危険な数秒。
『本当に、ぐったりしてやがる……!』
『最後のチャンスだ! てェェェッ!!』
距離を意識せざる得なかった牽制とは違う。踏み込み、威力を倍加させた中距離攻撃が飛翔し、
『『 ────…… 』』
炸裂する。
『『 ────ッ!! ────ッ!!!! 』』
その下を数名が走り抜ける。
『大きく斬るな、鱗の隙間だ!』
『おかえりなさいませェッ!!』
命知らずの近接組は
それを避雷針に【火毒陣】を流し込む。
『ウォォォ……————ぐッ!?』
刺した箇所から炎が吹き返った。燃えたのは
『おい、話と違うぞッ!』
『射爆禁止店……ガッカリだぜ……!』
子供と違う。体内まで流れない────体内氣孔防御を行っている。
『そういう雌には、コイツを喰らえェェェッ!!』
半ば狂乱した三人目が剣を刺し、流した氣孔は逆流しない。
白霊の下腹部の筋肉が痙攣する。
『『 ────ッ! ────ッ! 』』
その痙攣が上半身まで蠢かせた。
『効いた……?』
『雷孔が通るぞォォォッ!!』
【雷功】雷刃系列 第三訣 雷王訣
帯電した武器から雷孔を送り、感電死させる。時空を直線的に加減速する炎孔、氷孔に比べ、時空を縫う雷孔は物体の抵抗を受け難い。
『ホントだ、筋肉がヒィヒィ言ってやがるぜ!』
『ゼッテー許さねェぞ、化物……ッ!』
そうこうしてる間にも、上方で外功が炸裂していく。
『『 ────ッ!!!! 』』
白霊の表皮が舞い落ちる。
落下しながら色を失い、ガラスのように変異し、近接組にへばり付く。
『お前ら、北西組か!? 早く払えッ! コイツはくっ付くと取れなくなって、化物の苗床にされちまうんだよ!』
取り憑かれれば、どこかの
その恐ろしい警告に鱗まみれの二人が反論する。
『アァーーーンッ!? お前が代わりに攻撃してくれたらなッ!!』
『見て判んねぇのかッ!? 今刺してんだよ! 両手でッ!!』
『ああ、もう……俺が取ってやる係なッ!』
現場で柔軟な対応が行われる中、剣を刺した者達の身体が浮き上がる。
『うぁっ!?』
回転シーソーのように左右に振られ、剣が抜ける。着地しながら悪態を付く。
『クソッ……!』
白霊が
身じろいだ
。前面が動いたなら、背面も動いている。
虫ケラ達を払い除けるべく、白霊の尾が振られる。
『誰か、アレを止めろォッ!!』
右翼で掌を掲げるウェイが、人差し指と中指の間にそれを捉える。
「得意技だ……!」
【炎功】暴焔波系列 第四波 火弾暴焔波
球体状の炎孔を撃ち出す暴焔波系列で、スピードと炸裂力に特化した型。
狙いすました炎功が着弾すると、放った本人が驚く。
『『 ————ッ!!!! 』』
「うおっ!?」
幾人も氣功家を刺殺した尾先が折れ、飛んで行った。
尾が失速し、地響きを立てて地面に落ちる。何とも元気の無い。
そこへ走り込む影が、傍らに剣を突き刺す。
「フハハハハ……ッ! この眼を開放するまでも無ァアアアアイッ!!」
空間が色を失って歪み、真っ白な冷気が迸る。
『『 ────……ッ! 』』
その白霧の中、イエンは剣を振り上げる。
「ハイィィィーーーッ!!」
甲高い音と共に、冬の景色が出現する。
『『 ────ッ!! 』』
六畳ほどの広さから生え伸びた、山とも波とも言えぬ氷のオブジェ。巻き込まれた尾は地面にへばり付けた。
仮面のように添えた手の中で、イエンは【黒笑】する。
「俺が暴走していなくて良かったな……! 今のが暴走状態なら、お前は死んでいた……!」
【氷功】狂夜決 氷原
半径数メートルを凍結させる。
「クックック……これは俺の命を削り、下手をすれば皆を巻き添えにしかねない、危険な隠し技……ッ!」
尾が氷を剥がそうとのたうち始める。
氷にひびが入る奇怪な音が響く。
「むっ、想像し恐慌を始めたか……————ハイィィィーーーッ!!」
付け根側の地面にもう一度剣を刺し、振り上げる。
再び甲高く響く音。
『『 ────ッ!! 』』
重ね掛けされた氷林は筑波山のような形を作り、小型冷蔵庫の上部のように、尾を半分ほど埋め尽くした。
「追撃の【
反対側から近接組の一人が顔を出す。
『よくやった眼帯! 後でジュース奢ってやる!』
イエンは氷のような眼差しを返す。
「うるさい、黙れ────一瞬の油断が命取りだ」
『……』
声を掛けた者は何かを察し、視線を逸らした。
変温動物とは低温で動きを鈍らせるものだ────けれど、
(意外と効くじゃねぇか……?)
ウェイはその理由を考察する。
イエンの氷功が効いている────白霊は〝弱体化〟している。
(あの野郎、いつの間にか
【内功】点穴術 算
相手の氣孔を腐敗衰弱に変換する対・氣功家用氣功。身体の末端ほど〝病気〟が発現し易い。
『氣功に似た術を使うなら効果があるかもしれない』そう思い、突いた瞬間に流しておいたのだろう。
(あれ? アイツまた、どこ行った? 反対側か?)
尾が固定されたという事は、反対側の前面も固定されたという事。
近接組は助走を付け〝両手の逆手持ち〟で剣をぶっ刺す。
『ウォラァァァーーーッ!!』
土木工事のような刺突が深々と突き刺さる。相手が規格外だと戦い方も変わるのだろう。
上半身は炎功で焦げ付き、みるみる化けの皮が剥がれていく。
こちらにとっては遠距離だが、あちらにとっては手の届く距離────けれど巨大な腕を振ろうにも、立て続けの集中砲火の衝撃で攻撃にも防御にもなっていない。氣功のような術は使えても、点穴で封じられている————
その場から動くことも出来ない。
『丸まったぞ!』
『構うな、畳みかけろ!』
衣装も光背も破壊され、ほとんど裸。皮膚も三割が剥げ落ちた時、
『『 ぶちゅる 』』
『『 ————ッ!? 』』
不気味な音を立て、何かが白霊の背から飛び出した。
その異形に全員の動きが止まる。
『なんだ、アレ……?』
『腕……?』
無くなった光背の代わりなのか、それとも点穴で体細胞でも暴走したのか。
無数の────いや、十三本の不完全な────いいや、指や関節が多い
遺伝子が濃そうな
腕。『『 ────ッ! ────ッ! 』』
その異形が青白く発光し、枯れ枝をヘシ折るような音を立てている。
『これ……まさか……!』
全員が、これから起こる事を予見する。
『────
雷鳴が轟く。
『『 ————ッ!! ————ッ!! 』』
十三本のコロナが、プラズマボールのように放電される。
『うぁああああッ!!』
『ぎゃああああッ!!』
放電と共に朽ちていく異形の腕。
幾人かの巫舞が弾けて膝を付く。そして数人が力無く倒れる。
【雷功】狂雷千馬陣
電撃を撃ち出す中距離雷功。空気中の窒素と反応し青色発光する。
『違う、千馬じゃない!』
倒れた者が死んでいない────『青雷瞬く戦場に近付くこと無かれ』と畏怖される必殺の千馬陣の威力では無い。
機械が排熱するように溜まった〝電気イオン〟を吐き出した。異形の腕はその為に作られたインスタント機関だ。
『クソッ……タレ……!』
とは言え、喰らった者は起き上がることも出来ていないが。
『あっ……足に……力が…………入らない……!』
【イオン交換雷撃×13】
生物はカルシウム、カリウム、ナトリウムのイオン濃度を調節して筋繊維を収縮させる。これにはATPアーゼというタンパク質がエネルギーに使われ、ATPアーゼは
電気的刺激
によって作動する。狂雷と似ているが全くの別物————体力を奪う攻撃
。「狂雷に似てて、
助かった
ぜ……」ウェイが見回すと一人、身体中から黒い液体を流し、見るからに危険な状態な者がいる。蘇生された上で喰らった者だろう。それでも被害は十人にも満たない。
「化物よ、足掻くな……お前には確実な【
何故ならウェイやイエンがしたように、地面に武器を刺し避雷針にする回避方法や、回避術の雷天閃をヒューズに応用し、雷撃を蓄電できるユエ。
「これで
八割
……気持ち悪いけど……」他にも気孔防御の炎壁術、
あれだけカロリーを使いそうな変態と術を使わせ、損害は至って軽微。
『付け焼き刃なんだよ!』
『やっぱり、弱ってるぞ!』
術後硬直した白霊に、左翼の誰かがすかさず
針のようなボルトが巨大な右目に侵入する。
『『 ————ッ! 』』
顔が僅かに揺れ、右目が白濁していく。けれど眉一つ動かないのが気持ち悪い。
『怯むなァァァーーーッ!』
『『 オオオォォォッ!!!! 』』
狙撃に続き、また外功が飛翔する。
焦りは無い、攻撃も軽い。
威力では無く気持ちが軽い。
擬態の剥がれた身体は蔦のような繊維が集まった、クトゥルフ神話にでも出てきそうな————本当に、化物だったから。
ウェイは氣孔を収束しながら周囲を見渡す。
「……っ!」
そこらの岩土が軟化し〝うねうね〟と蠢いている。
孵化すれば数十体になるだろう。
(だが、これは────)
足場としては大層悪いが、生物の形を成すには時間が掛かる。
このまま、このペースならば、
(イケるかもしれん……────てか、イケるわ! この作戦!)
『『 キャアアアアアアァァァアアアアアアアァァァーーーーーーッ!!!! 』』