†花雪の悩み⑤† ねじれC.E.O
文字数 3,507文字
皆、口では〝妾に従う〟と言う……
————言ってない。
お前以外は言うのじゃ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
瞬間────花雪の脳裏に〝現在、知り得ることが可能な情報〟が走馬灯のように展開される。その検索内容は〝ユエの命令を上書き可能な命令〟
(ユエは妾のパートナー、副長を務めるその実、妾と同等以上の決定権と執行権を有しておるッ!)
花雪の肩書きは〝花雪牙行総裁兼、花雪象印商隊代表取締役〟幹部をこなせるような人材不足の折、他にも様々な部署を取り仕切っているが、とにかく花雪牙行で一番偉く、この商隊でも一番偉く、全従業員は自身の命令を最優先で仰ぐ────けれど、
(妾が
完全に上では無い
、なんとも面倒臭き上下関係ッ!)一方、ユエの肩書きは〝花雪牙行
花雪以上の決定権
を持っている。花雪が番長で、ユエが裏番長のようなもの。この〝ねじれ国会〟のような体制が出来た理由は、花雪牙行がユエとの同額出資で立ち上げられ、自社株保有率も同等であり、貴族としての身分も同等であり、上下関係を明確化する前に大企業へ成長してしまったことに起因する────いいや、おそらくユエは立ち上げ当初から、そうなるように調整していたのだ。自分が何事も勝手に出来る決定権を持たせぬように。
貴族たる自分が決定を下せぬなど忌々しい事この上ないが、父親達の政治闘争まで拮抗している以上、ユエにだけは〝貴族としての権力〟も通じない。
よって花雪はユエではなく、向こうの秘書を睨む。
(
秘書をこなせる人材不足の折、花雪牙行には〝秘書課〟に相当する部署は存在しない。よってユエの部下で最も有能な者を、花雪の下へ出向させ、秘書業務を兼任させている。
(
ユエの部下
ッ! いちいち面倒な人事体制じゃッ!)減俸や異動なら総裁権限で課すことが出来るが、この秘書は自分に絶対服従では無いユエ派閥。過酷な待遇、もしくは解雇を課せばユエがその権限によって救い出してしまう。その後は有能な幹部を完全に敵に回すだけ。
(今までユエにバレぬよう、ユエや
自分が『会長の座は譲らぬ』と言えば、ユエは『なら私は議長をする』と言い、裏番の地位を勝手に作ってしまった。当時は〝議長〟を『書記のような役職』と認識していたが、後に自分が判子を押すだけの〝飾り〟にされたと気付いた。
失態を取り戻そうと『自分の秘書課を設立する』と言う────するとユエは『課は要らない、執事で十分』と言い、自分の腹心を秘書に回してきた。仕事はとても楽になったが、秘密を作るどころか、秘密が筒抜けになってしまった。
(考えれば
目立つことが得意な花雪は、目立たぬ立ち回りが苦手。
目立つことが苦手なユエは、目立たぬ立ち回りが得意。
現在の人事体制はある意味、適材適所の結果である。
(
自分とユエの管轄は分けられており通常、命令が重複することは無い。それでもユエと衝突した際、この秘書のような微妙な立場の者が関わると〝命令系統パラドックス〟を引き起こす。
政治に然り、企業に然り、組織とは巨大化するほど複雑化され、決定の遅れと
(混乱を招く故、こういった人事体制は後々の改善課題ッ! メモするつもりは無いので棚上げとなろうが今大事なのはそこでは無いッ!)
〝煩雑〟とは権力者にとって
好ましい
体制。責任の所在に迷彩を掛け、すぐそこに在りながら馬鹿には見抜けぬ、賢者のみ通行可能な要塞。日本政府がFAXだの判子だの使い続ける理由も然り。ワザと
面倒にした方が『お前達は仕事が出来ない』と言い易い。だが、(〝重要書類と
秘書の職務に反しておらぬ
ッ!)花雪のような〝権力主義〟と違い、ユエのような〝能力主義者〟はこの手の〝煩雑〟を嫌う。
(煩雑は能力にとって枷ッ! ユエのような能力主義は権力闘争から早々にリタイアするッ! だのに、だのにコヤツはッ!)
武術家共からは〝帝級クラス〟とかいう尊敬を集めているのに、
貴族界隈でも〝文林三絶〟という最高評価を得ているのに、
文武両道などという家訓を重んじる〝良い子〟ちゃんの癖に、
伝統的貴族ではなく新興貴族〝士大夫〟の家の癖に、
どうせ権力を持っても、持て余すだけの癖に。
なのにこの能力主義のオカッパは、どうして事あるごとに〝
(どうせアレじゃろう!? 『能力という概念にはそんな解釈もあったんだ』『では私も苦手分野を克服しなければ』などという、良い子ちゃん特有の
素直な
動機じゃろうッ! このそれでも、伝統貴族たる〝陽キャ〟が、新興貴族たる〝陰キャ〟に権力闘争で敗北する訳にはいかない。邪悪で誇り高き【貴族】という概念を、権力欲も持たぬ【白き者】から、自分が守らねばならぬのだ。
だが、しかし、
(『その内容を確認せよ』というユエの命、『その内容を確認せず処分せよ』という妾の命────ユエと同じく能力主義の、この忌々しい秘書が、どちらの命を聞くかと言えば……ッ!)
同等の権力者から課せられた〝相反する命令〟知武を併せ持つ実直な秘書がどちらを全うするかと言えば、当然〝実直な方〟
先の給料を八割減にする脅しにさえこの秘書は屈せず〝実直〟を全うしただろう。そもそも八割減など冗談のような数字だ。何故そんな冗談のような数字で脅しを掛けたかと言えば〝うら若き女子の必死さ〟をアピールし、この秘書の
心
を動かすつもりだったから。例えばトイレのドアを開けた時、うら若き女子が用を足していたら────?
〝実直な男〟は慌ててドアを閉め、鍵を掛けていなかった女子の責任を追及するどころか、何も悪くない自分こそが『すまない』と謝罪するだろう。だから必死さをアピールする為に、冗談のような数字を持ち出した。
アレが苦肉の策だった
。男である秘書の心は動かせたが、しかしユエは微塵の動揺も無く封蝋を断ち切った。剣を投げたのも受け止められる
力量差
を知っているから。〝実直な男〟は剣を投げる傷害を追及するどころか『そうするまで追い詰めた自分こそすまない』と謝罪するだろう。だから必死さをアピールする為に全力で剣を投げ付けた。苦肉に苦肉を重ねた策だった
。しかしユエは〝更に実直な命令〟を下すことにより『実直とは如何な事があろうと曲げてはならない』と、その言葉の意味を思い出させた。権力も女の涙も最早、通用しない状況。花雪の脳を隅々まで検索しても、この緊縛に似た現状を解決する奇跡のようなマニュアルは、
(無い────見つからぬ……!)
花雪の大きな瞳に、演技ではない涙が滲んでいく。
(今……ユエの命令を上書きする命令が……見つからぬ……っ!)
貴族たる自分が〝物忘れがヒドイと
証明された女
〟と格付けされてしまう。権力で反故に出来ない、
愚民の決定を押し付けられる、
二度と元には戻れない、
これが没落、下剋上、革命────
(そんな、そんな町娘が、己の意思に反し、下賤の男に処女を奪われる如き恥辱────……耐えられるハズが無いのじゃ……っ!)
花雪の想いを無視し、秘書から悲痛な言葉が発せられる、
『
ユエ様
、かしこまりま————』瞬間、花雪は、
「米門、
お願い
じゃァァァッ!!父親の件は可
じゃあッ!!」助けを求める『悲鳴』を上げた。
『————したァッ!?』