†玖† バレリーナの魔法
文字数 3,113文字
語:
意:平らで無い、平地で無い、曲がった性格。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
生死に関わる情報だけに当然だが、ローマチームの反応はもっと、デリケートな部分を突かれたように見える。
「無い……死ぬと元に戻る。死因はおそらく窒息だろう」
〝元に戻る〟と言っても、多少ミイラ化────水分が抜けた状態になるが、無機物と有機物の違いに比べれば些細なことだ。
呂晶は別の言葉に疑問を持つ。
「
窒息
ぅ? なら固まってる奴は、三回は死んでるぞ」「一種の仮死状態だろう。蛇は冬眠する生き物だからな」
白霊の閃光は『周囲を巻き込んで冬眠する能力』と言える。
化物には耐えられても、人間には仮死状態で生存する機構と仮死から復帰する機構が無く、そのためアレを喰らうと死に至る。
「そいつは、
最高
だな」安楽死という概念も無い時代、それはとても優しい死に方なのかもしれない。
呂晶は立ち上がり、矛の柄で砂地に簡易な布陣を描き始める。軌跡を炎孔で焦げ付かせ見易くもしているようだ。
この女は大雑把に見えて意外と手先が器用————と言っても、自分が見易くする為だろうけれど。
「フン……なるほど、ここで俺の出番という訳か……フン」
イエンが冗談か本気か判らないことを言う。どちらにしろ構っている暇は無い。
「奴があそこから動けんのは幸運だが、別段不自由しいてる様子も無い。千年生きた化物だ、私達とは戦の概念が違うのだろう」
ヴァリキエが言う間にも、呂晶は黙々と布陣を描いている。
「文化交流は終わりか?」
岩間にはバルクスがナイフを研ぐ音、ルリアとルシラが調律を行う音、ユエが裾を引っ張り直す〝パツン〟という音だけが響く。岩の向こうからは、もう慣れた戦争の音も。
〝何でも良いから喋って欲しいもんだ〟とウェイは想う。
「————ウチらが一斉に懐に入り、攻撃を仕掛ける」
呂晶はハッキリした声で切り出し『子』と描かれた記号を横線で潰した。
その上に『前進』を示す線を描いていく。
『白』に向かって力強く、何本も、扇のように。
ウェイはそれを怪訝に眺める。
(なんか、線多くねーか?)
〝子供を排除した後に本体を攻撃〟という意味だとしても、もう十本以上は描いている。
(あー、そうだった……)
ウェイは眉間を抑える。
(
〝ウチら〟とは、ウェイ隊では無く
やっぱり喋って欲しく無かった、ウェイのそんな想いを無視し、呂晶は続ける。
「
布陣を描き終えると、矛の柄で地面を叩く。
扇が赤熱発光し、イルミネーションのように輝く。
「〝ヨーイドン〟で、早い者勝ち。囮の件もこれで済む。全員
平等
、お前達は魔法でも阿呆でもやれば良い」ウェイは呂晶の『ロクでも無いこと』を慮る。
(連携が無理なら、せめてタイミングだけでも合わせようってか? そりゃ、チャンスは平等だが、それこそ閃光の餌食になりそうなもんだが……)
ヴァリキエも怪訝に返す。
「こちらは好都合だが……玉砕覚悟か?」
他隊が了承するかはさて置き、この『全隊を囮にする』という提案はローマチームにとって魅力的だ。ヘレンが狙われることを気にせず、最速で必勝策を発動できる。
「まさか。お膳立てはしてやるが、ウチらも倒す気で行く」
呂晶の調子が打って変わり、声のトーンが下がる。
「代わりに
私達
にも可能な限り、お前達がお前達同士でしている事
をしてもらう。それが条件だ————」その視線を、小岩に腰掛ける者へと向ける。
「手足の短い猿でも、
色目を道連れにする戦力
は残ってるぞ?」「「 ……っ! 」」
ローマチーム全員が不快な表情を作り、ルシラは嫌悪の表情で悪態を呟く。
「まるで、暴力を振るう夫のように横暴な人……」
ローマチームの強さ────それは【アレグロ】に然り、他者の力を高める
(次はもう、凍らせないけどぉ~……面倒だから黙っとこぉ~♪)
ヴァリキエは呆れたように肩をすくめる。
「ようやく本題か────」
此処は嫉妬と欲望渦巻くレース会場なのだ。国賓の親善大使様であろうと、トップに出れば背後の
ローマチームは
こうなる事
を避けていた。「良いだろう。シーナにも
そうなったからには、ヴァリキエもあっさり承諾する。
「囮にするのも気が引けていた所だ。別に減る物でも無いしな」
恫喝に屈したようで気は引けるが、
ただし、そういった大人の話し合いを理解出来るのは、大人だけだ。
「もう、聞いていられませんわ————ッ!」
ヘレンが耐え切れず立ち上がり、バレリーナのように足を揃える。
「ヘレンっち……? ————ダメッ!」
ルリアがそれに気付き、ローマチームに動揺が走る。
「ヘレンちゃん!?」
「待て! まだ落とすな!」
「なんだ、どうした?」
ウェイも起き上がると、イエンは〝いつものこと〟とばかりに首を振る。
「決まっている。
「それは皆んな判ってる。その事じゃない」
ユエが補足する間にもヘレンは深々と一礼し、地面に伸ばした両腕を交差する。
気功家に然り、白霊に然り、一見そうは見えなくても、これがヘレンの
攻撃態勢
だ。そしてこの攻撃体勢はヘレンの意思でしか解除されないし、下手に触れば『災い』が起こるのが常だ。「もう遅いですわ。
発動してしまいましたもの
」「ちッ……!」
ヴァリキエの舌打ちに、イエン、ウェイ、ユエは何かを思い出す。
「この光景、どこかで見たことがある……」
「ああ。既視感があるよな」
「確かに既視感はある。けれど、それが何かは分からない」
ヘレンは交差した腕を回し上げ、新体操選手がフィニッシュでも決めるように宙空を仰ぐ。ワイシャツの腋からはフェチには堪らない汗染みが覗く。
「あれほど巨大な的……〝おまじない〟無くとも必中ですわ……!」
その前方に赤い蜃気楼が出現した。蜃気楼にしては明るく解像度が高い、大きなスコープレンズのように。
そのレンズの先に写る者では無く、ヘレンは空に向かって明確な殺意を叫ぶ。
「
我らが最強の御使いよ
————ッ!」「……!」
瞬間、
それ
を見た呂晶が、素早く矛を回して逆手に持ち替える。同じ流派のウェイはその構えで即座に気付く。
「おい……呂晶!?」
こちらも止める間も無く、気孔の爆発力で加速した
それ
を放つ。【黒殺槍法】
気孔の才ある者の発掘に努める槍術門家。全ての武功が気功との併用を前提に考案されている。
【黒殺槍法】飛龍槍 翼
気功を付加した槍を投擲する。中でもライフリングによって貫通力を高めた型。
「危ない————ッ!」
声と炸裂音と同時、ヘレンは
呂晶に攻撃された
ことに気付く。「……ッ!」
見開いた左眼は、気功家よりも暗く、悪魔のように輝いていた。