†mob達の花雪商隊解説⑤† マイナスの掛け算
文字数 3,498文字
何でそんなに、落ち着いていられるの————……?
何もカニも、いつもこうやって引き上げられておるではないか。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
同僚は明るい声で続ける。
『で、会長は誇らしげに言った————〝護衛をケチればどの道、同じじゃ。並べた護衛の威圧があるから襲撃は抑えられ、安全じゃから出資者は金を出し、他の商隊も合併を希望するのじゃ〟』
『まるで舞のような身の翻しだ』
『今じゃ、会長も御機嫌で〝放て〟の号令飛ばしてる。自慢の横陣弓隊の完成だよ』
護衛は前方を見ながら言う。
『副長……これだけ気功家が付いて行くのも、あの人がいるからだな』
『ああ。最初は冗談かと思ったが────』
同僚が力を入れると、摩擦ですり減っていたクルミが〝ベキリ〟と音を立てて割れた。
『前は、副長に挑戦する奴もいたんだろ?』
『全部、実力で黙らせてたよ。俺もあの人の外功見た時は〝この子に逆らうのはやめよう〟って思った』
『副長は、会長以上に頭が良くて、おまけに強い……副長が会長やるべきじゃないか?』
花雪が聞いたら激怒しそうな台詞に、同僚は言葉を選んで返す。
『いや……副長は対人関係が苦手っつーか、営業面がダメなんじゃないか』
『ああ……副長って会長の前以外だと、借りてきた猫みたいになるもんな』
友達と一緒だと態度が大きくなる────よくいる女子だ。
『あと副長は、女隊員の支持が得られてない』
『そうなのか?』
同僚は選り分けたクルミの実を差し出す。
『食えよ、血になるぜ————』
『お、おう……』
クルミには〝オメガⅢ脂肪酸〟が豊富に含まれており、これは血にならず、血をサラサラにする。食べて血になるのは豚の生レバだ。
同僚はクルミを啜って続ける。
『じゅるじゅる————そりゃあ〝アレ〟のせいだろ』
『なるほど……』
ひどく納得しながら〝アレ〟に目を細める。
『女って、男が好きな体型の女を嫌うよな。逆に会長は女が憧れそうな体型してる』
『商人輜重は女の割合高いからな。みんな会長に心酔してるし、女が好きな女ってだけで〝俺も俺も〟って言う男はいる』
『いるいる』
『好きな芸能人は誰か?』という質問に、モデルの名を出す男は、女にモテたくて無理をしている────ちなみに佐々木希はモデルでは無くグラドルであり、男に媚びる姿を披露していた過去はあまり知られていない。
二人は花雪のスラリとした背腰を眺めた後、ユエの〝アレ〟に視線を戻す。
『貴族とかになると会長みたいな方が好みらしいな。俺、ああいうスタイルの女、恋愛対象に見れないんだが……お前、判るか?』
護衛は真剣な表情で答える。
『好みじゃなくて、順位の問題だろ』
『順位?』
『男も何となくあるだろ? カーストってやつ。会長みたいなタイプは、女のカーストで一位なんだ。てコトは、会長を好きにできる男が一位だ』
『そうはならんだろう。会長が女側の一位ってだけだ』
『いいや────〝人間の頂点〟ってことだ』
『何でそうなる?』
『考えてみろ、自分がトップ・オブ貴族になって、会長を娶った初夜を……』
『はあ』
護衛は唐突に語り出す。
『あの会長にドエロいセックス下着を着せ、床の間に呼び付ける……いや、背の高い女には、逆に小さい子供服とかの方が屈辱感を誘うな……会長は屈辱的な衣装を着せられてるってのに、やっぱり高飛車なままだ。何せあのスタイルだ、どんな服でも似合っちまうからな……会長にとってファッションてのは、自分に似合わない服を探す作業なんだよ』
『そう……なのか?』
ファッションとは自分に似合わない服を探す作業────一度は言ってみたい台詞だ。
『その馬鹿みたいに高飛車な会長を組み伏せ、いざおっ始まった時、会長は
半分
気付く。〝自分はナンバーワンではなく、只の女だった〟』『半分?』
『ああ……今までのプライドがあるから、まだ〝妾の為に男に奉仕させてるのじゃ〟くらいに思ってんだよ……だが、自分では得られない快楽を与えらていく内、そのプライドがじわじわと破壊されていく……一突き、一突きに……だ』
『はあ』
『そんな考えにも頭が回らなくなった時、鏡に写して見せてやるのさ。女の悦びを教え込まれてる最中の、自分自身の姿を————』
『むう……』
『それで
完全
に理解する。〝自分こそがこの男を悦ばせる存在で、その意義を全うすべく、馬鹿みたいな服を着せられて献上されたんだ〟』『貴族ってのは……イカした趣味してんだな』
『高飛車な会長の心は、今までに無い羞恥に染まる……下着モデルくらいに思ってた自分が、権力者に献上される〝トロフィー〟で、自分はこの男の所有物になった……その当たり前を知らなかった女に
分からせてやるのさ
』『征服欲……か!』
『ああ。遺伝子の下剋上────だよ』
『いや、それは分からんが』
男と女の違いとはY染色体が含まれるか否かであり、他の動物がそうであるように、種として違いは無い。
〝同性の知人に似た異性〟を、思い返せば一度は見たことがあるハズだ。
山本彩と同系統の顔の男を、思い返せば一度は見たことがあるハズだ。
人間の男と女に、人間が思うほどの違いは無い。
例えば、恵まれた体格を持って生まれた大谷翔平。彼の遺伝子は明らかに〝優生〟であるが、その大谷翔平も〝大谷翔子〟として生まれていた可能性はあった。
〝大谷翔子〟は誰もが振り返る容姿で、抜群のスタイルを持ち、ブレザーの制服でもその大きさが伺えてしまう巨乳で、尻や太腿も最高の曲線を描き、けれど性格は見た目以上にワガママで、高飛車で、伝統貴族の箱入りお嬢様で────
そんな翔子の意思を無視して娶り、翔子が着たことも無いようなドエロいコスプレをさせ、組み伏せ、翔子に一切の反論も許さずその身体を好きに弄び、穢し、翔子に自分では得られぬ快楽を教え込み、その際の顔を鏡で見せ付けてやり、一生最大の羞恥に染め上げたりて、最後は翔子の膣奥に想う存分────その横暴を、誰も文句を言えない権力を以て行う。
『会長を征服できるのは、最上権力者ただ一人……そいつが娶るって決めたら、誰も口出し出来ねぇ。会長の意思さえ関係無いんだ。そういう奴でなければ娶れない。〝自分がその一人になりたい〟と、思わない奴がいるか?』
あの翔子を隷属させし自分こそが
人類最上個体
────これぞ〝遺伝子の下剋上〟花雪にそれをするとは、翔子にそれをする事と同義である。
『ああ、俺も貴族になりたくなったよ。だが今の話だと、会長は
処女
って事になるぞ?』『ああ、そうだが?』
『いやァ……副長ならワンチャンあるが、会長は同人書の読み過ぎだろ』
『いや、十八ならあり得る。〝貴族は初体験が遅い傾向がある〟って
同人書に書いてあった
』『お前こそ分かってない。貴族の女は、テクが無きゃ務まらないんだ。後宮だって非処女の方が重宝されるんだぞ』
『同人書に書いてあったのか?』
『いや。三馬身うしろの奴が言ってた』
『そいつは同人書をよく読んでるのか?』
『どうかな、ムッツリって感じじゃないが……』
『じゃあ、信用できないな』
護衛は後方には興味を示さず、前方を指差す。
『ようは、貴族はあのお高く止まった感じがソソるんだ。小悪魔系だよ、小悪魔系』
『なら、そう言えよ……なんで行商中に、男が朗読する官能小説を聞かなきゃならん』
『こう……失敗しようと、それでも強気なとこが良いよな。ああいうスタイルには、そういう
スタイル
が合う』『自分で自分のハードル上げてくスタイルか……お前、会長派だったのか?』
『副長は、貴族にしては敷居も低そうなんだが────……』
護衛が詰まらせた言葉を、同僚が代弁する。
『副長はチートだからな。きっと異世界から転生して来たんだ』
『大人しい感じが、逆にサイコっつーか、たまに得体の知れない恐怖を感じる……』
『その副長にズケズケ悪口言っちまう会長もスゴイよな。あの人がキレたら、会長なんて消し飛んじまうぞ?』
『貴族ってのは、よく判らん連中なんだよ』
『だな────』
少しの沈黙の後、護衛は口を開く。
『でもさ、お前の話を聞いてると思うんだが……』
『なんだ?』
『あの二人〝競い合う〟って言うより、示し合わせたように〝同格〟って言うか……』
『足を引っ張り合ってるって?』
『いや。競い合ってるし、足も引っ張り合ってるが、なんて言うか、それが────』
『それが?』
『
マイナスの掛け算
、て言うのか?』『算術は知らん』
後方で二人の護衛が無駄話をしている頃────
秘書はユエに顔を寄せ、小さな声で呟く。
『ユエ様……
あれで
良かったのでしょうか?』