†燻る気持ち† 寝そべり賊
文字数 2,736文字
西暦1099年、東アジアの
「ふぁあああ~~~あァ……」
国外からチベット系民族が侵略し、国内では貴族が政治闘争を繰り広げる〝内患外憂状態〟ではあるが、商業は大いに隆盛。
農民は貨幣で物を買うようになり、職人は将来〝アレは良い物だ〟と言わしめる作品制作に勤しみ、技術者は火薬、活版印刷、羅針盤を発明し、歴史家は他者を貶める遺産を
中世前期から、中世盛期へ────文化や価値観が大きく変わる歴史の転換期。とは言え、百年ごとに王朝が変わる中華としてはつまらない部類の時代である。
春秋戦国時代に然り、三国志に然り、中華とは
分裂しては殺し合う、
欲望丸出しの民族性、
恥知らずな文化賛美、
虫けらのように死ぬ
このような事柄こそが〝華〟であり、当の宋人達も自文化より三国志や楊貴妃の説話を好んでいる。つまりは安定した低迷期────
まるでアナタが過ごす、二十一世紀の
「平和らねぇ~……」
そんな時代にやはり、アナタのように暇を持て余す者が。
「つまんねぇらぁ~……」
宋・北西国境────黄河中流の森林地帯。此処をジョギングすればさぞ爽やかな気持ちで走れるだろう澄んだ森道を一望できる崖上。そこに寝転ぶ二十歳の
「じっしぇきぽいんろらぉにぁ~……(実績ポイントなのにな)」
背丈は低め、吊り気味の目元に一応、自慢の二重瞼。
まあまあ整った顔立ちに、まあまあ魅力的なボディライン、手入れだけは惜しまぬ肌。
コンプレックスの白髪が二割ほど混じった〝二毛〟は、二つのお団子に纏めている。
このくらいの女が一番男心をくすぐり、サークルに入れば『姫』扱いされるのかもしれない、手が届きそうな
「こりゃあ、深刻な過疎化ですねぇ~……」
けれど、細く整えた眉、主張の強いアクセサリー、どうやったか知らないが火の鳥のように
盛った
睫毛、そのメンヘラ具合を表す鋭利な目付き。これらが相手に『好きになったら負け』という闘争心を掻き立て、彼女の人生を幸薄いものにしているのは明らかだ。そして傍らに携える、身の丈よりも大きな武器。唐代に流行した〝
大
刀────『刀』と言っても〝槍〟の一種なのだが、馬が斬れそうなら何でもそう呼ぶのが斬馬刀というもの。重量の割に扱い辛く、宋でこれを使うことはロシア・ウクライナ戦争でモシンナガンを使うに等しい。けれど、その切っ先は文字通り、
『コスプレの小道具なの、イケてるでしょ?』
そう言い訳しても即刻、通報されてお縄に付く〝
最後に、その身に纏う黒装束────露出を多めにカスタマイズするなど努力の跡は見られるが、どれだけお洒落に着こなそうと〝マイナス百点〟であるのは言うまでも無い。何故ならこの衣装は『好きになったら────』どころでは無い。
何もしなくても殺しに来る、
「スゥー……プァー…………あっ、はぁ~ん……つって」
その呂晶は暇過ぎて
キメ
ている。キセルに詰めて吸える乾燥タイプ。健康のため控えていたが、あまりに暇で解禁してしまった。「
やる前のダウナーな気分に引っ張られたのか。陶酔感はあるが気持ち良く無い。まあ酒だって、それだけで飲んでもそんなものだ。
仕方が無いので頭を振り、脳に麻薬成分を行き渡らせる。その動きと様相は完全に廃人だ。
「こぉこあもぉ~らぁめられぇ~……(ここはもうダメだね)」
昔はこの辺りも栄えていた。襲い切れないほどの
この崖上は偵察と観戦に適していて、ここに来るといつも同業者がいて『此処にいる連中で、今度大物を狙おうぜ』なんて面識を広げる、そんな
「行商人のォ~……こォ~し抜け共ォ~……」
〝行商人〟とは、商売人の中でも命知らずな者達を指す。ある地域でありふれた物を、別の地域に運ぶだけで、同じ重さの
彼らのスタイルは基本的に倍プッシュであり、行商人で全財産を投資
しない
者は珍しい。多大な財を築く者がいる一方、身を滅ぼす者の方が多い一世一代のギャンブラー。その身を滅ぼす理由の大半が、呂晶のようなとにかく行商人を
襲う
ことは、金を盗むよりよっぽど金になるのである。「でも、此処にいないって
阿片の量が少なかったのか、質が悪かったのか、醒めるのが早い気がする。
「荒野で待つのもアリだけど、正直、荒野で待つのは辛い……肌にも悪い」
荒野のキャラバンは特に貴重品を運んでいる。そうでも無ければ荒野を渡らない。代わりに襲撃側も何日も飢えと戦うハメになる。一人では手に負えない。かと言って関所があるような上等地域は
そんな色々な理由を付けて結局、この中華の西端、黄河中流、
「〝虎穴山〟なのにィ……虎が全然いねぇのはァ……? ウチらが乱獲しちゃったからでェ~~~すっ!」
手頃な商人がいない時は虎を殺して帰り、毛皮を売る────倒した虎の大きさで自分の武を誇示したりもした。つまり〝昔はヤンチャだった〟系の武勇伝だ。
「……お?」
眼下に、蟻のように地を這っている者がいる。
呂晶は手で筒を作り、注視する。
「農家のジジイが小麦か何か運んでやがる……孫に小遣い渡すために頑張ってんのか?」
たまに見付けると小物過ぎる。
「あっちは護衛多過ぎ……天下巡遊かっつの。〝気分は始皇帝〟てかァ?」
たまに見付けると大物過ぎる。
「アレを落とすならコッチもかなり……五十は要る。結盟総出でも死人が大勢出る……なら他の結盟と組んで、複数隊に分かれて、指揮官立てたり、作戦とか練って……」
あとは、軍隊なんかがたまに通る。
「って、今時そんなガチ勢がいるか……
〝結盟〟とは目標の近しい武侠が集った、ヤクザの〝組〟や、マフィアの〝家族〟に近い。地域密着なら前者、広域活動なら後者であり、つまるところ〝仲間〟のことだ。
その仲間から掛けられた言葉が脳裏を
(お前────まだ盗賊なんかやってんのかよ)
嫌なことを思い出し、呂晶の顔が険しくなる。
「ちっ……! 意識海抜マイナスのパリピ共……」