†戦象† 社長専用機
文字数 3,113文字
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「すっげぇ~~~っ! 戦象だぁーっ!」
商隊の出発準備の最中、元盗賊の
(あの小娘達、こんなモンまで用意してんのかよ!)
以前にも見たことはあるが、それは見世物用の小ぶりのヤツだった。
これは幼い頃から選りすぐられ、戦闘調教されたエリートだ。
「オラッ! オラァッ! イイんか!? コレがイイんか!?」
珍しい物が大好きな呂晶。本人曰く〝ただ珍しいだけではダメ〟だそうだが、この戦象はお気に召したようだ。
目を輝かせ、嬉しそうに
象の脇腹をボコンボコンと殴っている
————と思うと、無表情になって後ずさった。どうやら臭い匂いがしたようだ。
「……すっげぇーっ!」
離れるとまた目を輝かせ、象の周りを回って観察する。
「ケツ……っ、デケェーんだけど! マジウケるよ、ねぇ————!?」
同意を求められたアラサー、ウェイが解説する。
「物見櫓も兼ねてるからな。立ったらもっとデカイぞ」
お転婆娘は少女のような顔で、背中に括り付けられた『台座』を指差す。
「アタシ、乗っていい!?」
ウェイは微笑みながら、ゆっくり顔を振る。
「ダ・メ————」
呂晶も微笑み、ゆっくり顔を振る。
「人を乗せるべくして調教されし象、その背に備えられし台座……一体、その目的は────? 勿論、人を乗せるため」
演劇のような大袈裟な身振りを交える。
「あの台座に座りしに最も相応しき者……それは最も、アレに乗りたき者……!」
親指で自分を指してキメる。
「────即ち、アタシだ」
〝人が山に登るのはそこに山があるから〟といったことが言いたいのだろう。
ウェイは一歩近付き、呂晶を指差す。
「ダメなものは、ダメだ────て言うと目を盗んでも乗るだろうから言っとくぞ。アレに乗るのは
その名前が出た途端、呂晶の表情が一変する。
「なにィ……」
象も財力も兼ね備えた十八歳を睨み付ける。
「三号の滑車が欠けておる。馬鹿者が何処かにぶつけおった────」
花雪は部下を引き連れ、広場をファッションモデルのようにウォーキングしている。
「中身に傷が付いておらぬか、おらぬとも藁が寄れておらぬか確認させよ」
後に続く商人長は、一回りも歳下の小娘に対し、
『ハッ! 申し訳ございません────ッ!』
一も二も無く謝罪する。
その声も響き終わらぬ内に、花雪の冷たい声を放つ。
「〝ステンドが割れておったら貴様はクビじゃ〟と、
『ハッ! 直ちに荷を開封し、確認作業を行いますッ!』
そう言って走り出した商人長を、
「ああ、待て」
「ハッ────!!」
思い出したように引き留め、独り言のように続ける。
「やはり、藁は交換させよ。何度か雨に降られたじゃろう? 湿気で
ここで言う藁とは緩衝材のことだ。
『ハッ! 交換作業を行いますッ! おーい、馬車隊ィーーーッ! 藁を全交換せよォーーーッ!』
商人長が去ると、代わりに秘書らしき男が耳打ちする。
『花雪様、伝者が参っております。おそらく御父君の……』
「……っ!」
美しい顔を強張らせ、足を止める。
「……通せ」
秘書が『上向きの手招き』をすると、場に似合わぬ小綺麗な男が駆け寄る。
そして、これまた場に似合わぬ
『花雪様、ご機嫌うるわしく────戸部右曹大臣が
「妾は忙しい。手早く済ませ」
目も合わせぬ花雪の口調は、明らかに威圧的だ。
『魏征様は、こう仰っております。〝商売に精出すは大いに結構、然りて、翌週末の生誕会にては髪を黒く染め直し、長安別荘で待機するように〟』
「髪色如きに執着する、小物が……!」
亜麻色の髪の花雪は振り向き、伝者を睨む。
「〝髪は戻さぬ、会は一日前倒さねば出席せぬ、援助を打ち切りたくば好きにせよ〟と返せ。そしてお前は、その陰気臭い顔を二度と妾に見せるでない……!」
伝者は慌てたように顔を上げる。
『ですが、花雪様……! 魏征様にも戸部右曹たるお役目なり、御都合たるものが————』
言葉を遮り、花雪は威圧の声を返す。
「ほーお……最近の伝者
様
は、余計な仕事もこなして下さる
ようじゃな」〝貴族に物申すとはいい度胸だ〟という皮肉にめげず、伝者は説得を続ける。
『来たる誕生宴会には、
新法派
の重鎮方がお集まりに……魏征様はその場にて当家の誇示と、花雪様を……貴族界へお披露目なさるべく————』花雪はスラリと長い腕を振り払う。
「ええい、用が済んだらさっさと失せよ!」
『ご無礼は承知にございます……! しかし私めは、ただ……!』
緊張が走るその場へ、涼しくも日常的で、年相応の声が掛かる。
「花雪────三号馬車の人、替えて。荷の扱いが雑……」
花雪も年相応の顔で振り向く。
「……妾もそう思うのじゃがなァ? ミスった訳でも無いのに異動などしたら、部下に恨まれてしまうであろう?」
「花雪は余計な所で優しい。なら、アレを他の馬車に乗せることで手を打つ」
『アレ』とは、ペルシア産のステンドグラス細工の事。割れ物の輸送はいつの時代も懸念材料だ。
花雪は歳相応のワガママな顔で返す。
「えぇ~、でもぉ~、それでは、御者を変えるのと変わり無いのではないかぁ~? 妾は部下に慕われる上司でありたいのじゃ~」
会議が長引くと思ったのか、伝者は
『……失礼いたします』
と言い残し、トボトボと退散していった。
花雪はそれを横目で見送り、
「フッ……お前は意外と辛辣じゃからな」
打って変わり〝どうでも良い〟という顔で、手をヒラ付かせて言う。
「ま、ここまで誰も割らなかったのじゃ、妾達が割る訳にもいくまい。頼む」
ユエもあっさり踵を返す。
「判った────」
本当は、特に相談する必要も無い事柄だったのだろう。
二人の意思疎通はあまり言葉を必要としない。
凛々しい小娘達を横目に、ウェイは〝ウチの子はどうしてこうなんだ〟とばかりに言う。
「この象はな、商隊の
するとウチの子は、
「御令嬢の愛馬かよ……じゃいいや。なんかクセーし」
と吐き捨てた。
その態度の落差にウェイは、
「お前さァ……」
と、肩を落とす。
けれど、
(いや……俺がコイツを諦めたら、誰もコイツを一人前にしねェ……!)
めげずに『大切な何か』を伝える。
「俺も今じゃあけっこうな古参だから知ってるんだが、あの子達も
最初から何でも出来た訳じゃない
。問題がある度にああやって一生懸命対処して、そういう〝その大切な昔話を呂晶は、
「
うるっさいんだよ
。いい大人が象の一匹二匹で喚くな」と切り捨て、昔話をするオヤジのように語る。
「アタシも今じゃあけっこうな古参だから知ってんだけど、昔の軍隊はアレを並べて横陣敷いてたんだよ。お前らは一匹がせいぜいだが、それを何十匹もだ。その壮観な様つったら、もうなぁ────」
今窘められていたと言うのに、既に窘める側に回っている。
ウェイは、
「お前も見たこと無いじゃん……」
とツッコミを入れ、落ち着かない呂晶を慮る。
(此処んとこ、やたらメンヘラが激しい……いや、落ち着きが無いのはいつもだが……)
最近、特に情緒不安定だ。
(阿片のせいか? いや、
イラついてるから阿片が増えた
んだ……コイツは『何か』に苛ついている……苛つき、苛つき、女の苛つき……————ハッ!)『自称・女の気持ちが判る男』は、呂晶の肩に手を乗せる。