†花雪の悩み⑦† 本物の偽造
文字数 2,149文字
すごく嬉しい————……けど、なんだか面倒。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ユエも小声で呟く。
「上出来……昇給おめでとう、お父さんの件も」
『どうも……』
「燃やしたのも良い機転だった……逆にポイントは高い」
『いえ、私は────……』
高みから鋭い声が投げられる。
「なんじゃ、また妾をイジメる相談か?」
ユエは涼し気な声を返す。
「うん、そう」
「フン────……」
前方の様子を見て、護衛は同僚に尋ねる。
『……あの感じだと〝仮親決め〟に勝ったのは会長か? いや……あれが裁判なら、副長の勝ちなのか?』
『さあな。米門さんも懐柔されてたようだし、裁判は正攻法じゃ勝ち続けられん————』
少し考え、同僚は続ける。
『が、
米門さんが懐柔されてた
って判ったのは、副長の収穫だな』花雪は〝秘書懐柔〟というとっておきのカードを、下らないことに放出してしまった。やはり目立たぬ立ち回りは苦手なのだろう。
『さっきはビビったよな。〝
そんな紙捨てちまえよ
〟て言ってたら、いきなり並走してきて……お前、なんて言われたんだ?』『いや、なんかヒソヒソ声で————』
護衛はオカマのような声と、恥じらう仕草で言う。
『〝すみません、その紙……よかったら、私にくれませんか……?〟って』
『ええ~~~……なんだ、その〝内緒話しちゃった〟的な可愛さは……』
気持ち悪い演技なのに、同僚は羨望の眼差しを向ける。
『そんな風に言われたら、絶対あげちゃうだろ。俺もスタンプ押しときゃ良かった……』
『しかも、メッチャいい匂いした。肩もちょっと触った』
同僚はのろける護衛を睨む。
『調子に乗るな。副長は戦闘以外じゃ、みんなにそうだ』
『そんなの、俺だって判ってる────』
護衛が〝プイ〟と前を向くと、同僚も前を眺める。
『その紙に〝ちょいちょい〟と書き足しただけで、目ざとい会長を騙しに行くんだからな……しかもウキウキと、楽しそうに』
護衛が向き直る。
『そうそう────わざわざ指差して〝この押印は日付の
上
に押されてる〟て言ったよな? よく見れば下
って分かっちまうのに……副長も度胸あるよ』『几帳面な副長が言うんだ、会長も疑わないさ。俺らは
副長が日付を書き足すところ
を見てたからな』その〝イタズラ〟を成功させた女子は、己の智謀の結果に満足すると共に、仕事がひとつ増えてしまったことを憂う。
(護衛組合に提出するレポート、
もう一回書き直さなきゃ
)花雪は本物を偽造と主張していたのでは無い────
偽造を偽造と主張していた
。例えばこの件を〝法務部をどちらが管轄するか?〟の会議で暴露する。『花雪はあの時、偽造を本物と思い込まされ、隠滅という暴挙にまで走ってしまった。そんな短気な性格で法務部が管轄出来るの?』といった具合に。花雪は『自分こそが法務部の長に相応しい』とは言えなくなり、他の幹部も法務部の管轄にはユエを推すのだろう。
けれど、あくまでそれは副次的なもの。ユエの〝本当の目的〟は別にあるのだ。
『しかしお前、色々詳しいよな────』
後方の同僚は、苦笑いする護衛に続ける。
『いつもそこで話してるからな。お前も前列まで来たなら聞いといた方が良いぜ。幹部になるとああいう仕事をするハメになる』
『俺は興味無いさ。
美女子
の囀る声を聞きながら旅が出来りゃ満足だ』『もう少し隊列乱せば、会長様に叱ってもらえるぜ』
『冗談だろ……』
その前方の会長様は、
「何を画策しようと、無駄じゃ────」
例になく象上から高飛車に言い放つ。
「これからお前の上げる書類は、
妾が全てチェックしてやる
」『「 ……っ! 」』
ユエは、秘書と横目を交わし、涼しげな声を返す。
「……次も同じ手を取るとは限らない」
組織の会長とは確認もせずに判子を押してしまうもの。それは副会長のユエも例外では無く、この手の書類は部下に確認させ、花雪にスルーパスすることが常である────けれどそれは、几帳面なユエにとってよろしい管理体制とは言えず、だからと言って書類の確認は面倒だ────ならば、花雪に
押し付けてしまおう
。「フン……惨めな負け惜しみじゃ」
物忘れのヒドイ花雪は言った。『妾の記憶には無きことじゃ』
花雪は本当に、日除けの搭載を〝四度〟も悩んだのだろうか。どの道、メモを取っていなければ揚げ足を取られる。書類をチェックしていなければこうなる。人は失敗しなければ学ばず、貴族社会は失敗があってからでは遅い。
(なら、
事前に失敗させてしまえば良い
)これはズボラな花雪を鍛える為、自分がサボる為では無いのだ────大人しい眼鏡っ娘は、稀に行う〝イタズラ〟のスリルの余韻に心をときめかせつつ、後方で無駄話をしている護衛に振り返る。
『会長も、副長も、行商中は会議会議。幹部連中は移動しながら書類書いたり、偵察出たり、スゲー体力だよ……一番スゲーのは夜間警戒買って出る連中だが』
『米門さんてあの二人、両方の部下なんだろ? 俺なら一日で音を上げる。いきなり剣ブン投げられても止めらんねーよ』
『いやいや、副長の部下だから続けられるのさ。
『いや、剣は自分で守ってたぞ……』
『ん?』
同僚は〝それ〟に気付き、護衛に伝える。
『おい────なんか副長、こっち見てるぞ……?』