†拾䦉† キヨコ

文字数 4,021文字






 知識人は物事がこうであると知っているが、なぜそうであるか知らない。

 ハイデッカー




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 不謹慎な発言に皆〝信じられない〟という顔になる。


『なんだと!?』

『仲間の犠牲を、愚弄するってのか……!』

『許さねぇぞ……テメェ……ッ!』


 一触即発な雰囲気に、横に控えるウェイは眉間をつまむ。


(悲しいけどこれ、第一声なんだなァ……)


 一声でここまで反感を買う者も少ない。


『なあ……本当に、人間が石になるのか?』

『俺達も北西だ。まだ見ていない』


 そのざわめきも収まらぬうち、


「だが、貴重な情報ももたらしたァ————ッ!」


 またムカツク声が響く。


「あの聳え立つクソは、閃光を射爆すると賢者タイムに入るッ! しばらくは死んだ魚みてーな目で、世界平和に想いを馳せるッ! ウチらのハッスルタイムはそこしか無ァーーーいッ!」

『『 ……! 』』


 再びざわめきが起こる。同時にウェイも怪訝に思う。


(あれ、そんな話してたか……?)


 呂晶は構わず、指を一本掲げる。


「一度だ————ッ!」

(まあ氣功家(オレら)だって、大技ブッ放した後ってのはダルイのなんの……)

「一度

させた後、全員で懐に入り、決着をつけェーーーるッ!」

(いや、にしてもおかしいだろ? 声もちょっと上ずってやがる……)


 立てられた指が力強く、白霊に向けられる。


! それでカビ臭い洞窟とおさらばだァッ!」


 ウェイは確信する。


(あら! もしかしてこの子……適当言っちゃってる!?)


 全て希望的観測だ────
 奮起させる為だとしても、虚偽の情報を流布した『煽動者』は『味方殺し』と同様、地上で軍法会議に掛けられる。


(おいおい、射瀑したら益々元気(ハッスル)って可能性もあるだろ……さっきはどうだった……? いや、よしんば倒せても子供がウジャウジャ沸くかもしれん……)


 禁軍司令官・孫玄(そんげん)は、細かな軍規は守れぬだろう氣功討伐隊(マフィア)に『味方殺し(フレンドリーファイア)』『虚偽扇動(アジテーション)』この二つだけを鉄の禁忌と敷いた。
 なのにこの女と来たら、その二つともを破る。


(甘言を弄して失敗しても、後で責任取るのは隊長の、俺……的な?)


 ウェイの心配を突くがの如く、参加者から質問が投げ掛けられる。


『おい、

────そいつが言ってる事は間違いないのか?』

『『 …… 』』


 皆の視線がウェイに集まると、優しくも力強い声が放たれる。


「ああ、

────胡人達が分析した結果だ。これから皆んなに伝えるのも、そこから導いた、一番成功率が高い作戦だ」


 大柄な体格と器を示す凛々しい顔つきに、またざわめきが起こる。


『胡人達と情報共有してたのか……』

『なんで言葉が判るんだ?』

『奴らは最初から戦ってる南東の生き残りだ。確かに一番、信用出来る……』


 そのざわめきは、さっきよりも遥かに安心した音程だ。
 けれど猜疑心の強い者が、再びウェイに質問を投げる。


『おい、奴らの言ってる事が正しい〝根拠〟は何だ?』


 再び全員がウェイに向く。
 ややしつこくも思える質問だが実際、信用に必要なのは『誰』が言っているかではなく『根拠』である。
 同時に最も証明が難しいのもその『根拠』であり、だから選挙でもマニフェストを実現できる『根拠』を追及する者はおらず、只々『誰』が言っているかを基準に票が投じられる。


胡人(かれら)のうち何人かは〝騎士〟だ────騎士ってのは戦場に立つ〝軍師〟みたいなもんだ」


 ウェイはその難しい『根拠』を、力強く提示する。
 ちなみに『軍師』とは、ウェイの頭の中では〝一番頭が良さそうな奴〟であり、三国志の説話が流行する昨今、大抵の者は〝軍師って頭良いんだろうなァ……〟と思っている。


「そして以前、西方にも似たような化物が発生して、彼らはその討伐経験があるそうだ」

『『 オオオォォォ…… 』』


 ざわめき、と言うより感心の声が上がり、皆がローマチームを見ると、


「……」


 ヴァリキエは静かに頷く。


『マジだったのか……スゲェ連中だったんだな……』

『どおりで強い訳だ……』


 ウェイは立て続けに言い放つ。


「聞いてくれ────っ! この戦いでは〝味方殺し〟と〝虚偽の扇動〟が禁止されてる! 皆んなを騙せば、俺らは軍法会議に掛けられる! だから皆んなにも、俺らを信用して欲しい!」

『『 オオオォォォ……! 』』


 更なるざわめき、と言うより納得の声が上がる。
『虚偽扇動罪』とは、裏を返せば『自他の信頼性を高める制約』になるのだ。後で罪に問われるような嘘を付く者などいないのだから。皆が納得したのも、この『虚偽扇動罪を信頼を高める根拠に使う』という〝逆転の発想〟に対してであり、情報自体の信頼性が向上した訳では無い。
 けれど『自分の納得した気持ち』が何処から来ているかなど、猿から進化した人間には判らないというものだ。


「……」


 ウェイが呂晶にアイコンタクトを送る。呂晶は受け取った視線を皆へ移して叫ぶ。


「作戦はこうだ────ッ!」


 呂晶が話し出すと、ウェイは痛い胃を抑え、誰にも聞こえない声で呟く。


「うっ……ちきしょう……」


 胃を痛くするウェイとは裏腹に、他隊の者は真剣に耳を貸している。
 元々個々で打つ手が無い以上、号令程度でも依る物が欲しかった。何より虚偽の情報を流せば軍法会議に掛けられる。適当なことを言うハズは無い。何か確証があるのだろう————常識的に考えて。

 
「まず、足元の〝キヨコ〟を、可能な限り排除する────ッ!」


 小さなざわめきが起こる。


『キヨコって?』

『娘のことだろ』


 キヨコとは絶対に検索してはならないワード。〝モグモグタイム〟を極大化したような不快さがアナタを襲う。


「奴らは国際(カルト)主義の不法入国者(ボートピーポゥ)ッ! ウチらの先祖の土地に根を張り、税を貪るおフェミ豚ァッ! 殺せば殺すほど社会は浄化されるッ!」


 呂晶は両の人差し指を立て、力強く突き出す。
 右の人差し指————つまりは討伐隊が左の白霊へ近付くと、左がグルグルと回り出す。戦闘が始まったジェスチャーだ。


「まずはスパイ二世をブチ殺すッ! 部落の弾左衛門(P T A)は怒り狂い、

閃光を放ってくるッ!」


 左が上下に揺れ始める。


「ギャオンの体制に入ったら、私が大ォーーー声で合図するッ! 死にたくなければ後ろへっ……飛び退けェーーーッ!!」


 右が勢い良く離れた。
 その後は拳を振るい〝ボコる〟ジェスチャーが始まる。


「そしたら全速前進ッ! 全力攻撃ッ! 頭を落として、首にクソを流し込めェッ! 目玉をくり抜き、頭蓋骨をファックしろォォォッ!!」


 両手を大きく広げる。


「以上だ、新兵共————ッ! 秦始皇帝陵(じごく)へようこそ!」


 また各班がざわめく。


『なあ、何か大事なこと忘れてないか?』

『大丈夫さ、虚偽の扇動は軍法会議だ。嘘を付くメリットも無い』

『ああ。なんたって、虚偽の扇動は軍法会議だもんな』

『虚偽の扇動は軍法会議……何の意味があると思ったが、こういう時に役立つんだな』


 何か確証があるのだろう、常識的に考えて————そんな時こそ『扇動(アジテーション)』は行われる。ヤク中の目をしたメンタリストが〝ハーバードの論文がどうの〟などと言っている時だ。


『本当に、これで倒せるのか……?』

『言い方は極右(ごくう)だが、確かにあれ以上の策も思い付かん』

『あの呂晶って奴は盗賊だぞ……信用出来ん』

『ちょっと待て────商人が正義みたいな考えは思考停止だぜ?』

『胡人だってそうだ……見ただろ、あの黒魔術はヤバ過ぎる……』

『地獄へようこそって、アレ言いたかったんだろうな』


 皆、疑いながらも配置に付いていく。
 ウェイはズカズカと進むメンヘラに耳打ちする。


「なあ、呂晶……そんな強制する感じじゃなくてさ……ホラ、俺ら指揮官って訳じゃ無いから、後で責任押し付けられちまうって言うか……あくまで各々の判断で、みたいにだな————」


 呂晶は声のトーンを落としながらも、苛ついた声を返す。


「〝胡人が分析した結果〟だァ? 全部アタシの推論だろうがよ……! あれじゃあ、アタシがアイツらに従ってるみてーじゃねーか……!」

「おまっ、そこかよ……! 俺は、お前の言う事を聞いてもらう為に────……」


 ウェイの言葉が終わらぬうち、血走った目が返される。


「言ィーーー訳なんて自分(テメー)が弱い証拠だろうがよォ、コラ? ゼッテー負けねーぞッ!? ゼッテー負けねーぞッ!?」


 有無を言わせぬ勢いそのまま、姿勢正しく胸甲を直すケツに、気合を注入する。


「ムチってんじゃあ……()ェエエエエンッ!!!!」


〝スパァン〟という、瑞々しくもいやらしい音と嬌声が響く。


「キャアアアアッ!」


 その者は慌てて尻を抑え込み、みるみる赤くなる顔で〝信じられない〟とばかりに目と口を開く。それでもヒリヒリした刺激が全身を駆け巡り、身体が痙攣してしまうのを止められない。
 男達は情欲煽るその曲線(ポーズ)を獲物を狙う鷹のような目に焼き付け、粛々と戦意を向上させる。


「……屈辱的……!」


〝負けない〟とは、誰に対してだろうか。


「ヴァリキエ────私達は?」


 ルシラが指示を仰ぐと、ヴァリキエはルリアの精神回復術を受ける少女を見据える。


「……同じだ。あの子を守り、奴の首を落とす————主とアレクシオスの加護を」


 そう言って、額、胸、右肩、左肩の順に十字を切る。
 ローマ帝国の国教、正統教会(オルソドクシア)の慣習だが、皇帝アレクシオスⅠ世=コムネノスを呼び捨てするのはヴァリキエの癖だ。


「主と、皇帝の加護があらんことを……」


 ルシラが復唱し、バルクスと神父も十字を切る。
 ヘレンもハタと気付いて行うが、横に切る際『左、右、左』と往復させる。
 こちらは神の像を売り、偶像利権を貪るカルト宗教『カトリック』から改宗したヘレンの癖だ。

 扇の中心に立った呂晶は両腕を押し広げ、両側へと何度も払う


「各自、展開ィイイイイーーーッ! 部落を囲めェエエエエーーーッ! オラ、もっと広がれ、広がれェッ! 仲良しこよしじゃねーぞォッ!?」
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登場人物紹介

呂晶(ルージン):20歳♀ 補正:力型極化 スキルマスタリー:内功心法=黒殺槍法>炎系気功


成都のアクセサリー店『呂礼屋』を家出。盗賊として非道を尽くす中、結盟『真夜中の旅団』へ幹部待遇で加入。外功の扱えない特異体質ながら爆裂加速した斬撃により気功家屈指の近距離戦闘能力を持つ。

重度の阿片中毒でバイセクシャル、己の哲学『真理』を己の命よりも優先する。


容姿偏差値:65(ガンメイク:70) 戦闘偏差値:85

ヘレン=アップレケ―ンタ:16歳♀ 補正:知型極化 スキルマスタリー:ウィザード>クレリック=バルド


赤子の折、北欧フィンランドの孤児院に捨て子として預けられる。生まれながらにゼロ点量子エネルギー『大気の乙女』を操るがそれにより幼少期に友人を殺害する。

以後は魔法による狩りで村に奉仕しながら罪を償い、15歳で成人した後は『大道貴族芸人』としてローマ帝国へ単身上京する。7歳でヘラジカを仕留めたことが自慢。


容姿偏差値:90 戦闘偏差値:90(杖喪失:50 リミッター解除:???)

花雪(ファーシュエ)18歳♀ 補正:完全バランス スキルマスタリー:寒月直伝飛天剣法舞踏派=炎系気功=雷系気功=氷系気功


国務執行機関、戸部右曹の侍郎を務める魏征の一人娘で貴族。楊貴妃の再来と言われる美貌と帝王学により『傾国のカリスマ』の異名を持つ細巨乳。複合企業・花雪牙行の会長であり、数百名の精鋭気功家で構成される『花雪象印商隊』の隊長を務める。同副長のユエとはライバル貴族家でありがなら幼馴染。自分の身体を他人に洗わせるのが趣味の変態。


容姿偏差値:85(舞90) 戦闘偏差値:55

寒月(ハンユエ)18歳♀ 補正:知型極化 スキルマスタリー:飛天剣法=雷系気功>炎系気功>氷系気功


戸部左曹侍郎、邦県令の一人娘で貴族。文林三絶、武林三絶『文武両道』の異名を持つケツデカロリ眼鏡っ子で、花雪象印商隊では護衛隊長を務める。インテリ気功家の代名詞『雷功』をこよなく愛し、中華最強の雷功使い『雷帝』に最も近い人物と評されている。趣味は読書、コミュ障と言えるほど大人しい性格と大きな尻にコンプレックスを持つ。花雪とは幼馴染であり彼女と眼鏡を馬鹿にされるととても怒る。


容姿偏差値:75(尻90) 戦闘偏差値:87

ヴァリキエ=ユスティニアヌス:28歳♂♀ 補正:力型極化 スキルマスタリー:ウォーリアー=クレリック


容姿偏差値:80 戦闘偏差値:95

魏圏(ウェイ=クァン):28歳♂ 補正:知型 スキルマスタリー:黒殺槍法=炎功>雷功>氷功


容姿偏差値:65 戦闘偏差値83

炎暗剣(イエン=アンジャン):21歳♂ 補正:知型寄バランス スキルマスタリー:飛天剣法青林派=氷功>炎功=雷功


容姿偏差値:70(眼帯:60) 戦闘偏差値:81

ルリア:???歳♀ 補正:知型極化 スキルマスタリー:ウィザード=バルド


容姿偏差値:76 戦闘偏差値:85(リミッター解除:???)

ルシラ:33歳♀ 補正:知型寄バランス スキルマスタリー:バルド>チェイサー=メイド


容姿偏差値:74 戦闘偏差値:60

遊珊(ユーシャン):20歳♀ 補正:知型寄バランス スキルマスタリー:破天神弓>炎系気功=雷系気功>氷系気功


容姿偏差値:78(花魁90) 戦闘偏差値:68

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