†花雪の悩み④† 贈賄、お前は妾を怒らせた
文字数 2,034文字
妾は花雪じゃ。いと敬うが良い。
私は寒月、みんなユエと呼ぶ————別に敬わない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
通常〝重要書類の紛失〟とは責任問題。花雪は逆にそれを命じ、給与もちょっぴり上げると言う。ちょっぴりの賄賂で秘書を
買収しようとしている
。こういった〝特務〟にも失敗した暁には、秘書自体が自殺に見せかけ処分される事になる。これこそが政治家の最終手段————『全部秘書がやりました』である。ユエが呆れた声を挟む。
「メモを取るかどうかの、何がそこまでさせるのか……理解に苦しむ」
花雪は〝ギョロリ〟と睨み返す。
「理解せぬから、お前は〝妾を怒らせる〟という過ちを犯すのじゃ……!」
顔に乗った眼鏡が上を向く。
「メモを取るかどうかでは無い────私は花雪の同じことばかり話す癖に、ウンザリしている。メモを取らせることで解決を促したけれど、不可能なので別の手段を講じた」
細い身体が象から乗り出し〝信じられない〟と手を広げ、頭を指差す
「やはりそうじゃったかッ! そんなもの〝前にも聞いた〟と言えば済む話じゃろうッ!? お前の頭はカタツムリかッ!?」
「それも何度も言った────やっぱり、忘れてる」
花雪は頭を指していた指を振り降ろす。
「うるっ……さいんじゃッ! オチも無い話を繰り返すのが女の嗜みじゃ! お前も少しは嗜んでみてはどうじゃァ~~~ッ!?」
ユエは静かに目を細める。
「言っておく────〝自分もお前のようにメモを取る習慣を付けようと思うけど、どうしたら身に付くのか?〟と、最初に言ったのは花雪の方」
「本っ……当に女々しいことを覚えておるなァッ! その髪の長さ同様、本当は女々しいだけの男ではないか!?」
ユエはツンと視線を逸らす。
「性認識は髪型ではなく、体型で行われる。特に股関節」
女は二次性徴で乳房が膨らむが、それ以上に股関節が広がる。よく美女を数名並べて『この中に大人っぽい小学生がいます、誰でしょう?』という企画が開催されるが股関節を見れば一目瞭然だ。そして、花雪とユエの会話も理知的ではあるが、理知的な点を除けば小学生である。
よってユエは視線と話を戻す。
「その密書が花雪を貶めるものか、内容を見るまで判らない。米門に業務上の過失は無い」
「どちらも知ったことでは無いわ……!」
痺れを切らした花雪がスラリと長い腕で命じた瞬間、
「米門、何をモタモタしておるッ! 今すぐその密書を灰に————……っ!」
『『 ————ッ! 』』
一筋の閃光が走る。
数瞬後、剣を鞘に収める金属音が響くと、
「『 あっ…… 』」
蝋封が〝パキリ〟という亀裂音で呼応する。
実力行使に出た花雪に対抗し、ユエも〝馬上居合斬り〟にて蝋封を
断ち斬った
のだ。『私は、その……開いていないので……減俸の件は……』
秘書の弁明と共に、密書がハラハラと開いていく、
『なっ……しィ────ッ!?』
が、秘書は密書を合いの手のように閉じてしまう────違う、
密書を突き破ってきた剣
を白刃取りした。『でっ……でっ……っ!』
柄に金の装飾が施された、骨董品のような剣。
ユエが封蝋を斬った際、手綱を離した馬がやや後退した。間髪入れず、癇癪を起こしたかぐや姫が〝象上居合
投げ
〟を放ったのだ。秘書は白刃取りしなければ、顔面に剣が突き刺さっていただろう。
『え、えっと……減俸の件は……無しで……』
秘書の弁明をよそに
先に抜いた
ユエが言う。「そうやって……いつも暴力的に解決しようとする……っ!」
剣を投げ降ろした姿勢のまま、花雪は血走った目で返答する。
「男のお前に……言われとう無いんじゃ……ッ!」
これが刃物を振り回すヒス女の目だ。
ユエは秘書に視線を移し、諭すように言う。
「米門、聞いて————その密書は行の重要書類。花雪の、ましてやアナタの一存で紛失して良い物では無い」
ユエの言葉は方便だ。何故ならこの密書は、弊社重要書類の重要性を〝イタズラ〟に利用した私的物だから────とは言え、その内容は未だ判明していない。会長の印章が刻印されている以上、重要か確認されるまでは〝重要書類扱い〟である。そして重要であるか確認するには、内容を見なくてはならない。
護衛隊長のユエは静かに命ずる。
「それを開いて、読み上げなさい」
「……────ッ!」
花雪の顔が悲壮に染まり、大きな目に大粒の涙が滲む。
(一体、どうすれば……他に投げられる物と言えば鞘、日傘、鈎くらいじゃ……!)
秘書・
このままでは『貴族令嬢の癖に物忘れがヒドイ』と〝公然証明〟されてしまう————花雪にとってその〝恥辱レベル〟は、町娘が裸に剥かれて首輪を巻かれ、市中を引き回されるレベルに相当する。
「ぐっ……うぅぅぅ……っ!」