†社内旅行† 生死を賭けて
文字数 2,825文字
男は跪き、女に花束と絹を差し出す。
「ありがとう、嬉しいわ」
女の微笑みに、男とギャラリーは驚きの表情を浮かべる。
『『 ————ッ!! 』』
花雪象印商隊は黄河を『船』で渡る。その積み込み作業のため、毎回この蘭州に一泊するのだ。そして、その時間を利用してナンパ、告白、逢引など、男女の恋模様も盛んになる場所だ。
行商は明日をも知れない危険業務。意中の相手を前に迷っている暇など無い。生死を賭けた社内旅行とも言える商隊独特の文化である。
「でも、ごめんなさい……私、今夜は女の子と泊まる約束があって————ホントにごめんなさいね?」
『ああぁ……』
男は崩れ落ち、うめき声を漏らす。
『もうだめだぁぁぁ……おしまいだぁぁぁ……!』
見物人たちが歓声を上げる。
『でたぁーーーっ!! 見ろよあの顔、ぎゃっはっは!!』
『〝今宵〟なんて、今時言うかァ?』
狭い隊内ではこの手の噂もすぐ知れ渡る。あの男は盛大に振られた勇者として、しばらく肩身の狭い思いをするだろう。
すると、見物人達が金銭のやり取りを始める。
『アイツは、ホント期待を裏切らないな————ホラよ』
どうやら、告白が成功するかの『賭け』も行われていたようだ。
『ちくしょう……まあ、失敗して逆に良かったけどな』
『ああ、男もいない事が判った。〝試合に負けて勝負に勝った〟てやつだ』
娯楽も無いため楽しみは自分達で作らねばならない。賭け事は健全では無いが、ゲームなどの与えられた娯楽よりは健全かもしれない。
『おい、何で〝男がいない〟と言い切れる?』
ひとりの質問に、事情通らしき男が解説する。
『遊珊嬢は〝女と泊まる〟と言った。男がいたら、あんな美人を一人で行商に行かせるか? つまり導き出される答えは————』
『確かにそうだ……じゃあ、次回は俺か!?』
『おい、後でアイツの部屋行こうぜ! 〝わたし遊珊よぉ~ん、やっぱりアナタと泊まる事にしたのぉ~ん〟つって!』
『ぎゃははっ! なんたって蘭州一の宿だからな、お礼にあの絹ももらえるぜ!』
〝あの男が遊珊を落とせるか?〟のレートは、意外にも『成功する』が優勢だったようだ。他には応援する意味で賭けた者、失敗のご祝儀を先払いしておく者、そして、
「オラ、アタシの取り分よこせ。ヨコセヨデパート」
裏で糸を引くような者も存在する。
『おう、銀四両だったな。取り分は八だから……細かいので良いか?』
「何でもいいから早くして」
金銭の受け渡しを済ませると、胴元は的中者に顔を寄せる。
『しかしお前、何で判った? こっそり教えてくれよ……』
『イカサマ』を前提にした質問だ。即興の賭けに銀を賭ける者などいないのだから。
そのサマ師が無愛想に手を広げ、
「お金————」
と言うと、胴元はあんぐりと口を開ける。
『まだ取る気か!? せっこいなァ————で、どんな魔法を使った?』
「別に……〝美人を誰かに取られて、金も取られたら男はやってらんないね〟って話してただけ。聞こえるように」
胴元は顎に手をあて、考えながら呟く。
『そういう事か……どおりで偏ってると思ったぜ……』
『成功する』に賭けておけば、失敗しても金銭は失うが美女は誰のものにもならない。成功すれば喪失感はあるが金は得られる。
この手の賭けは『成功する』の方が期待値が高く、単にそれを煽ったのだ。
「じゃね————」
手をヒラヒラさせ、呂晶はその場を去る。
(へっ。今夜、その先生と泊まる女ってのはアタシだ、馬鹿共……!)
呂晶は出発前にあの男が告白することを聞いていた。事前にそれを遊珊に伝えるノーマナーを行い、その上で遊珊の賭け金も預り二人分を賭ける。あとは周りを誘導するだけ誘導し、二人で儲ける。
こんな事をするから賭けに女を混ぜてはならないのだ。
(しかし、先生とお泊りなんて初めてか……楽しみだぜ、いやっほうっ!)
呂晶は小さくガッツポーズする。
(この期にいっそ、
バイ
だとカミングアウトしちまうか……!?)————あの落ち着き払った先生がアタシの性癖を知って、しかもずっと『そんな目』で見られていたと知ったらどんな顔するのか、オラワクワクしてきたぞ。
(いや、早まるな……まだ慌てる時期じゃない)
————良い線イッてる自信はある。だが失敗すればアイツのように人生が終わる。
思い出せ、初恋の女に告った日を。
思い出せ、周りにバラされハブにされた日を。
そして思い出せ、初めて力任せに陵辱したあの日の快感を。
(違う、違う。これは今思い出したらいけない事だ……)
————そう、アタシは自分から告って上手く行った試しが無いんだよ。どうでも良い奴には惚れられるのに、惚れた相手とは上手くいかない。アタシはそういう運命なんだ。
あんな上玉を力任せに一発犯して、それで嫌われて終わりってのは勿体無さ過ぎる。先生が結盟辞めたりしたらどうすんだ。バイってのは性癖を隠してるから今日みたいな旨みにあり付けるんだ。
(ダメダメ、カミングアウトは却下。圧倒的却下だ)
————旅ってのは人を浮ついた気持ちにさせる。だからあの男も、あんな身の程知らずな告白をする。
なァーにが〝お付き合いして下さいィ~〟だ! 鏡で顔見てから告りやがれ。まずあの見た目で終了だし、上手く行ってもアタシがお前を殺して終了だ。お前は初めから
詰んで
いたんだ。(とは言え、馬の刺激で大分ムラついているし……先生と一晩一緒で耐えられるだろうか……?)
アタシがムラついてる訳だから、先生もムラついてる可能性が微レ存? 二人きりの宿、我慢出来なくなった先生が、恥じらいながらもアタシに夜這いを————
〝ごめんなさい、ホントにごめんなさい……お願い、気持ち悪いって思わないで? 私、初めて会った時から……ずっとアナタが好きだったの……!〟みたいに、なんてまさか、キャーッ!
(柄にも無く何考えてんだアタシは……)
————アタシはそういうキャラじゃないだろ。もっとこう、頼り甲斐があるのがアタシの魅力っつーか。
※河原の対岸でSEXするカップル
「蛤? ウッソ! 河原でヤッてんだけどあのカップル! マジで!?」
地元民だ。
おそらく、河原で二人でゆったりとした時間を楽しんでいる内に、だんだんと行為に発展していったのだろう。
「はあ……はあ……ヤッバ。一発オナっとかな、保たんスわ……」
商人達が積み込みを行う中、呂晶は適当な茂みを探す。まるで駅の階段で好きな女子のパンツを偶然見てしまい、そのまま駅のトイレへ向かう男子高生のように。
本人が言うように、商隊生活に適応しているのかもしれない。
『いやァッ! あそこッ! 誰か見てる!?』
『は、え? 女じゃね? え、オナって……』
「ヤッべ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なんじゃとォ……! また渡し代を高くしたと言うのかッ!!」
一方、こちらは黄河が船を揺らす河川港の渡場————
そこでは花雪が『商談』を行っている。