†拾伍† 恥知らずな氷功使いがいた!!
文字数 4,236文字
「……フッ」
男は慌ただしい後方を一瞥し、慌ただしさとは反対の冷笑を浮かべる。
「どうやら、怖じ気付く間に【
そしてその冷笑を神の如き生物に
向け放つ
。「そう————俺は最初から、こうして時を【凍結】していただけなんだよ」
その冷笑は絶対零度を下回り、黒笑へと堕ちていく。
「クックック……なんちゃない、これがお前の【深淵千里眼】を欺く、唯一の方法〝【最強の孤独】を捨て駒に投じるルート〟だった……て、だけさ……千年の老獪をも出し抜く、千年の老獪
だから
出し抜く一手……! 覚えておけ、化物————これが【正真正銘の欺瞞
】ってやつだ」男は肩をすくめ、世界と自分を嘲笑する。
「いや……な、俺自身〝一人で十分、お前達は黙って見ていろ〟とは言ったんだぜ? 何かを背負うことを面倒と思ってしまう
男の黒笑が、真冬の白湖のように
「【カタストロフィ】の【あの日】……俺は〝もう何も背負わない〟と決めたってのに、またこんな【大きなお荷物】を背負うハメになっちまった————ああ、本当に面倒だよ。【この眼】は俺が嫌う物ばかり寄せ付ける」
見ようによっては確かに、皆がその男の元に結集しているようにも見える。
「なァーに、面倒ではある————が、後で【果肉をすり潰したジュース】でも奢ってやれば済むことだ……」
あれほど威圧感を放っていた黒笑が、あっけからんに消え去る。
強力な重力から解放されたような空気の中、男はごく普通の青年のように、澄ました顔で言い放つ。
「連中との間で唯一面倒臭く
ない
点とは、お互い〝そんな事でいちいち礼を言い合うなんてカッコ悪い〟というその背に彼を畏怖しながら、同時に慕う者達の声が掛けられる。
『おい、そこの
ボク
ッ! 早く来いっつってんだろ!』男が〝面倒だ〟と疎むその【お荷物】とは、本当に男が疎む
べき
ものなのだろうか。本当に【その眼】が引き寄せたものなのだろうか。『眼帯の兄ちゃ~んっ! もう邪魔ンなってんの判んねェのかァ~?』
それらを引き寄せた存在————それは
それを覆う【暗黒凍結】さえ、その引力が引き寄せた一つなのかもしれないが、男がそれを理解することは無い。その輝きは誰の目にも、男自身の目にも触れられることは無いのだから————
誰かがその黒い氷を、溶かしてやるまでは。
「調子に乗るな……NPCは大人しくしていろ……
斬り裂かれたいのか
?」だから男は、彼らを睨み付ける。人を人とも想わぬ────いいや、人を人とも想わない
ようにしている
、そんな冷たい瞳で。睨まれた者達はうつむき首を振る。
『ああ~……アレは、
『大分患ってんな……』
思わず座り込んでしまった者さえいる。
『いるんだよ……能力者が集まると、ひとりは〝最強〟が』
『あれでよく、ここまで生き残ったな……』
『そりゃあ、誰の手にも負えねェからな』
簡単に溶ける氷なら【暗黒凍結】などという呼称は付いていない。
『クッソ……これから命張るってのに、胸が締め付けられるぜ……────おい、誰もどうにかしないのか!?』
武将が先頭に立てば士気が上がるものだが、男は士気も【凍結】してしまう。
『放っとけ。化物が唯一の友なんだ』
『ああ、化物は一番の聞き上手だ』
『俺も聞き上手に、愚痴聞いてもらいてェ~……』
『影が薄い通り越して、影そのものになっちまったんだろうなァ……』
『ステルス迷彩────ッ! それがきっと、アイツの言う【闇】の極意なんだよ!』
男は『お前達を守っていると言うのに【白の種族】とはほとほと気楽なものだ』と言わんばかりに鼻で笑う。
「フン……」
軍の先頭に立つとは気分が良いものだ。滅多に味わえないその超越感が男を昂ぶらせている。
望んでもいないのに注目されてしまう、この超越感をもっと味わっていたい————なのに、五月蝿いメンヘラに発見されてしまう。
「おい厨二ィイイイイッ! テメーいつまで発病してやがるッ! あっちに付きたきゃ混ざって来いヨラァアアアアッ!!」
「……」
イエンは振り向くと、慌てて剣を向ける。
「……────おっ!? お、お、お前が引き付けろと言ったのだろうっ!?」
前屈みでそそくさと列に戻って行く。メンヘラが逆手に矛を構えていたからだ。
「ちょっ……! 待っ……! おい、ピクピクと投げようとする動きをするんじゃあないっ!」
味方殺しを厭わず、実際に少女にさえ投げ付けられた【それ】の説得力は強い。
一番面倒な女は矛を回して肩に掛け、苛つきながら腰を落とす。
「まったく、
面倒な奴
だぜ……!」靴紐を縛り直すと立ち上がり、大きく息を吐き出す。
「すうー……ふうー……っ! はじけて……混ざれ……」」
スタンスを広げ、ゆっくり掌を突き出す。掌が蜃気楼のように揺れ始め、それが全身を歪ませ、周囲の空間を歪ませていく。その成長する『カラビ・ヤウ多様体』が、ドーム空間に新たなドームを建設していく。
【内功心法】
人体錬成により抗生物質の生成や傷の融着を行う。反対に他者の免疫機能や氣孔経脈を阻害する。
【内功】本院治療陣
脳波を空間に広げ、氣孔の相乗効果を発揮する陣を張る。内部に氣功家がいるほど陣は大きく、強力になっていく。この陣を張る行為は〝温泉を沸かす〟と揶揄される。
「呂晶さん……ちょっと、
アイツ
を意識し過ぎじゃないスかね?」その間もウェイは、粘り強く会話を試みている。
「今からでも、もう少しこう、臨機応変的に動いてもらう的な————……」
「ゴチャゴチャうるせぇ、薄顎ッ! 集中してんだッ!」
言葉の途中で血走った目が返され、ウェイは目を丸くする。
(えっ?)
呂晶は前方に、大袈裟にしゃくれさせた顎を振る。
「来るぞッ!?」
ウェイは笑顔で拳を握りしめる。
「フフ……」
(野郎ォ……俺ンこと心ン中で、いつも〝薄顎〟って呼んでやがんだな……!)
女を殴りたい衝動が沸き上がるが、歯を食いしばって堪える。
「お前さァ、俺がお前の為に……一体、どんだけ胃が痛てェ想いしてると思っ────!」
その言葉を遮り、呂晶はスタートの合図を飛ばす。
「攻撃、開始ィイイイイーーーッ!!!!」
突然の合図に、氣功家達に困惑が走る。
『いっ、行くのか!?』
左右を見るが、誰もスタートしない。
『まだだ……音楽が鳴ったらだ』
ルリアとルシラがハープを掲げている。
「アレグロ四小節、いっくよぉ~♪」
「いつでも!」
「せぇーーーのぉっ♫」
幻想的なメロディを合図に、ヤクザ者達が駆け出す。
『よし! 行けェェェッ!』
『『 オオオオォォォッ!!!! 』』
ルリアはリズミカルに、次の曲へと舵を切る。
「次ぃ~♪ ロンドォ、賢者ぁ、16小節ぅ~♪ さん、ハイぃ~♪」
二人の吟遊詩人は口を開け、同一音階を叫ぶ。
「「ア゛ァアアアアーーーッ!!」」
【音術】賢者のロンド
脳波に共振する
幾多の脳波が共鳴し、空間に
次々と瞳を輝かせていく異様な集団達は、数秒の『溜め』を経て、それらを発射する。
『『 ッテェェェーーーッ!!!! 』』
球体状の炎、
指先からの放電、
鎌鼬を飛ばす剣気、
氣孔を付加した矢、
赤青黄の外功が飛翔し、化物同士の開戦を告げる炸裂音がドーム空間に木霊する。
『『———— ッ! ———— ッ! ———— ッ!!!!』』
普段より大きい威力、放った自分が驚くほどの。
地震でも起きたように洞窟が揺れ、パラパラと小石が落ちて来るが、白霊は揺れない。
代わりに不気味な声が返される。
『『
女型の子供達も鳴き声を上げ、次々と蛇行を開始する。
矢が当たりそうで当たらない。
『今、夢に出そうな声が聞こえた……』
『俺もお前も気のせいだッ!』
女型の一匹に炎功が直撃、爆風で転がり戻される。
白霊は身体をS字に曲げショートゴロのように拾い、伸び上がる反動でセカンドに放り返す。
『〝親の仇〟が来たぞォォォッ!!』
『〝キヨコ〟とタイマンするな! 伍で対応しろ!』
刃に炎と雷が次々と灯っていく。武器に氣孔を付加する
疲弊した身体を鼓舞するように、人間側も思い付いた言葉で鳴き声を上げる。
『お姫様が! ご来店ェェェンッ!』
『姫には差別の、おもてなしィイイイイッ!!』
その声も〝グシャリ〟という音に掻き消され────白兵戦が始まった。
読み通り女型は外功を放って来ない。遠距離の撃ち合いは先攻が圧倒的に有利であり、後攻となった場合は即座に距離を開けるか、距離を詰める────本能か知識かは判らないが、氣功家戦のその
一方、鶴翼の陣形で戦う氣功家、その左翼後方に控えるチーム。
「ヘレン、打ち上げろ────次は無い」
「
二匹の『狐』を象るように交差した手。
新体操のフィニッシュでも決めるように、少女はそれを
「舞い上がれッ! 最強の
左翼後方から真っ赤な円陣が射出される。円陣は空中で次の円陣を分離、天井を抜けて次の円陣を分離、空中で次の円陣を分離────何物にも遮られぬ
白霊は戦場と化した空洞を眺める。
『『 …… 』』
遠距離戦で先手を取られた場合、即座に距離を開けるか詰めるのが氣功家の
ただし、この親玉だけはその定石を無視し、子供もろとも術を撃ち込んで来る。とんでもない精度で見えない地下から尾を突き上げて来る。
小さき者のどれから串刺しにしてやろうか。それとも────白霊が周囲を物色していると、