†花雪† 遺伝子の事故
文字数 3,589文字
呂晶が興味を持ったのは『田植えに適せし尻』ではなく、ウェイの言った『ある言葉』の方。
(槍の名手でも無い、稀代の剣術家でも無い、
帝級クラスの氣功家
)外功を得意とする『知型タイプ』中でも五本の指に入るような者への賛辞————
(ま、アーシには関係無い話だ。与えられる称号に興味無いし)
呂晶は武功を主体に闘う『力型タイプ』
自分と正反対だからか単純に好奇心だけを覚える。
(それに————)
あの
近所に住んでいた、歳の離れた恥ずかしがり屋の男の子を思い出す。
(だが、あの発育の良い胸だけはけしからん。いかにも〝良い物食ってまぁす〟て、感じだ……行商やる気あんのか?)
『バイ』の呂晶は指先を握っては開き、顔を恍惚に歪めていく。
(クックック……無理やり組み伏せてあの胸を揉みしだき、無愛想に嬌声を上げさせるのも悪くない……!)
豊満な胸を跳ねさせ歩くユエは、新人の顔を確認しながら、さっきの言葉を思い出す。
眼鏡、珍しいね————
(これが視力を補助する道具だと……しかも、名前まで知っていた。初めて見た人は必ず〝それは何だ?〟と聞いてくるのに)
不良のような佇まいと、いい加減ではあったが教養のあった様子を思い出す。
「人は、見た目によらない……」
一方、ウェイは、
「ダメだぞ、呂晶————あの子には近付くな。腕をぶった斬られた奴だっているんだ」
呂晶の気味の悪い表情が『一戦交えたい欲求』だと思っている。
「なーにウェイ。やっぱ惚れてんの?」
呂晶は呆れたように返答する。
「別に、あの子に〝イイ〟って言わせれば、誰も文句は言えないわ」
「あの子を挑発するつもりか————? やめとけ、手に負える相手じゃない」
呂晶の顔が怪訝に変わる。
(挑発……? 夜這いや誘惑じゃ無く? 負うも何もありゃノンケだろ。
呂晶は宥めるように返す。
「大丈夫だよ、あからさまにアタックしたりしない。自由時間とか、そういう時に話すよ。アタシだってイキナリ手出されたら腕ぐらいぶった斬る」
ウェイは指を一本立てる。
「ダメだ。あの子は隊の副長ってだけじゃなく、表社会じゃ
大臣
の娘さんなんだよ。怪我でもさせたらマジでヤバイことになる」「へっ。そりゃ大臣ごときで〝スゲー〟て思ってる奴にそうだろうけ————……今〝大臣〟つったのかテメェ!!」
呂晶の二度見にウェイが驚く。
「えっ、ああ。確か
「戸っ……! なっ……はあ、なんで? 嘘でしょ?」
大臣とは呂晶が目指させられていた士大夫の中でもトップ。王維が晩年ようやく就いたレベルであり、国の権力者の中でも『上から何番目』というレベル。
地方成金の呂晶の家など軽く飛び越えた、貴族・オブ・貴族。
そして『戸部』は国家予算を統括する政治執行機関。権力を持ち過ぎた大蔵省が『財務省』と『金融庁』に分けられたように、戸部は『左曹』と『右曹』に分けられている。
日本で言えば煙草の値段を三倍に引き上げた麻生財務大臣にあたる。
「何で、そんな子が……こんな田舎で行商なんかしてるワケ……?」
商隊とは動く宝箱。それは貧しい者が発見すれば、その場で盗賊デビューしてしまうほど魅力的な物。
そんな危険物を運ぶ仕事を大臣の娘がしているなど、余程の事態だ。
「そんなに変か? 金持ちなら商売だって得意だろ」
「ダメだ……この馬鹿じゃ話になんねぇ……」
呂晶はもう一度、自分を囲む異質な商隊を眺める。
(大臣の娘が
隊長
で、気功の達人……? それにこの人数……この隊商は何もかも異常だ)「おい、呂晶……お前の〝ダメだ、この馬鹿じゃ話になんねぇ〟って心の声、普通に声に出てたからな」
(いや、待て────コイツ〝大臣〟て言う前、何て言った?)
呂晶がその言葉を思い出そうとした瞬間、男達の歓声が上がる。
『花雪嬢だー--ッ!』
『花雪
隊長
が来たぞォーーーッ!!』それは上司を迎えると言うより〝待ちに待った〟と言う声に聞こえる。
「……なんだ?」
この商隊にとっては恒例行事だが、呂晶にとっては未知の出来事。
「花雪さん、商隊の長だよ————」
広場の中央へ向かう優雅なウォーキング。
散らばっていた行商隊員達も、吸い寄せられるように集まって来る。
「
呂晶も背伸びをして覗く。
遠目からでも明らかに存在感の違う女。
(あれが、十八!? しかも……さっきより……)
女にしては長身、
スラリと伸びる長い手足、
栗色の髪を上品に結い、
透明感に満ちた凛々しい目元、
細く高く可愛らしい鼻、
ピンクの薄い唇。
透けた静脈が淡い紫で彩る、白よりも白く見える肌、
見るからにお高い女。
「おい、何なんだよ……アイツは……!」
顎がやや
しゃくれ
ていて、唯一の欠点とも言えるのに、それが高飛車でミステリアスで印象を醸し出している。〝逆にああなりたい〟と憧れてしまうほどに。美人とは『遺伝子の事故』であり、よって美人には必ず不整形なコンプレックスが何処かに一つ存在する。けれど花雪の場合、その弱点すらも強みに変えてしまった、正に奇跡の
「だから花雪さん、商隊の長だよ────スゲェ美人だよな」
とても戦闘向きな容姿では無い。そして、
(コイツも……っ! マジで行商やる気あんのか!?)
『胸の大きさ』もまた、戦闘向きでは
無い
。呂晶も形には自信があるが、大きさはオマケしてDカップといった所。
花雪のそれは目鼻の1ミリ、スリーサイズの1センチを悩む平民とは『次元そのもの』が違い過ぎる。
落ち込むだけと判っているのに、ついつい自分のものと見比べてしまう。
(ふざけんな……! 〝胸がデカイ女に顔が良い女はいない〟じゃ無かったのかよ……!)
あの『民間信仰』は嘘だった────
その胸のせいで細いスタイルも細く見えない。けれど全身の高貴さがいやらしさを打ち消し、もはやおっぱいでは無い『別の高貴な何か』に見える。
(にっ……
人間じゃない
……!)腰は内蔵が入っているか疑わしい
女とは『
それらを捨てなければ得られないのが『スレンダー属性』
『ムチムチ』『モデル体系』は二者択一、それが宇宙の絶対的ルール————
なのに細いのにエロいなど、宇宙の法則が乱れている。
(つっ……強いッ!!)
只々『女』という能力に特化した
同じ人間としてあまりに不条理。
『綺麗』とか『可愛い』とかを通り越した、エロ過ぎて別次元と化した化物。
圧倒的に中華女離れした————いいや、逆に中華女らしい
狂気に満ちた容姿
。(そうか……背が高いから基本細くて、必要なとこだけムチってて、あとは絞って細くして……だからムチとモデルが同居した強化人間で……あれぇ、なに考えてんだろアーシ……アハハ……)
〝ムチムチを規制する〟と叫ぶおフェミ豚、
〝巨乳だと肩凝るし〟〝ワンピ着るとデブに見えるし〟と喚く貧乳奇乳達、
そういった有象無象に有無を言わさぬ『絶対強者』
あれに文句を言える女は東アジアには存在しない。
どんなに嘘が上手い雌猿も、目が合えば恥じらいと共に逸らすだけ。
女の本能が〝あれに逆らってはならない〟と、最大限の警鈴を鳴らすクリーチャー。
中華三千年の蟲毒が紡いだ
宇宙世紀では多分、ああいう体型が美人とされるのだろう。
(
〝人を見た目で判断するな〟どころでは無い────人が見た目で判断される元凶があそこにいる。
アレを好いたとしても、食い物にされて終わるだけ。
好いても良いことは無い、嫌な想いをするだけ。
それが判っているのに、ブラックホールのように神経を吸引され、奈落に落ちるように惹かれてしまう感覚が
自分で判ってしまう
。人が人を好きなっていく恋愛過程────それをたったの三秒に詰め込んだような衝撃は、望んで享受したくなる敗北感。
自分はフェロモンを求める虫。食われるのは絶対に嫌な事だけど、絶対に嫌な事だから、あの女にこそ捧げなければと思ってしまう。
働き蟻とはこのようにして、女王蟻に命を投じているのだろう。
(気を……気をしっかり持つんだ……アーシ!)
呂晶は、絶対的捕食者の
「あっ、アイツも……かっ、かなりの上流、階級じゃ、ね……!?」
その言葉は、自分でも驚くくらい滑舌が悪かった。