✝④フランチャイニーズ:表✝ 呆れた倍プッシュ

文字数 3,583文字






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 積み込み作業をしながら美鈴が尋ねる。


『先輩……今日、やたら多くないですか? あっちの方、同業さんかと思ったら全部 花雪隊の印章ですよ』


 遊珊も同様に、手を止めずに答える。


「タクラマカンで活動してた商人さん達よ。ここの所、天候と治安が良くないそうよ」


〝タクラマカン〟とは、ゴビ砂漠と敦煌を挟んだ反対地域に広がっている砂漠。ウイグルなどの地域である。


『この隊の方が安全だから、乗り換えたって事ですか────? こっち、オッケーです』

「どうかしら? と言うより、単なる配置転換じゃないかしら————せーのっ!」


 保存食糧が満載された箱を積み上げ、その箱の向こうから美鈴が顔を出す。


『配置転換? 花雪商隊(ウチ)って、タクラマカンにも行商してる隊があったんですか?』

「知らなかったの? 高級品を運ぶ隊はほとんど此処に一本化されちゃったもの」


 言いながら自分達も馬車に登る。二人の身長の半分ほどの箱を二人で抱え、


『たし、かに……っ! この隊で行商したら……他には、行けないっ……ですよ————っ!』


 馬車の一番奥へと押し込む。


『ふう~~~っ! 強いし、環境も良いし、ちょっと厳しい以外は最高っ!』


 荷馬車の上からだと、この隊が如何に大所帯となったか判る。


「これだけ大きいと、良い目眩ましでしょうね……裏でコッソリ行商してる人達もいるのかしら────? もう少し横ね」


 遊珊の言い方は方便だ。真夜中の旅団も花雪商隊を目眩ましに小規模行商を行っており『他にも同じ事を考えている者達がいるのか?』という意味だ。
 どんな時にするかと言えば、輸送量に比べ護衛希望者が多く〝護衛の相場〟が下げられた時である────この間も丁度そんな時に、同じ結盟の女盗賊に発見されたものだ。


『え~っ! そんな勇気のある人なんて、いないですよ~~~! いくら目立たなくても、小さな隊じゃ、盗賊に見つかったら終わり、ですもん────……はあ、良いですか?』

「ええ、良いわ————」


 馬車から降りつつ、遊珊は頬に指をあてる。


「でも傘下の商人さん達って、けっこう上納金を納めてるそうよ。二割か三割だったかしら……

よ?」


 花雪象印商隊に共に付いて行く────個々で行商するには心細い〝相乗り〟と呼ばれる商人達だが、一緒に行くだけで利益の二十パーセント以上を花雪に上納しなければならない。単独で行商した場合は牙郎に二、三パーセントを払うだけで良い。十倍など馬鹿げている


『そりゃあ取りますよ。ウチも一応、牙行ですから————よっ……と!』


 美鈴はそう言いながら、馬車から飛び降りる。


『花雪牙行は〝高いけど質が良い〟〝確実だ〟って、評判ですから。護衛も沢山付いてて安全ですし』

「護衛はともかくとして、保証に違いなんてあるの?」


 牙郎を通すメリットとは、運んだ商品を確実に購入してくれるという保証だ。牙郎の時点で確実なのだから、それ以上なにが必要なのだろうか。


『一緒に行商すれば、

っていうプレミアが付くんです! それに運んでる間に値崩れしちゃったら、花雪さんが買い取ってくれるそうですよ。損失のない額で』


 行商で運んだ品は仕入れ値の数倍から十数倍に跳ね上がるのが常だが、反対に運んでいる間に値崩れし、元値を下回る場合もある。この値崩れについては牙郎もどうしようも無い。借金をこさえて物資を調達する行商人にとって、それは再起不能になりかねない失敗。そんな場合、花雪が元値に少し色を付けて買い取り破産の憂き目から救ってやるのだ。


「値崩れ品なんか買ったら、ウチも大損じゃない。あの御令嬢さんが慈善するタイプには見えないけれど……」


〝買取保証〟に加えて〝値崩れ保険〟の提供────それならば二十パーセント以上の上納金も納得だが、相乗りさせる以上、花雪隊は彼らの〝安全保障〟も提供せねばならない。つまり、相乗り商人は護衛を調達する必要が無く、それらを調達するのは花雪隊となる。そうなると今度は、花雪にメリットがあるとは思えない。


『花雪隊長は色んな所に〝邸店〟を持ってますから。一旦は倉庫に保管して、値が回復したら売れば良いんです。回復しない時は、また何処かに運ぶんじゃないですか?』

「そう……ナマモノじゃないから、保管が効くものね」


 政府の行う〝市易法〟は穀物など生活必需品が対象であり、高級品は範疇では無い。花雪はそこに目を付け、政府と同様のやり方で利益を上げている。


『ですです……────行商とはっ! 盗賊にやられちゃう以外にも、失敗はよくあるのですっ!』


 美鈴は積み込みを終えた馬車の前で〝ジャーン〟というポーズを取る。


「食糧の積み込みは終わりね。次は水と矢よ」

『はい、先輩!』




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「客商の彼らは、借金をこさえて積荷を調達しております。皆様も、心当たりはございますでしょう────?」


 貴族達が頷く。


『勿論だとも。我々貴族の元にも、よく行商人達が金の無心に来おる』

『ええ。金を借りる時の行商人ときたら、それはもう必死の形相で……』


 花雪は腕を広げ、呆れたように首を振る。


「彼らは成功し、大儲けしたとしても、儲けた金に借金を加え、また次の行商へ出発する……」


 再び貴族達が頷く。


『うむ。一度儲けたなら、それで終わりにすれば良いのに』

『成功する限り元手が数倍になっていくんだ。全賭けせずにはおれんだろうよ』


 賭けでオールインを繰り返すような、呆れた倍プッシュ。失敗すれば破滅が待っているのに。


「彼等はいつでも、一度でも、失敗すれば終わり————……」


 花雪はその情景に想いを馳せ、恍惚の表情を浮かべる。花雪もその〝スリル〟に取り憑かれた一人だから。


「行商には〝破滅の落とし穴〟が、そこかしこに潜んでおります故……」

『ほう、例えばどんな?』


 花雪は大袈裟に悲しむ表情で顔を振る。


「到着すると、運んでいた物が値崩れを起こしていたり————」


 貴族達が頷く。


『判ります。〝あそこで高く売れる〟と聞けば皆が一斉に運び、この辺りはすぐ値崩れを起こしますからな』

『ああ。貴重品がガラクタに変わるなど、よく聞く話だ』

『運ばない方が利益が出た、なんて事もあったぞ。皆があちらへ運んで行くから、こちらが足りなくなるんだ』


 貴族は行商人のスポンサーだけあり、一般より行商の知識が豊富だ────と言うより〝自分も一枚噛んで失敗した〟という投資家も多いのだろう。
 花雪は両手の人差し指をクロスする。


「共に行商していた者と、報酬で仲違いを起こしたり……」

『それも聞く話だ。特に護衛が〝もっと寄越せ〟とタカってくるんだ。大した事もしていないと言うのに……』

『〝護衛のタカりは恒例行事〟と言うぞ。だから始めは安く雇うんだ。後でタカられても良いように』


 花雪は掌を上に向け、下へと翻す。


「いざ売る時も〝不良品だ〟と難癖を付け、二束三文に値切ろうとする〝落とし業者〟もございます……」


 貴族の一人がせり出してくる。


『落とし業者はエグいぞォ~~~? 目利きをする振りをして、商品に傷を付けたりするんだ』

『大声で〝贋作〟と、のたうち回る者もおるらしいな。汚らわしいものよ』

『そういうのは浮浪者に金を掴ませてやらせるんだ。ひっ捕らえても黒幕が判らん』


 二十一世紀にも、サクラと落とし業者が一体となった〝風評被害対策業者〟という名のステマ業者が蔓延している。彼らが政府と大の仲良しであることが、日本に〝ステマ防止法〟が制定されない理由だ。
 花雪は今度は、両の掌を突き出す。


「卸先の坐賈に〝買い取りは出来ぬ〟と突っ跳ねられたり……————そういう坐賈は前日、博打で擦ったか、入れ込んでいる遊女に貢いでしまったのでしょう」

『はっはっは!』

『耳が痛いな……』

『まあ、彼等も人間ですから……多少はね?』


 遊女に会社の金すら貢いでしまうのは現代と変わらない。国を差し出した皇帝さえいたのだから。


(そして────

に全てを奪われたり)


 これらは花雪自身も体験したことのある出来事だが、最後の事例だけは一度も無い────けれど、それは口にしない。
 数年前まで国を揺るがす盗賊団が暴れ回っていたのだ。苦い記憶のある者もいるハズだ。口にしない代わりにぬるい茶を含む。


「……これらアクシデントで、客商はいとも簡単に破産いたします。まさに天国と地獄。さぞ不安で堪らぬでしょうな」

『行商が博打と呼ばれる所以じゃな』

『ああ。行商人は頭がイカれている』


 花雪の口調が真面目なものへと変わる。


「これらは大抵が事前に予期出来ませぬ。見舞われた場合、己の手練手管を駆使し、乗り越えられるかが行商人としての器————ではありますが」

『では、あるが?』

「己が破滅の岐路に立たされた時……

が提示されたとしたら?」
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登場人物紹介

呂晶(ルージン):20歳♀ 補正:力型極化 スキルマスタリー:内功心法=黒殺槍法>炎系気功


成都のアクセサリー店『呂礼屋』を家出。盗賊として非道を尽くす中、結盟『真夜中の旅団』へ幹部待遇で加入。外功の扱えない特異体質ながら爆裂加速した斬撃により気功家屈指の近距離戦闘能力を持つ。

重度の阿片中毒でバイセクシャル、己の哲学『真理』を己の命よりも優先する。


容姿偏差値:65(ガンメイク:70) 戦闘偏差値:85

ヘレン=アップレケ―ンタ:16歳♀ 補正:知型極化 スキルマスタリー:ウィザード>クレリック=バルド


赤子の折、北欧フィンランドの孤児院に捨て子として預けられる。生まれながらにゼロ点量子エネルギー『大気の乙女』を操るがそれにより幼少期に友人を殺害する。

以後は魔法による狩りで村に奉仕しながら罪を償い、15歳で成人した後は『大道貴族芸人』としてローマ帝国へ単身上京する。7歳でヘラジカを仕留めたことが自慢。


容姿偏差値:90 戦闘偏差値:90(杖喪失:50 リミッター解除:???)

花雪(ファーシュエ)18歳♀ 補正:完全バランス スキルマスタリー:寒月直伝飛天剣法舞踏派=炎系気功=雷系気功=氷系気功


国務執行機関、戸部右曹の侍郎を務める魏征の一人娘で貴族。楊貴妃の再来と言われる美貌と帝王学により『傾国のカリスマ』の異名を持つ細巨乳。複合企業・花雪牙行の会長であり、数百名の精鋭気功家で構成される『花雪象印商隊』の隊長を務める。同副長のユエとはライバル貴族家でありがなら幼馴染。自分の身体を他人に洗わせるのが趣味の変態。


容姿偏差値:85(舞90) 戦闘偏差値:55

寒月(ハンユエ)18歳♀ 補正:知型極化 スキルマスタリー:飛天剣法=雷系気功>炎系気功>氷系気功


戸部左曹侍郎、邦県令の一人娘で貴族。文林三絶、武林三絶『文武両道』の異名を持つケツデカロリ眼鏡っ子で、花雪象印商隊では護衛隊長を務める。インテリ気功家の代名詞『雷功』をこよなく愛し、中華最強の雷功使い『雷帝』に最も近い人物と評されている。趣味は読書、コミュ障と言えるほど大人しい性格と大きな尻にコンプレックスを持つ。花雪とは幼馴染であり彼女と眼鏡を馬鹿にされるととても怒る。


容姿偏差値:75(尻90) 戦闘偏差値:87

ヴァリキエ=ユスティニアヌス:28歳♂♀ 補正:力型極化 スキルマスタリー:ウォーリアー=クレリック


容姿偏差値:80 戦闘偏差値:95

魏圏(ウェイ=クァン):28歳♂ 補正:知型 スキルマスタリー:黒殺槍法=炎功>雷功>氷功


容姿偏差値:65 戦闘偏差値83

炎暗剣(イエン=アンジャン):21歳♂ 補正:知型寄バランス スキルマスタリー:飛天剣法青林派=氷功>炎功=雷功


容姿偏差値:70(眼帯:60) 戦闘偏差値:81

ルリア:???歳♀ 補正:知型極化 スキルマスタリー:ウィザード=バルド


容姿偏差値:76 戦闘偏差値:85(リミッター解除:???)

ルシラ:33歳♀ 補正:知型寄バランス スキルマスタリー:バルド>チェイサー=メイド


容姿偏差値:74 戦闘偏差値:60

遊珊(ユーシャン):20歳♀ 補正:知型寄バランス スキルマスタリー:破天神弓>炎系気功=雷系気功>氷系気功


容姿偏差値:78(花魁90) 戦闘偏差値:68

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