†いっちょ黄河に橋でも掛けようか†
文字数 2,910文字
NHKは公共放送局がヤクザ化したのでは無い────
ヤクザが権力を持った姿がNHKだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
二人の目下の目標は『黄河に橋を掛ける』こと————
蘭州から長安渭水までは黄河は中流に区分され、朝廷は黄河中流に橋を掛けることが出来ない。正確には数百年前に橋が掛かった記録はあるが、洪水で流された。
「のう。気孔で砂鉄を溶かせば安上がりではないか?」
花雪の質問に、ユエは〝ジトリ〟とした目で返す。
「花雪……鉄に必要なのは炎じゃなくて、風」
黄河は氾濫によって度々形を変え、橋を掛けるにはそれを安定させる『治水工事』が必要なのだが、河をどのような形に治めるか結論が出ていない————というのが、橋を
掛けない
理由である。「それに、彼らはそういう仕事はやりたがらない。私も嫌」
いわゆる、お役所お得意の『棚上げ状態』であり〝朝廷が手を拱いている隙に民間で架けてしまおう〟という寸法だ。
「えー、良いアイデアと思ったのじゃが……」
この地は木々が地盤を安定させ、橋を掛けるに適したポイントである。そして橋は『鋼鉄製』でなければ流される。
鉄を作るには風が必要であり、風を作るには『水車』が有効だ。
「そんな事を考えなくても、
炉
は大きな利益を上げる」「当然じゃ。〝あの黄河に橋を掛けた〟という実績が付随するのじゃからな」
蘭州に水車と石炭を使った、最新鋭の『溶鉱炉』を建設する————渡し業と宿泊施設で細々と生計を立て、特産品と言えば麦しか無い鬼怒川の如き蘭州。それを橋建設に合わせて『鉄の名産地』に変えてしまう計画。
「〝雄大な自然を壊してはならない〟と言う、地元民の反発も抑えないと」
「問題無い。雄大な自然ならば、ちょっとくらい不自然にした方が良い」
「そのよく判らない感性が一番、反発を生むの」
蘭州の鉄は大ヒットする、させてみせる。橋が掛がれば渡し業は廃業だが、橋の通行料に『鉄』という新産業————蘭州は生まれ変わる。
煩わしい商談を続けていたのも、この地の
「砂鉄も人件費も激安じゃ。ここらの行を買収した暁には、あのムサ苦しい棟梁を炉の番に回し、ヒィヒィ言わせてやるのじゃ……」
橋が掛かれば皆が気軽に往来するようになり物流は更に加速する。もしかすれば、戦争も。
「むしろ、喜びでヒィヒィするかもしれない。今の時代、鉄を欲しがっている国は沢山ある」
橋でも『安全神話』を作ったとなれば名声は更に高まり、人々は花雪を英雄と称える。敦煌でもそうだったように。
その花雪はお遊戯でもするように、上下左右を指差す。
「西は西夏、東は宋、南は吐藩、川を流せば北の遼にも運べよう……ついに〝アレ〟をやる時が来たのじゃ」
「ちょっと……
武器商人
までやるつもり?」訝しげなユエに、花雪は堂々と返す。
「鉄と言ったら武器じゃろう」
「建材のつもりで言った。武器商人と言うと……なんだか痛い子に聞こえる」
「では、建材
も
売れば良かろう————今、武器商人を愚弄したか?」軍の通り道である蘭州がまだ満たしていない軍需産業、鉄————
それを制する者は、サブカル系厨二女子が憧れる職業になれる。
二十一世紀においては、トップクラスに交易されている品は『麻薬』である。その取引高は年間五十兆円であり、その全てが裏ルートで取引されている。更に麻薬を凌ぐ最強の取引品こそが『武器』である。これも大半が裏ルートで取引されており、つまりは世界とは裏で取引される物が経済の大半を占めており、だからマフィアは貴族以上の権力を持っているのだ。真面目に働く者とは奴隷である。
「確かに、好景気とはいずれ終わるもの。平和で無くなった時のことも考慮しておくべき」
黄河を眺めるユエに、花雪は〝ジトリ〟とした顔で言う。
「のう。今〝痛い子〟と言ったか?」
ユエは茶を一口啜り、返答する。
「大丈夫。花雪は元々痛い子だから」
「開き直りおったな」
花雪はハタと気付いたように言う。
「のうのう、橋のデザインを考えようぞ! やはりヘレニズム調か?
先進性を持つ者は、踏み出す一歩一歩が最速のフットワークだ。何故なら、いつも誰も歩んだことの無い道を征くのだから。
「ダメ、西方建築はコストが三倍……絶対ダメ」
そんな花雪達は〝メリットは後から付いて来る、付いて来ないなら自分達で作れば良い〟と考える。
「
あの馬車
だって、乗るのが恥ずかしい……馬鹿げてる」「お前はセンスがオヤジじゃものな」
「土地柄に合った建築というものがある。古風と言って」
「橋の次は道路に関所、見張り砦の整備じゃろう?」
今まで国にしか出来なかった事。それはもう国にしか出来ない事では無いのだ。それどころか、
「いっそ、この田舎を買い取り————
野望
の足掛かりにするか?」『国を買う』————よく『金持ちの最終形態』として語られるこの行為は、意外にも簡単な方法で達成される。
まず、地域有力な
勝手に
配置する。規模は〝そこを制圧するには、そこで徴収できる税金以上の金が掛かりそうだ〟と思わせられる程度が好ましい。ユダヤに侵略されたパレスチナの如く、蘭州を国から
強引に解放する
。つまりは『自分以外には税金を納めない地域』とすれば良いのだ。花雪は経済学者でも無ければ商売人でも無く、武侠を従えるマフィアである。成長を続ければ『国を買う』ことは野望の一つとなる。
貴族も、戦国武将も、どこぞの王も、朝廷も、ローマ帝国も、江戸幕府も、NHKも、JASRACも、マスメディアも、出版社も、警察も、軍隊も、政府も、アメリカ合衆国も、貨幣制度も、指定暴力団も————
あらゆる権力機構は須らく、大きくなったヤクザである。
「良い考え。そろそろ出来た後も考えておかないと。まだ建ててないけど」
「あっはっは! お前の言う通り、まずは目下の行商じゃな!」
蘭州から少し行くと『虎穴山』という鬼門がある。
「護衛の統率、ぬかりなく頼むぞ……そろそろ
出る
頃じゃ」「了解、親分————」
行商隊にとって最警戒地点。その警戒地点を前にユエは涼しい声を返す。
「花雪の願いは、私が叶えてあげるから」
「期待しておるぞ。我が第一の子分よ」
夕日に照らされた縁側に、二人が器を鳴らす音が響く。
それから数瞬した後、ユエは〝ジトリ〟とした顔で言う。
「子分になった覚えは……無いけど」
「今、親分と言ったじゃろう?」
「皮肉で言っただけ。いつも偉そうにしてるから」
「親分て言ったら子分なんじゃもーん!」
そう言いながら、花雪は逃げるように屋内へ戻る。
大樹をそのまま切り出した大きな
白く長い脚を折り曲げ、重い胸を机に乗せ、女座りで仕事を始める。
「はあ……」
呆れたように部屋へ入るユエに、花雪は明るい声で言う。
「そうそう! インフラと言えば、
象に日除けを付けるか迷っておるのじゃが
————」