†インスタ映え† マスメディア能力
文字数 2,663文字
欲望は、満たされないのが自然である。
────アリストテレス
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そう問い掛けながら、呂晶は自分で答えに至る。
「ああ、判った……そりゃ〝アルトリウス〟だ。ラテン語でアルトリウス。西方の氏族だ」
ウェイはその答えを訂正する。
「いいや、俺の親父だ」
〝アーサー王伝説〟とはブリテンの冒険譚である。男ならこの手の話は誰でも知っているが、女の呂晶は疎い。
そして、呂晶のような兼并の下がようやく、ウェイのような〝平民〟人口の99%を占める平民は兼并に借金して農業や商売を営み、その借金を返しつつ税金を納めることで一生を終える。千年後のアナタと同じように。
そのアナタと同じ奴隷階級のウェイを、中上流階級の呂晶が諭す。
「〝武官になりたい〟なんて言ったら、親父が泣くぞ……ま、武侠になった時点で泣いてるだろうけど」
「ヤク中の不良娘がよく言うぜ」
武侠とはヤクザ。奴隷より地位は高いが、世間的な評価は奴隷より低い。奴隷階級からそれに移ったウェイは判るにしても、中上流階級からそれに移るなど頭がイカれている。
そのイカれ娘は誇らしげに、親指で自分を指す。
「アタシの親は泣いたりしない。なんたってアタシの親だ、涙腺が鍛えられてんだよ」
「ああ、そうかい」
ウェイは呆れて首を振り、話を変える。
「でもま、こうやって商人で稼げるだけ良いよな。お前も言ってたろ? 〝欲しい物がいつも手に入るとは限らない〟」
「哲学者ジャガーね。欲しい物は転がる石、掴もうとすれば痛みを伴う」
ウェイはからかうように指差す。
「uh~~~っ! てっつがくぅ~~~っ!」
「で、金じゃないなら何だ────?」
呂晶はそれとなく、真剣に尋ねる。ウェイの解答から自分が探している〝何か〟を模索する為だ。
「武官なんてお前に似合わないし、そもそも成れるとも思えない」
「そう言うな。お前達をまとめてるのも、俺なりのキャリアってやつだ」
ウェイや呂晶のような〝
悪代官を成敗したり、商隊護衛を引き受ける善いヤクザもいれば、盗賊行為を働く呂晶のような悪いヤクザもいる。〝気功家〟はその武侠の一角で、しかもかなりマイナーな部類。
〝武〟もとい〝暴力〟に生きる者は〝武術門家の師範〟といった例外を除けば、この〝軍人〟か〝武侠〟が大きな稼ぎ口となる。武侠から軍人に転向する者も多く、その際は強さの他、入隊前に何を成して来たかの〝キャリア〟が問われる。それは一流企業などが求めるそれとは大きく基準が異なるが。
「
気功家が武官になった例なんて無いんだぞ
。詩でも書いてた方が可能性あるんじゃねーの」ウェイが統率する〝真夜中の旅団〟は、気功家だけが集まった気功家結盟。
ウェイが結盟を立ち上げたのもこういった流れに便乗するためであり、ウェイにもウェイなりの人生設計があるのだ────それがひどく楽天的でも。
「はは……詩なんて、それこそ似合わねーさ。下ネタなら自信あるがな」
士大夫になる為の必須スキルが、詩を書く才能————つまりは民衆の同情を引いて扇動する〝マスメディア能力〟
宋では
「嘘つけ。いつもド寒いポエムを聞かされる、こっちの身にもなりやがれ」
「なんだと……? そりゃ俺の台詞だ。本能だの真理だの、お前の話はくど過ぎて
ふりかけ
が欲しいや」「……っ!」
二人は同時に舌打ちすると、低いトーンで会話を続ける。
「お前さ、三日前のこともう忘れたのか? 何だあのマイナス一兆二千万度の童貞ポエムは。マジ絶対烈凍波、凍土と氷河が荒れ狂う」
呂晶のリズミカルな
「蛤ァ、一兆だってよ。マジゲロヤバチョースゲェ、俺最強じゃん。呂晶ちゃんは何でも大袈裟に言っちゃう思春期らしい」
呂晶は目を細め、ウェイを睨む。
「おい、ヘルポエマー。お前は詩を舐めている。役人に成れなくても少しは勉強をしろ。アタシが凍死するだけならまだしも、この世界まで凍り付いたら、凍ってない物が無くなっちまうだろ」
「思春期を迎えたお前に生理について教えてやる。今のお前だ。症状はスゲー面倒な女になる————おっと、それだと生理じゃない日が無くなっちまうか」
〝何か〟を模索する為の会話なのに、これでは埒が明かない。
「ちっ……」
呂晶は溜息を付き、話を元に戻す。
「アタシら気功家が、貴族階級からどう思われてるか────お前だって知ってるだろ」
「そんなにヤバイのか?」
呂晶は笑い話のように語る。
「ヤバイなんてもんじゃない! 〝全員始末した方が良い〟って思われてる」
世界に点在する〝歪み〟を利用する怪しげな彼らは、その身軽なフットワークを駆使し、世界を股にかける客商、もしくは行商と呼ばれる職業に就きやすい。独自の観念や文化を形成し、仕える国を持たないマフィア、おまけに怪しげな超能力まで持っている————〝危険分子〟と見なされて当然だ。
利用しようと考える者もいないでもないが、上手く行っているのはハッキリ言って、この商隊くらいのものだ。
「評判が悪いのは、主に……お前の
「ああ、よく言われる。だが冗談じゃない」
そんな気功家が武官に成れるものか────何かの手違いで成れても、トラブルの末に追い出されるのが目に見えている。
ウェイの目標とは、呂晶の言う通り実現不可能。追い掛けるだけ馬鹿な〝夢〟
「それでも俺は、
武侠として
世を治めたい」「世を治めるゥ~~~? お前が治めるくらいなら、政治家が垂れてる
クソ
の方がまだマシだ」呂晶の言葉に、ウェイはニヤリと笑う。