†ボッチメンヘラ† 偉大教師剣心
文字数 2,822文字
────アタシは自分の仲間に、ちょいちょい不満を持っている。むしろ不満しか持ってない。
まあ人間関係、全てに満足するのも稀だ。夫婦でさえ妥協して暮らしているのだから。気に入らなければ変えれば良い、面倒なら我慢すれば良い。今はそれよりも、
「戦いてぇー……」
試合とか、そういうのじゃダメなんだ。〝何か〟の為に命を懸けたい。何故ならアタシの場合、命を懸けようとしていたそれが
無くなってしまった
から。『国内トップの大学に入りたい』
『あの大学のあの学部以外に興味は無い』
『あの大学のあの学部は自分の運命だ』
そう思って勉強してきた奴が、いざ受験に赴いたら、学校が跡形も無く吹っ飛んでたような感じだ。だから私はもう一度、その〝何か〟を見付けなければならない。一応、盗賊なので〝商人を襲う〟が、とりあえず〝一番近い大学〟な気がする。
その〝商人を襲う〟にも条件がある。何でもかんでも襲ってたら〝何か〟を見つけるどころの騒ぎじゃない、死んじまうんだ。多少はこっちより多くて構わない。て言うか大体向こうの方が多い。私の場合、四人くらいの隊商だったら一人で殺れる。スゴイだろ? アタシはこんなに可愛い上に、しかも強いんだ。例の名門大学にも入学前から、先輩達に〝期待のルーキー〟〝飛び級で入っちまえよ〟なんて持て囃されてたくらいだ。
で、何でそんなに強いかと言えば————まあ、さんざん使い古した手ではあるが〝偉大教師剣心(他の奴がなんて呼んでるかは知らない)〟という得意技があるからだ。やり方は〝敵に姿を見せて後退し、追ってきた足の速い者から斬り殺す〟それだけ。
一人で仕事することが多かった私は、護衛付きの隊商に手を拱いていた折、ある戯画をキッカケにこれを閃いた。こういうのを閃いちまうのが優秀の所以なのだが、気付いたら結構有名になってた。私の戦果を聞いて真似したのだろう。アイツらは馬鹿だから自分で思い付くハズがない。そんなんで、ちょっと前の盗賊界隈ではけっこう流行った戦法だ。
でもその内、商人側にも対策してくる連中が現れた。
追って来ない
のだ────以前に偉大教師を仕掛けた際、商人が護衛に言った『追ってはダメだ』という声を聞いて以来、私はあからさまに仕掛けないようにしている。それでも同業で続けてる馬鹿はいるだろう。そうなると益々対策も広まってるハズだ……クソッ! 絶対広まってるよな。例の〝天下巡遊〟なんかに仕掛けたら素通りされた挙げ句、指を差して笑われるほど型落ちしてるだろう。
「ま、相手がそう来るなら〝腰抜け〟って罵声と共に
コイツ
をブチ込んで……仲間を殺されて怒った所に仕掛けるぅ────っと」そんな戦法まで準備してるけど。
「ま、
リスク高いから
やんないけど」現実は戯画じゃない、下手したら死ぬんだ。対策されてるだろう戦法を改良するより、未だ見ぬ戦法を考える方が効果的だ。
「大体、何人か殺しただけじゃ意味ねェんだよ……」
積荷を奪い、追手や新手から逃げ切り、盗品とバレないように売り捌く。それが盗賊のゴール。速やかに売っ払わないと足が付く。そうなると人手もいる。相手が百人いたらその半分は欲しい。
積荷を奪うのは面倒だけど、それも無ければ只の〝快楽殺人者〟だ。殺すだけならさっきのジジイでも殺れば良い。殺しは手段であり、命を懸けるのはあくまで〝
困ったら気は進まないが親にたかれば済む話だ。
「まあだから、金も要らないワケじゃ無いんだけど……」
何人か殺しただけでは意味が無い────けれど私は、そのパターンが
非常に多い
。襲撃が成功し、いざ積荷を奪おうとすると『別にいいや』と思ってしまう。パンピーの賊共はそこまで成功するのに命懸けてるのに、私はそれを成した途端『別にいいや』と思ってしまう。そりゃあ、宝石とか積んでりゃ別だけど。荷を積み直したり、運んだり、売り捌く手間とかまで考えると『別にいいや』と思ってしまう。ポケットに入る程度を盗んで、哀れな死体におさらば────それが非常に多い。金を目的として〝
「じゃあ何なら良いんだよ、クソッ……」
それはこの数年間、喉の
ここ
の辺りまで出掛かってるのに────いや、違う。昔はもっとクッキリ視えていて、時間が経つに連れ遠くなっている気がする。砂漠の蜃気楼のように、どんどん形も判らなくなってきている気がする。
それでも『何かしなければ』という想いだけは、心にずっと燻っている。
「……待てよ?」
護衛の連中だって似たようなもんだ。せっかく修練した武功を試したいと思ってる。だから護衛なんかやってんだ。
「少数編成って、見付かないようにしてるケチな連中だと思ってたけど……むしろ、逆?」
自分を餌に賊をおびき寄せ、殺しをしたい。そういう連中だったのか、アタシが殺してたのは? だから危険な此処を少人数で通っていた────以前は、だが。
「自分から手を出せば悪者になっちまうが、襲われたなら殺しても合法……賊を殺せば世界のヒーローが気取れちまう、と」
テメーで気付いてたのかは知らないが、多分に偽善者らしいやり方だ。おかげで見過ごしていた〝新しい
発想回路
〟が敷けたけど。(少数編成は腕に自信がある偽善者。襲ったアタシが一人だから、喜んで追っ掛けて来た……)
その新しい回路も〝私が正しかった〟という補足にしかなっていない。
「阿片のついで、久々に偉大教師やってみるか……〝対策されてる〟ってのもアタシの読みだし、商人共も基本馬鹿だし」
理想の相手を考えるように、理想の〝何か〟へ想いを馳せる。
「なら護衛の数は四、積荷は宝石がベストゥ……布とか銅銭ってかさばるしィ~っ」
考えているのはどうしようも無く、悪いことだが。
「って、それってさ……」
よくよく考えてみたが結局、今までしてきた事と同じじゃないか。それに、
「今の御時世、そんなカモみてーな隊商いねェし……」
隊商が多かった以前だって上手くいかないことや、不満も多かった。『未来は今よりもっと楽しくて、続けていれば〝何か〟が見つかる』そう想い続けてきたが結局、一番盛り上がっていたのはあの頃だった。
「つまんねぇのぉー……」
この頃、同じことばかりグルグル考えている。理想を想う度に現実を知る。考える事ばかり高度になり、現実の自分は落ちぶれていく。まるで年寄りだ。
「……さすがに眠くなってきた」
もう少し粘ったら〝温泉〟を沸かし、昼寝したらアジトに帰る────帰っても一人だけど。
「……ん?」
もう習慣になってしまった〝ゴロ寝張り込み〟その重い身体を肘で持ち上げる。
「んん?」
両手を突っ張り、重い身体を起こす。
「んんんんっ!?」
四つん這いで歩を進め、崖の縁から身を乗り出す。
「……────いた」
死んだ魚のような瞳に、光が宿る。