†花雪の悩み⑥† 仁義
文字数 2,920文字
意外と理解が早くて助かる。アナタも頑張ればコレが出来るようになる。
妾にはいらぬよ。子分が出来るならばそれで構わぬ────今〝意外〟と言ったか?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
白刃取りが開かれ、密書の代わりに炎と煙が迸る。
『あっ────……』
秘書が慌てて剣を持ち直すと、密書は灰へと変わり、炎を纏いながらボロボロと地面へ崩れ落ちた。〝ブヒン〟という馬の鳴き声がした。
『「 …… 」』
数瞬呆けた後、ユエは静かに威圧する。
「書類の紛失は、責任問題だけど……?」
『も、申し訳……』
その謝罪を遮り、花雪が手を広げる。
「何を言うておる? 今のは
妾が仕込んだ炎孔
で燃えたのじゃ」ユエは〝ジトリ〟と視線を上げる。
「花雪は、炎孔が使えない」
「失礼な……
上手く扱えぬ
だけじゃ。上手く扱えぬ故、剣をうっかり
落とした拍子、うっかり
炎孔も込めてしまったのじゃ」「投擲武器による気功の遅延発露は破天心弓の技術で、飛天剣法には────」
「そんな早口で言っても判らぬも~~~ん! 〝
秘書は馬を立ち乗りして剣を返しつつ、引きつった笑みで言う。
『え、ええ……花雪様。いつの間にか〝火毒〟を体得されていたとは、驚きました……』
【炎功】炎刃系列 第三陣 火毒陣
相手に炎孔を流し、人体発火させる。
通常の炎刃が〝炎を灯して維持する平行線〟に対し、火毒は〝指数関数的な熱上昇〟という性質を持つ────つまり、しばらくして発火する。
「いやいや、只の偶然じゃよォ~~~? 〝もう一度やれ〟と言われても、果たして出来るかのォ~~~? 今の感覚を覚えておけば良かったのォ~~~!」
象上から身を乗り出し、花雪は優雅に剣を受け取る。その動きは心なしか弾んでいる。
秘書はボディーガードとしての注意を行う。
『しかし、無闇に剣を投げてはなりません。それは御方の御命を守る、最後の……』
鞘を捨てただけで何百年も失態を叫ばれる佐々木もいるのだ。武術に精通している者なら死んでも剣を放さない。花雪が腰に下げたそれが〝本物の飾り〟だとバレてしまう。
「良い。妾は護身術を学んでおる────剣が必要なのは、男だけではありませぬかァ~~~?」
剣をヒラ付かせ、花雪はその者を指し示す。
その嫌味を無視し、ユエは不機嫌な顔で問う。
「父親の件……て、何? 米門は仏教寺の出身だったハズ」
秘書がチラリと見上げると、花雪は顎を〝フイ〟と振る。
『……
「うん」
鏢局とは
『その叔父が先日、ちっぽけな犯罪で捕らえられまして……余罪が追求された所、どうやら一族にまつわる事件は、叔父勢力が財産目当てで行った策略であったようで……私の寺送りも遺産を相続させぬ狙いがあったようです。いつの間にか、叔父が父の養子という縁組までされていた始末でして……』
ユエは、話にそぐわぬ無表情で相槌する。
「なんてこと」
『母も一族も殺されておりましたが、父だけはかろうじて生き延びておりました。しかしその父も記憶が曖昧で……最初は私にさえ襲い掛かろうとする有様で────かなり過酷な生活を送っていたようです』
「そう」
秘書・米門は、預けられた慈恩寺で戦闘僧侶としての訓練を受ける中、気孔を授ける霊宮にスカウトされた
『お陰様で、私も一財を成すことが出来ました……ですので、父には余生を居養院で過ごさせてやれまいかと、花雪様に働き掛けて頂いていたのです』
〝居養院〟とは上級国民向けの老人ホームのこと。そういった施設を
ユエはやはり、ボンヤリと相槌する。
「立派だと思う」
『滅相もございません。寺出身故、施しの精神と言いますか……』
「そんな事情があるなら、私に話してくれても良かった。そうすれば私の————」
打って変わって、キッパリと口にする。
「────アナタへの評価が下がることは無かった」
悲しい事情があろうと、能力主義者は業務上過失をチャラにしない。
『アイヤ、それは……』
秘書の言い訳を遮るように、高貴な声が降ってくる。
「燃やしたのは妾と言うておろうが────其奴の父探しを取り計らったのも妾じゃ。居養院ごとき、ついでに手配するが筋であろう」
ユエは不貞腐れたように呟く。
「私……仲間外れ」
秘書は慌ててフォローする。
『ユエ様、そのようなつもりは毛頭……! 身内の恥部とは、男には話しにくいもので……特に————』
「特に?」
秘書が詰まらせた言葉を、花雪が呆れたように代弁する。
「お前は武で人を従えておる。武に依った主従関係とは弱味を見せ辛くするのじゃ」
「そんなつもりは……無いけど」
秘書・米門は、ユエに〝密かなライバル心〟を燃やしていると共に、騎士が主人に認められたいと思うような〝名誉〟を重んじている。だからユエに弱味も見せたがらない。『ユエ派閥では無い』と言い切るのも、ユエがそういった権威を嫌っているから。
それらを見事に突いた花雪は優雅に手を広げる。
「対して妾は、下々の心情を汲む心の広ォ~~~い貴族じゃ。愚民を助けるのは
「米門、アナタは花雪に
弱味を握られた
。〝お願い〟としおらしく言ったのも同情を誘う演技。五年見て来たけど初めて聞いた」伝統貴族の花雪は〝人心掌握教育〟を受けており、その術の卑しさを知るのはユエだけだ。
『はは……申し訳ありません。せっかくの書類を……』
「良い、次からは自分で管理する。アナタは信用出来ないから」
花雪が嫌味な声を挟む。
「そうそう。米門の五分の昇給も前々から考えておった事じゃ。
下手な勘繰り
をしてはならぬぞォ~~~?」ユエは涼しい声を返す。
「
証拠の隠蔽は自白と同義
────という裁判記録がある」花雪の笑みが冷たく変わる。
「本……っ当にしつこい陰キャじゃな……隠滅も何も、妾は何が書いてあったか知らぬしィ~~~?」
「こっちと同じことが書いてあった」
「ダメじゃもォ~ん! 護衛組合に提出する活動レポートじゃもォ~ん!」
「なら、以後は米門にメモを取らせて。それも秘書の仕事」
「却下じゃ。プライベートが狭まる。お前のイタズラにも利用されそうじゃ」
「私達は貴族。町娘のような事を言っていては成功を逃す」
「妾は記憶力がズバ抜けておるから————」
「だから言っている……そういうループが効率を落としている」
「では対案を示してやろうぞ。妾が忘れたことは、お前も忘れよ────これにてこの件は永久超絶閉廷じゃ」
「花雪が同じことばかり話す理由が判った。ワガママだから」
「閉廷と言うたら閉廷じゃもォ~ん!」
二人の女子が喧騒している様子をドギマギしながら見守る、右翼前列の上級護衛が口を開く。
『なんか、
俺が気まぐれで押したスタンプ
が、すごい事に発展してる……』