†零貳† リスカ
文字数 2,782文字
────ニーチェ
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
神武の身体に増大する熱量を〝サーモグラフィ〟で捉えた幼女は、
『んんん~~~っ!』
と、両手を伸び上げる。まるで〝抱っこ〟でもねだるように。
(なんだ、背伸び……
力一杯、目を
それは敵に生殺与奪を委ねる行為なのに。
『これ、これなの』
幼女は槍を受け取る────と言うより、倒れてきた槍を全身で支える。
『鋼鉄触るの、軽く久しぶりな、のぉぉぉ……!』
必死で槍の重さに逆らう様子に、笑みが溢れる。
「ふっ……」
武人の
幼女は槍を垂直に保ちつつ、神武の身体を見回す。
『……容れ物は?』
「容れ物? あっ、ああ……」
思い出したように、腰裏に括った革水筒に手をあてる。
『
幼女は全身で槍を押し返し、あっさり返品する。
神武の動きを真似するように、己の腰裏、人間で言う腎臓がある辺りに手を這わせ、
『『 ————ッ! 』』
〝みちっ〟という奇妙な音を響かせ、体内に侵入させていく。
「な……っ!?」
血液と菌糸のようなものが噴き出たように見えた。
腕の角度が浅くなっていく。どんどん深く侵入していく。
『ヒュー……』
呼吸に呼応し、気孔と同種の〝妖氣〟が立ち昇る。青白い尾が呼応して発光を始めた。
戦闘中に幾度か目にした再生能力────それをスイッチに
何か
を始めたのだ。(そうだった……!)
自身も武器として操る
(俺は、化物と戦っていた……!)
我に返っても、蛇に睨まれた蛙のように動けない理由は、白霊が術を使いながら見上げているから。
『「 …… 」』
たとえ恋人同士でも、こんなに長く見つめ合うだろうか。
真剣に見上げる眼差しが、注射を終えた幼女の顔のように緩む。
『はぁ……おっこい、しょ────なの』
『しゅぽん』という気の抜けた音と共に、妖気と発光が止む。
その手が掴む〝何か〟と幼女の下半身に血液が伝い落ちる。
『持って、なの』
差し出されたのは水晶のような物体。
神武は再び命令を聞く────右手に槍、左手に水晶。両手を封じられてしまった。
「……」
それは中が空洞で、口が開いた、いわゆる瓶のような────
『むぅぅぅ~~~……っ!』
幼女が突然、身を屈め出した。
「?」
『キシャァ────ッ!』
『でりゃぁぁぁいっ!』
選手宣誓でもするように左手を掲げ、槍の切っ先の下から上へ、思い切り滑らせた。
「あっ……!」
その顔は、〝その行為〟をするにはあまりに掛け離れていて、最初は何をしたのか判らなかった。
「何を────っ!」
その顔は、それが〝いけない事〟だと判っていない顔だった。
共に暮らし、長期間、親身に接し、自分が模範とならなければ、この幼女は悲惨な暴挙の末に死ぬ────そんな確定的で、耐えがたい焦燥を煽る顔。
「クソッ……!」
神武は槍を放り、倒れる幼女を受け止める。自分は
これ
をしようとしていたのに、まるで過ちでも犯してしまったように。血飛沫のシャワーが二人を打ち、槍が倒れる金属音が響くと、幼女は変わらぬ声を発する。
『うぬ、ワシの首、別に欲しくないの』
そう言って、切った手首を伸ばす。その方向は神武が持つ水晶。
神武の手に〝小便を掛けられたような温かさ〟が広がる。
「お前……血が……腕が……っ!」
目前で震える
出来の悪い蛇口だけに八割方は水晶に入らず、白い身体の細長いヘソに溜まり、溢れ、細い腰のくびれと股間から流れ落ち、それが神武にお漏らしでもしているような温かさを感じさせる。
(傷口など、飽きるほど見てきただろうに……ッ!)
神武の顔が一気に険しくなる。医療の無いこの時代、この傷は〝致命傷〟だ。
『ん~……』
けれど、その顔はやはり〝
親戚の葬式に連れて来られ、葬祭場の庭端にあった
常識的価値観
を全く共有していない顔。その顔が神武の心を不安で塗り潰していく。(飽きるほど、見てきた────?)
飽きるほど見てきたのに、あまり記憶が無い。
(いいや、俺は見ていなかった……こんな、こんな想いでは……只の一度も────)
その間にも幼女は神武の身体を見回し、
『あっ』
と、獅子威しの横で蛙でも見付けたような顔をする。
神武を押し退けて着地すると、身体に溜まった血液が一気に流れ落ちる。
紅白の斑模様の幼女は、脚と右手と口を開く。
『キシャァ~~~……』
ゆっくりとしたサイドステップで獲物に回り込み、
『それを寄越すの────ッ!』
噛み付くような〝右ジャブ〟を放つ。
括っていた紐を爪先で断ち切り、一瞬で神武の腰の革水筒を奪う────不器用なくせに、瞬発的な動きは驚くべき精度だ。
そして少し迷った後、左の腕関節に挟む。
『~~~♪』
右手と左関節でおにぎりでも握るように、
元気に
禍々しい妖氣を発する。「……」
初めてクッキーをこねるような顔を、神武は斬り付けようと考えない————もう考えたく無い。
作業を終えた幼女は、捕まえた蛙を覗くように手を開く。
『おお~……?』
中にはレモンを小さくしたような〝弾力ある塊〟が出来ていた。今度はそれを神武の持つ筒に押し当てる。
不器用だし、片手も使えない。瞬発力はあっても、継続的に力を込められない。それでも一生懸命していることが、筒を通して伝わってくる。
「……」
神武は筒の向きを合わせ、陰ながらその作業を手伝ってやる────なんと言うか、身体が自然にそうしていた。
幼女は塞いだ栓を〝ポン〟と叩き、自慢気な顔で見上げる。
『味見する?』
「そうやって、身体から作ったのか? 着物も、装飾も……」
『うん。腹から糸を紡ぐ』
「……」
半ば不可能と諦めていた、一瓶百貫文は下らぬと噂の【
何でも創り出すような源を────いいや、手に入れてはいない。
くれた
のだ。『なにせ、暇なの。織物、百年生』
(これがあれば、月英は……!)
月英を陵辱した後、面白半分に得体の知れない毒を含ませた苗族の暗殺者達。奴らが言い残した、月英を救う唯一の方法。
おそらく先程の『自分を守れ』とは、この見返りで————
『
効果は月が一回満ち欠けるまで
なの』数瞬呆けた後、神武は〝がばり〟と幼女に顔を向けた。