†䦉† 色目人
文字数 3,865文字
『いいや……あそこに元気な奴らもいる』
震える指が差し示した左翼前線────ローマ帝国親善大使チーム。
特例六人編成にして、南東唯一の健在班。騎士特有の力強い剣技と、見慣れない外功を振るい、彼らの周りには子供の死体が積み重なっている。
「例の、
西方から訪れた彼らには『胡人』『異人』『異邦人』
差別的かつ嫉妬的な意味で『
この墓地に眠る秦の始皇帝・
その心強い味方を、ウェイは警戒の表情で見つめる。
『上階に、馬鹿みたいにデカイ個体がいたが……アイツら、あっさり
イエンも男の助言を無視し、警戒した声を上げる。
「奴らは、どうして傷も負っていない……! 一体、俺達と何の差があると言うのだ!」
氣功家だって『孤高の死神』『闇の暗殺者』『戦えば禁軍にも勝つ』などと噂される、裏社会最強の
けれど、あの色目人達は、事あるごとにそのメンツを潰し、更には
少女
まで含めたメンバー構成が民族的劣等感の強い特定アジア人を刺激する。ユエは〝軍隊でも無ければ使うことは無いだろう〟と、頭の片隅に置いていた知識を掘り返す。
「
「訓練だと? そんなの俺だって、皆やっている!」
彼らのそれはバスケのゾーンプレス程度の単純なもの。されどフォーメーションとは
体育館の二階
からでもなければ判りにくい。それ以前『集団より自分が大事な集団』を何千年も続けてきた中華民族にとってそんな『異世界から来たチート能力者』達に対抗すべく『楊貴妃の現代転生』が優雅に髪を払って歩み出る。
「
「しょっ!?」
貴族らしい下目遣いで、旭日に飛翔するガビチョウのような声を賜る。
「
イエンは狂ったように反論する。
「あれは
「妾のは象牙職人が彫刻したやつじゃ。お前達のは、板とかに墨で書くタイプじゃろう」
「そーーーだ、よッ!!」
「私達は寄り集まっても足し算。彼らは掛け算。戦術って、そーゆーもの————」
ユエの補足の直後、前線から悲鳴のような声が上がる。
『お前ら、戻れェッ!
すぐに戻れ
ェーーーッ!』物々しい雰囲気に、ウェイ隊も戦場へ顔を向ける────
二班、十人ほどが甲殻型を一斉に抜け、本陣に奇襲突撃を敢行したようだ。
白霊を守る女型の子供達も反応し、蛇特有の高い鳴き声と共に、突撃者達を迎え撃つべく蛇行を開始する。
『『 ────ッ!! 』』
剣と槍、三叉槍がぶつかり合う音が響き、ラグビーのスクラムのような押し合いが始まる。
白兵戦では遠距離外功を放つ隙は無い。だが、あちらも毒の気功を放てなくなると考えたのだろう。
実際にその考えは正しく、力と力の勝負になった。けれど女型と言えど体格差はどうしようも無く、スクラムは人間チームが押し戻され、崩れていく。
『もう少しだ……全員、気張れ!』
その後ろから走り込んで来た者が、スクラムの背を踏み台に跳躍する。
『ウオオオオォォォッ!』
『『 ────ッ!! 』』
突き出した剣が、白霊の下腹部に突き刺さった。
西洋風ドレスの上からだが、かなりの手応えを感じた。だが相手の体積を考えれば針を刺したようなもの。このまま真下に力を込めて斬り裂こうとした時、白霊の身体が蠢く。
『ぐっ……!』
両足で体躯を蹴り、スクラムの所へ着地、転がって衝撃を逃す。
『後ろの連中、手伝ってくれ! 数が足りない!』
突撃者達から援軍要請が叫ばれる。
なのに、後ろの者達は助太刀する所か、彼らを見捨てるように一斉に後退していく。
『
アレ
だァァァーーーッ!』『アレが来るぞォォォーーーッ!』
それは〝後退〟と言うより、もはや狂乱による〝敵前逃亡〟まるで『傷付けてはならない絶対的強者を傷付けてしまった』かのように。
突撃者達は訳も判らず、逃げていく者達と敵の親玉────白霊を交互に見る。
『なんで……うずくまってる! 今が
討伐の好機
だ!』彼らには、目の前の女型が邪魔になって見えていないのだ。
上方、喧騒の中心────白霊が前傾姿勢で『何か』を押し潰している姿が。
「なんだ……奴は、何してる……!」
あの巨体が人間的な動きすると、それだけで得も言えぬ感情が湧き上がる。
イエンはその
構え
に違和感を感じる────それは蛇でも人間でも無い、脳波を自然現象へと変換する人で無し、「まるで……
黒く輝く歪み、それが押し潰された瞬間。
『『 ────ッ!! 』』
地面から真っ白な閃光が
「ぐあぁぁぁっ!」
太陽にするように反射的にかざした手、細めた目。
その隙間から垣間見た異形の景色。
「なんの光だ……っ!?」
突撃した最前線チームが、みるみる堅い物質で覆われ————いいや、光と融合するように〝無機質〟に変えられていく。
『『 ────……ッ! 』』
あんなにも眩しい閃光が、一瞬で消え去った。
瞳孔の生理現象が追い付かず、視界は夜の砂浜のようにノイズだらけになる。
「一体……何が起きたと言うのだ!?」
イエンが叫ぶと、男は身体を抱えて震え出す。
『クソッ……まただ……またあの光だ……っ!』
イエンは霞む右眼を最前線に凝らす。
「固まっ……た? もしかして……
アレ
は全部、人間なのか!?」攻めるのに大いに邪魔な像。打ち捨てられた失敗作と思っていた。
それは沢山、沢山ある────あの全てが我軍の人員なら、既にかなりの数がやられている。
ユエは眼鏡の位置を調節する。
「石……に、なったのね……?」
白霊の円周、数十メートル————静寂の世界だけが広がる。
「生き物を、石に変えるだと……?」
兵馬俑は石製ではなく粘土を焼いた陶器製だ。銅製や金銀装飾された物、本物の武器も納められてはいるが〝アレ〟の無機質さは『石化』という表現が最もしっくり来る。
けれど、それより疑問なのは、
「だが……あれでは奴の子も……?」
女型の子供達含め、白霊以外の全生物が石化している。
差し引きで言えば向こうの方が戦力を失っていそうだが、イエンが〝化物だけに損得勘定など無いのだろう────〟と思った時、
「
あれ
を見て」ユエの指し示す光景に、イエンは憎しみの表情に変わる。
「……なんてことだ……っ!」
白霊の子供達が次々と蠢き、硬化した皮から破り出る。
生まれたばかりのように動きは鈍いが、しばらくすれば回復する程度のダメージにしか見えない。
それらが蠢き、元の布陣へ戻っていく────対して氣功討伐隊は、残り少ない戦力を更に失った。
「女型達は、白霊が術を発動する時間稼ぎを────……?」
ユエがそう言い掛けると、顔色の悪い男が急に頭を抱える。
『仲間がアレにやられた……あの光をモロに受けて……!』
震えと共に、胸から血が滲んでいく。
『まだ……あそこで石になってんだ……! 誰でも良い、早くあの化物を殺してくれ……!』
石化した者が救助可能であるかは定かでは無い。
この男も動けば命に関わる。
何よりあんなものを見た後では、二の足を踏むものだが、
「加勢するぞ————ッ!!」
義に熱い男は即座に立ち上がる。
「ファーとユエは負傷者の救助だ! イエンは俺と来い! 全員、今の光には注意しろ! ……────あの馬鹿はどこ行った!?」
イエンは当然の質問を行う。
「注意って、一体どうしろと言うのだ!」
「知らん! 光ったら後ろにでも飛び退け!」
「飛び退け……と、言われてもな……」
「行くぞ────ッ!」
水溜まりを踏みしめ、不安を抱えたまま前線に向かう。
前に出るほど地面は岩場から砂地に変わり、そんな事より周囲の子供と対峙した途端、本命を見ている余裕など消える。〝光ったらマズイ〟と判っていても、急に避けられるだろうか。
その戦場を湿った岩上────
体育館の二階
ほどから俯瞰している者がいる。小賢しいマネ
してんじゃん……」高い所が大好きな、白黒の
二毛
を二つのお団子でまとめた『地雷系女』矛の一種である『
色合いも装飾も『偃月大刀』という概念を冒涜するかのような、おぞましい〝kawaii〟に満ちているが、切っ先の重量感は、女が扱うにしてはあまりに巨大で
「気
そのメンヘラが睨む先────
その心根を現すように真っ直ぐな金髪、夏の青空のように澄んだ色目。
役者のように中性的で美しい容姿、近寄りにくい雰囲気を纏う、ヴァリキエ=ユスティニアヌス。
ついこの間まで、第一回十字軍で
「ヘレン、進捗を報告しろ────」
そのヴァリキエの命令に、同じ金髪碧眼でも愛らしいツインテールの
少女
が答える。