†中世中華のお風呂事情②† スキンシップ
文字数 2,984文字
裸体で緊張する姿もソソりはする————だが、他人がするのは許せない。
(〝緊張〟無くして〝弛緩〟のカタルシスはあり得ない……反対に〝弛緩〟無くして〝緊張〟のフラストレーションはあり得ねぇんだぞ……!?)
緊張の『下準備』を作ったのは自分。なのにこの
アマ
は、あろう事か目の前でその功績を横取りした。美鈴は不気味な雰囲気から一転、人懐っこい笑顔を向ける。
『なんちゃって~~~っ!! すいません、先輩、怖がり方がすっごく可愛いんですもーんっ!』
そう言って、縋り付く遊珊を抱き締める。
「「 ————っ! 」」
呂晶は目を見開き、遊珊は安堵と共に非難の声を上げる。
「んもぅっ! 美鈴ちゃんのせいで、今夜はトイレに行けなくなっちゃったじゃない……!」
美鈴は遊珊の髪を撫で、明るい声を掛ける。
『先輩は怖がりさんですねぇ~。私が一緒に行ってあげますから、大丈夫ですよぉ~っ!』
「ホント……? 絶対よ……絶対、一緒に行ってくれないと嫌なのだから……!」
遊珊がそう言うと、髪を撫でていた美鈴の動きが止まる。
『……』
自分が縋り付いた、明るく優しい後輩が、急に『別人』に変わったような————得体の知れない不気味さを遊珊は感じる。
「あの、美鈴……ちゃん…………?」
その顔を覗くと、美鈴の優しい微笑みが目を見開いた虚ろなものに変わっていた。
どこを見ているか判らないような顔で、不気味に低い声を放つ。
『でもぉォぉ……!! トイレの穴からぁァぁ……!! 無数に手がぁァぁ……!!』
「いやぁ————っ!!」
遊珊が飛び退くように後ずさると、美鈴は虚ろな顔のまま迫る。
『天上からもぉォぉ……!! 壁を破ってぇェぇ……!! 這い出てくるぅゥぅ……!!』
「ちょっ、ちょっと! 美鈴ちゃんお願い、お願いだから……! これ以上は無理……無理なのよぉ……!」
『私はぁァぁ……力になれませぇェぇん……』
白目を剥きそうな顔で、力無く首を振る。
『何故ならぁァぁ……扉の向こうでぇぇぇ……す・で・に・八・つ・裂・き・に・さ・れ・て・い・る・か・らぁァぁ……!!』
「やっ……! 堪忍、堪忍おくんなまし、美鈴ちゃん!」
美鈴に恐怖心を煽られているのに、遊珊はその美鈴に裸体で縋り付くしかない。
『ああぁァぁ……先輩ぃィぃ……力になれずぅゥぅ……すみませぇェぇん……!!』
縋り付かれても美鈴は、白目を剥きそうな顔で遠くを見ている。
「戻って、ねぇ……いつもの美鈴ちゃんに戻って! もう、もう負けちゃったから、私……!」
『全部ぅゥぅ、先輩がぁァぁ……! 泡投げたからぁァぁ……!』
遊珊は子供のようにパニックを起こしつつも、美鈴を説得する。
「ねっ? 謝るから……今夜は、一緒にトイレに行きましょ? 後ろを向いて手を握っていて欲しいの……そうすれば、きっと大丈夫だから————」
『無理ですぅゥぅ……一緒にトイレなんてあり得ませぇェぇん……先輩がぁァぁ……泡を投げてしまったからぁァぁ……』
「えっ!? だって、さっきは一緒に行ってくれるって……ねぇ、言ったじゃない……!」
遊珊は悲壮を浮かべた顔を美鈴の胸にうずめ、頭を振って懇願する。
「ごめんなさい、ごめんなさい……! 本当に、美鈴ちゃん……もっ、もうしないから……すごく反省してるわ……!」
それを無視し、美鈴は『恐怖の抽挿』を更に激しく行う。
『先輩をぉォぉ……囲むぅゥぅ……妖怪の中にぃィぃ……殺された私がぁァぁ……見えまぁァぁす……!』
「ひぃっ!?」
遊珊の身体が〝ビクリ〟と跳ねる。
美鈴の腕が虚ろに上がっていく。
『私はぁァぁ……力無く手を伸ばしぃィぃ…………助けてぇェぇ……先輩、助けてぇェぇ……』
遊珊はその腕を必死に下げようと掴む。
「やめて……やめて……! もうやめて、お願い……本当にっ!」
美鈴はついに、宙を仰いでいた顔を〝がばり〟と遊珊に向けて言い放つ。
『泡投げたんわぁァぁ……ああぁァぁお前かぁァぁ……!!』
「きゃあああっ!!」
裸体の遊珊は目をキツく閉じ、裸体の美鈴を力一杯抱き締める。
「美鈴ちゃん、やめてくれなんし! やめてくれないと私……此処で
し
ちゃうのよっ!?」石鹸でヌメッたお互いの胸が隙間無く押し潰され、擦り合わされる。
ブンブンと振られる遊珊の頭を、美鈴は優しく撫でる。
『あはは……大丈夫ですよぉ? あんっ! 先輩、ホントに怖がりさんなんですねぇ~?』
「————っ!」
『先輩、〝くれなんし〟って、あっ……言葉、変ですよぉ~』
遊珊の顔に安堵が満ちる。
「あん……もぉ……よかった、いつもの美鈴ちゃんに戻ったわ……」
美鈴の目が見開く。
『泡投げたんわぁァぁ……やっぱりお前ぇェぇ……!!』
遊珊はまた胸に顔を埋める。
「美鈴ちゃん! お願い、お願いだから! ブラック美鈴ちゃんにはならないで……!」
『ごめんなさーいっ! もうしませんからぁ! あん……っ! あはは……!』
その様子を、呂晶は歯を食いしばり崩れた営業スマイルで見守る。
「ぎ……ぎ……ぎ……ッ!!」
もう遊珊は緊張や弛緩を通り越し、美鈴がいないと生きていけない感じにされてしまった。
目の前で『NTR』されてしまったのだ。
(テメェ……! そこまでしたんだったら、そこで
漏らす
まで追い込めよ、テメェェェ……ッ!!)美鈴は遊珊の裸体に消えない
『はあ————楽しかったですね?』
「楽しくなんてないわっ、もう!」
ひとしきり自分色に染め上げたところで話を戻す。
『あ、でもでも————っ! 副長以外で女性の護衛なんて、わたし、憧れちゃいます!』
話を急に振られた呂晶は、急いで顔を逸らす。
「っ!」
話を行ったり来たりさせ、オチも結論もなく続く、女の会話。
同じお喋りでも白黒付けねば気が済まない呂晶とは反対の性質だ。
「べ、別に……戦場に男も女も無いよ」
呂晶は体外気孔が使えない分、体内気孔に秀でている。
筋肉の性質を科学変化させ、指先に大腿筋クラスの握力を宿し、持ち上げることも難しい大刀を棒切れのように振るう。それ以外では筋肉質に見えないよう、胸、尻、太腿など、いわゆる
けれどその呂晶も、突然話題を変えてしまう。
「てか……この
石鹸
、スッゴォ!」それを渡した張本人、美鈴が嬉しそうに解説する。
『これ、目の粗い手拭いで擦ると、もこもこした泡が立つんですよ?』
手拭いは
呂晶は言われた通り、手拭いで石鹸を包んで擦り合わせてみる。
「おお、スッゲ! 泡立ってきた……泡が、おっ勃ってきたァッ!! こりゃ泡風呂だ、こりゃあッ!!」
遊珊を取られた怒りか、自然と手に力が入る。
中華屈指の俊敏性で擦ると石鹸はみるみる小さくなり、無駄に生産された泡が石畳をヌルつかせていく。
遊珊は先生のように指導する。
「もう、呂晶……女の子は、エレガントに」
『呂晶さん、面白ーいっ!』
この泡は平民が滅多に纏えない、高級なものだ。
美鈴は広がるその泡を撫で、しみじみと言う。
『ホント……こういう所が、花雪さんの判ってる所ですよねぇ……』
「……っ!」
〝花雪〟という名前が出た瞬間、呂晶の手がピタリと止まった。