†超能力者の恋愛事情①† ナンパ師は告りたい
文字数 3,405文字
平均よりやや短髪、少し高い身長。細身だけど筋肉質な靭やかな体系。頼り甲斐のある堂々とした雰囲気。呂晶にとって重要な判断基準である『姿勢』も自然体ながら筋が通っている。
総じてタイプ————頬に傷があるが、それもヤンチャ感を出していて悪くない。腰には太めの曲刀を帯びており、股間の剣も大いに気になる所ではある。
呂晶は普段の二倍以上の時間を掛けながら他愛ない言葉を返す。
「でもぉ~~~、アタシぃ~~~、今夜はぁ~~~、友達と泊まる約束しててぇ~~~」
勿体ぶる割にキッパリとは断らない。〝あと一押ですよ〟という社交辞令である。
同時に、この茶番で男がどの程度自分に気を持っているか、どれだけムードを盛り上げられるか、女に対する経験値なども見極める。簡単に言えば試している。
『良いじゃねーか。その子には後で俺から謝ってやるよ。それに、
ダチの新しい出会いを喜べない奴はダチじゃねぇ
』(ほう、コイツ……なかなかヤリおる)
呂晶はバイのため女友達に少し違う感情を持っているが、女の友情とは大抵の場合、希薄だ。
けれど、それでも
そこで、この男が言った〝ダチの新しい出会いを喜べない奴はダチじゃない〟という台詞が鍵となる。
呂晶がこの誘いを断れば、それは『女友達が断らせた』も同義である。であるならば〝○○ちゃんを悪く言われたくないから付き合うしかなかった〟〝○○ちゃんなら判ってくれると思ったから〟と言うような『ドタキャンの言い訳』が可能になるのだ。
この男は呂晶の友情に配慮しながら、〝それを押しても逃したくない大切な出会い〟というニュアンスを含ませ、〝その後も責任を取る〟ような事まで匂わせ、断りにくい『誠実さ』を醸し出している。
単純に言えば〝悪いのは俺で、お前は何も悪くない〟と言っている。
実際がどうかは関係無い。女は本能的に常に『被害者』の立場を欲しており、このように〝断り切れなくて仕方無く……〟という予防線を作ってやらぬ限り、自分からは動けないものだ。
「でもぉ~、アタシ達ぃ~、会ったばっかだしぃ~~~。イキナリ一晩過ごすのって、どーかなぁ~~~って」
〝ほぼほぼOK〟の合図である。でも、でも、あと一押しが欲しい。
今付いて行けば女の友情は守れるが『
〝ビビッと来た〟〝運命の出会いに従った〟など、後に自分も言い訳に使うことが出来る、ホイホイ付いて行っても尻軽にならない『あの文句』が欲しい。
(判ってるな、アレだぞ……? アタシは『殺し文句』を欲しているんだ……!)
呂晶は女らしい仕草で顔を伏せながら、横目で男を捉える。
(お前がそれさえ言えば、契約は成立する……〝ビッ〟とキメろよ……!)
ナンパ師に狩られる側と言うのに、血に飢えた鷹のような眼光。
男は短く息を吐き出し、誠実な声で言う。
『なんつーのかな————上手く言えねーが、
お前が理想の女なんだ
。ひと目でそれが判った』呂晶の目が見開く。
(よォしッ!! よく言った! 微妙だが許可するッ!!)
機嫌が悪い時なら却下もあり得るライン。だが馬の刺激でムラつき、旅で浮付いた今なら『一目惚れ』は十分、合格ライン。
呂晶は得体の知れない勝利感を噛みしめながら、内なる清純清楚な自分を納得させる。
(フッ……『理想の女』とまで言われてしまっては、致し方あるまいよ————)
せっかく『理想の女』と出会えたのに無碍にされてしまっては、この男は一生悲しみのドン底で生きていくハメになるだろう。それはあまりに可哀想な人生だ。そんな非道い仕打ちをしてしまっては、あの貴族女のように『性格の悪い女』になってしまう。
自分はそんな女じゃない。
普段はトゲトゲしているけれど、実は可哀想な人を見ると涙が
その証拠に、この狂おしいほど自分を好きになってしまった男————いや、図らずしも自分が魅了してしまったこの男に対し、友人から嫌われるかもしれないリスクも
(致し方あるまい————アーシは何も悪くないけれど、図らずしも魅了してしまったのは
アー将
自身なのだから……)魅了する気も無いのに魅了してしまう美貌。取らなくても良い責任まで取ろうとしてしまう優しさ。
そう。悪いのは全部、『理想の女』になってしまった自分なのだから。
友達Aちゃんなら、きっと判ってくれる。きっと応援してくれる。もし応援してくれないなら、それは性格が悪い女である。友達Bちゃんもきっと〝友達Aちゃんは性格が悪い〟と言うハズだ。
友達Bちゃんは自分の気持ちをハッキリズケズケ言っちゃうタイプだけれど、自分は友達Aちゃんを信じてる。後で事情を話せば、友達Aちゃんはきっと応援してくれる。
何故なら、自分は友人から嫌われるかもしれないリスクも
こんな優しい女を応援しない女は『性格の悪い女』なのだから。
嗚呼、『理想の女』である自分とは、なんて損な性格で、なんて罪深くも献身的な女なのか。
(あとはアー将が、〝そこまで言うなら……でも、お酒飲むだけだよ?〟と渋々な返答をすれば、この契約は成立する————)
全ての審査を済ませ、呂晶が今まさに〝関所を通って良し〟のサインを出そうとした時、男が続けて口にする。
『お前は、
俺にとっての楊貴妃
……つーのかな?』照れ臭そうに笑い、頬を掻く。粗暴な雰囲気から一転した少年のような仕草、いわゆる『ギャップ萌え』である。
呂晶の表情もみるみる一転し、
「はぁぁぁ~~~ん?」
眉間に皺を寄せた『ガンを飛ばす』ものに変わる。
「オイ、テメェ————楊貴妃ってのは、小便タレのワキガだろうがよ!!!!」
頬を掻いていた指が止まる。
『……なんだって?』
呂晶は突然、背中の大刀を展開し、
『————ッ!!』
短く持った矛先を、マイクのように男へ向けて叫ぶ。
「アーシがそんな風に見えるってのかオォンッ!!!? 教養の
一気に戦闘態勢に入った————最後のたった一言のせいで。
『……なんだと?』
男は一瞬驚いたが、見開いた目にみるみる怒りが募らせ、低い声を返す。
『お前……こりゃ、どういう意味だ?』
相手が女だから寛大に対応しているが、本来ならあり得ないことだ。何故なら武侠が武侠に武器を向ける————それは後戻り出来ない『決闘』の合図なのだから。
呂晶は更に男を挑発する。
「教養の無ェクソッタレには判んねェだろうけどなァ? 〝教養の無ェクソッタレ〟ってのは、中華だと〝テメェは教養の無ェクソッタレ〟って意味だよッ!!!!」
繁華街でも、電車の中でも、刃物を掲げる者がいれば乗客は一斉に逃げ出すし、勇敢な者は手荷物でぶっ叩いて制圧を試みる。武侠の場合は自分も刃物を取り出し殺し合うというだけ————
とは言え、この感情の起伏は常軌を逸している。前張り一位時に落とサンでも喰らったかのようだ。
『お前……
やっている————が、今はやってはいない。これはメンヘラに起因するヒステリックの方だ。
呂晶は大刀を短く回し、今度は男の股間を指し示す。
「よく聞きな、カスッ!! テメェにぶら下がってんのは
二本とも
飾りかオォンッ!? はよ抜けヨラァッ!!!! ビビってんのかゴラァッ!!!?」今にもそれで刺しそうな形相。
寛大な対応をしていた男も『通常の対応』に切り替える。曲刀に手を掛け、静かに力の籠った声を返す。
『ああ、そうかよ……』
闘争本能が満たされないと、性欲を満たしたくなる。性欲が満たされないと闘争本能を満たしたくなる。一緒にいると身が持たない、直そうともしない。だから呂晶は恋人がいない。
『じゃあ、いっちょ……やってもらおうじゃねーかよ……!』
二人の通り魔の間に、通りすがりの男が割って入る。
『まあまあ、お二人さんよ————っ!』