†拾†  炎の小道、そこに在る

文字数 4,346文字






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 ヘレンが仕掛けた天空からの物体落下攻撃【炎の小道、そこに在る(フレイムレーン・メテオロッス)】は、分厚い空洞に穴を開けて侵入し、白霊の光背装飾を何本か折り、何も無い地面に深い穴を開けた。
 脳天に直撃すれば戦いを終結させた切り札は、投げ付けられた矛のせいか、何らかの準備が足りなかったのか、本来の成果を挙げる事は無かった。

 天井に空いた穴から宇宙の量子(ひかり)が僅かに差し込む。


『……』


 白霊はその穴を見上げた後、それを空けた本人へ視線を移す。



【魔法】
 手順①:ヘレンの左眼は瞳孔が縦に収縮した際、非線形プリズム構造の量子井戸を形成、通過する脳波にスクイーズド効果を及ぼし、X線以下へ収束(コヒーレンス)する。この『視線』は焦点箇所で内部衝撃波によるガンマ線ショートバースト引き起こし、外送効果による任意の空間地点への信号(パイロット)波を形成する。このパイロット波は『ディアナの騎行』と呼称される。

 手順②:『ディアナの騎行』は視線上の陽子を崩壊させ『疎陽子性Xボース粒子』が連なる(レーン)を形成する。このXボソンは真空相転移を司る第五の力場(クインテッセンス)大気の乙女(イルマタル)』に相互作用を及ぼす。

 手順③:大気の乙女(イルマタル)は任意の空間地点の真空ポテンシャル障壁『ディラック水平線』にトンネル効果を及ぼし、真空切断(オメガほうかい)により物質と反物質を生成する。

 手順④:1ジプト秒後、ディアナの騎行を形成する『ヘレンの右脳思念』と反物質が対消滅し、真空はヘレンの右脳思念(ゆめ)を叶える空間に相転移される。

 物理法則を満たす科学とは真逆のプロセス。『その現象が在るのが当たり前の物理法則宇宙』を〝視線〟と〝想い〟で創造する。

【備考】
 魔法は崩壊させた陽子と右脳思念の組み合わせにより、取り分けローマ帝国において四大精霊とされる熱エネルギー(ほのお)分子間力(みず)電磁波エネルギー(くうき)運動エネルギー(だいち)の形で顕現する。
〝宇宙の創造〟と言っても常態物理法則を捻じ曲げているに過ぎず、そこには一定の法則や限界が存在する。例えば炎魔法ならば『物体・気体の発火温度、発火条件を〝常温であること〟にする』といった程度の物理法則歪曲で達成可能である。空間を氷に変えるより、水を氷に変える方がイメージし易く、威力・速度・精度が向上する。『金属を燃やす』といった反物理的な魔法ほど膨大な想像力を要する。そういった際、ヘレンは故郷の叙事詩『カレワラ』の一説(ルノラウル)を口ずさみ、それらを表現する動作(ダンス)を行うことで集中力と想像力を向上させる。
 また、肌の露出が多い方が集中力と緊張感が増すため、ヘレンはフレアタイプのミニスカートを主装備とし、下着もなるべく面積が少なくフィット感の強いビキニタイプを愛用している。Tバックタイプも試行した経験はあるが、逆に集中力が散漫し〝自分にはまだ早い〟と却下された。

 生物をエネルギーに変換する行為は、幼少期に友人を炎に変えてしまった『無意識的倫理観(トラウマ)』により制限下にある。よって相手を攻撃するには一旦、エネルギーを創り出し、それをベクトル系魔法で誘導、命中させる、というミサイル的な手順を要するが、そのベクトル魔法も『対象に命中するのが当たり前』という絶対的な誘導性能を誇るため、一度発射された魔法は遮蔽物で防ぐか、到達前に精密射程外まで逃げ切られない限り、必中する。
 ヘレンの無意志的倫理観は『対象が自死を強く願っている』『その者の死が生よりも救いになる』この二つの条件を満たした場合のみ制限が解除され、手順を省略し、生物を直接エネルギーに変える即死魔法(インスタント・キル)が行使可能となる。

 魔法行使後は反物質と脳波の対消滅により『CP対称性の破れ』が発生、原子番号ゼロの純物質『ニュートロニウム・月の原石(レゴリス)』が少量世界に顕現する。
 反物質は物質世界のあらゆる事象を反転させるため、脳波も『生み出したい現象と真逆の現象』をイメージする必要がある。けれど炎の反対は氷では無く、地の反対は雷でも無く、思考を正確に反転するには『ベル測定網膜フィルター』を介したオート変換を行い、(レーン)を180度捻転(スピン)することが基本となる。

 ディアナの騎行は取り分け青色の光を収束、反対に赤外線を散乱、残った黄色の光だけが暗く寒い瞳にぼんやり輝く。
 大気の乙女(イルマタル)のフレネルレンズ効果により、角度によってはヘレンの思考や言語パターンが厚みを持った円形魔法陣のように浮かび上がる。
 自身の見ている夢を夢だと認識出来ないように、ヘレンには自身の魔法陣も見えず、左眼が輝いている際は鏡に顔の左半分が映らない。


『なんだ!?』

『一斉に、壁の方を向いたぞ……!』

「妾っ!? 妾を見ておるのか!? ひぃぃぃっ……!」



炎属性魔法(マギア・ヘスティア)
 魔法で生まれた炎は酸素と燃焼物質を必要とせず、空間を重い原子で埋めない限り水を掛けても消えることは無い。
 ギリシア火薬(ワイルド・ファイア)の性質を持つこの炎は崩壊時間を設定しなかった場合、翌日の日の出まで燃え続ける。この特性は〝世界は日の出を境に終わりと始まりを迎えている〟というヘレンの独特な世界観に依存する。


【炎魔法】炎の小道、そこに在る(フレイムレーン・メテオロッス)
 夕日の魔女が打ち上げた一〇八の衛星をベクトル制御魔法【木の実の運び屋(インテレゲーレ・ベクトール)】で誘導し、目標へ落下させる。
 衛星は髪飾りを模した量子相関(エンタングルメント)アンテナ『フィン』とリンクし、常に位置を把握する。
 ヘレンの(レーン)は精密射程が25メートルの為【木の実の運び屋(インテレゲーレ・ベクトール)】に魔法を遠隔制御する魔法【おまじない、盗まれた物は還る(マギア・バウンド・ヘレン)】を二の十三乗回折り畳んで打ち上げ、衛星軌道である高度四〇〇kmへ到達させる。以後の引力コントロールも一ミリメートルのズレが八一九二倍されるため落下制御には高度な集中(コンセントレーション)を要する。
 落下完了までメテオ以外の動作や魔法は使用不能。レースゲームを行いながら出来ることなら出来る(ex.台パン)

 打ち上げに炎魔法は使用するが、落下時の隕鉄は断熱圧縮で炎を帯びているだけであり、厳密には炎属性魔法では無い。魔法陣が赤色発光するのはヘレンのイメージである。
 また、本来の発音は〝メテオロ

ス〟だが、ヘレンはキザな発音で〝メテオロ

ス〟と言っている。


『判らんがチャンスだ! 今の内に数を減らせ!』

『クソッ、気味の悪い化物だ……!』


 岩の向こうが騒がしくなった中、ウェイは天井から差し込む淡い光に戦慄する。


(マジかよ……)


 少女の術の威力にでは無い。
 あの化物が自分達の

にいた事に。


(なら、何で────)

地下一階……俺は最初から知っていたがな……フン」

(何でイエン(コイツ)────じゃない、何でローマチーム(コイツら)は、最初から知ってやがったんだ?)


 混乱の中、バルクスの声が轟く。


「シィイナァアアアア————ッ!!!!」


 ラテン語で〝中華(シナ)人〟と叫び、二本のナイフを抜く。
 ウェイとユエが止めに入る。


「ちょっ、待ってくれ!」

「違う! 呂晶はあの子を────」


 言い終わる前にユエのショートボブが舞い上がる。


(人間じゃねェ……!)

(速い……イエンよりも!)


 振り向くと予想通り、バルクスは呂晶にナイフを振りかぶっている。
 それが突き刺される直前、ヴァリキエは『何か』を放って命令する。


「待て────」


 首を交差したナイフが消える。
 バルクスは足音も立てずバックステップし、


「────戦闘の許可を! このシーナを黙らせる!」


 バックステップ中に左のダガー(プギオ)で貫いた物が〝ぶらん〟と揺れる。


「あと、

は何だ! 馬鹿にしているのか!?」


 バルクスが『大きめの干し肉』に憤慨する中、ヘレンは立ち尽くしている。


(オ、オシッコちびりましたわ……)


 大気の乙女(イルマタル)と左眼の光が薄らぎ、断たれた白金の髪が舞い落ちる。
 その肩に、巨大な半人蛇が伸し掛る。


raskas(おも)っ……!?」

『あ゛、あ゛、あ゛、あ゛』


 おぞましい顔と痙攣する瞳孔に、ヘレンは至近距離で目を合わせる。


「キャァァァッ!! ヒァッ!! イヤァッ!! APUA(たすけて)!!」


 爬虫類が苦手なヘレンが飛び退くと、巨体が音を立てて崩れ落ちた。


「はあ……はあ……SAATANA(サイアク)……ですわ……」


 その甲殻型の顔面には、呂晶の大刀が突き刺さっている。
 潜んでいた

大気の乙女(イルマタル)に呼応し、襲い掛かる所だったのだ。
 それを見たバルクスは、


「……〝おあいこ〟だ」


 そう言って元の場所へ戻り、乱暴に腰を降ろした。
 MPKについてと、ヘレンの髪を切ったことと相殺と言っているのだろう。


「〝まあまあの速さ〟……と、言った所か」


〝やれやれ〟という顔で、イエンは眼帯ではない方の眼を細める。


「だが、まだ荒削りか……俺が稽古を付ければ、更なる高みに昇華してやれるのだが」

「いや、お前より速いぞ」


 ウェイが腰を降ろして返答すると、イエンは不敵な笑みを返す。


「フン、そう思うのも無理は無い。貴様には俺の真の実力を見せたことが────」

「いいえ、イエンより速かった」


 イエンと剣を交えた事のあるユエも腰を降ろして補足すると、


「……」


 イエンから笑みが消えた。


「……────速さだけでは何も成せん。考えてもみろ。〝俺のスピードに付いて来れるか?〟という台詞を放つ者は多いが、そんな者はただ捨ておいておけばいずれ体力を————」

「本当にキモイ」


 イエンのブーメランにユエが嫌悪を返していると、岩間に粘着質な音が響く。


「クッチャ、クッチャ、クッチャ……」

「「 ……? 」」


 苛つきをぶつけるような粗食音に皆、目だけを向ける。


(あら。怒ってたのに、結局は食べるのね……)

(好きそうな顔してるもんなァ……)

(なるほど、干し肉は奴の好物か……)

(好きなのよねぇ~、バルちんて……)

(一生懸命食べてる……動物的、カワイイ……)


 狼のように誇り高い男のアイデンティティーが干し肉に汚染される中、大刀に繋がるピアノ線を手繰(たぐ)る呂晶が発言する。


「イヌ────いや、バフとやらでは足りない」

「「 ばふっ!? 」」


 ルシラとルリアとユエが顔を背ける。


(そんな、さらりと間違えるぅ~?)

(フフ、イヌとバフは間違えない、絶対間違えない……フフ)

(やめてよ、もうっ……私、頷いちゃったじゃない……!)


 バルクスは眉を動したが、再び干し肉を噛じり出す。
 雌の嘲笑など捨て置け、誇りとはそういう物では無い。


(クソッタレ……ションベンちびったぜ)


 首が切れていないか軽く擦る。
 バルクスに苛つく気持ちを切り替え、呂晶は続ける。


「ウチらの要求は、今くたばってる奴ら

の、

だ」

「————ッ!」


 笑顔だったルシラが『右腕』を掴んだ。


「あっ……あの……」


 みるみる青くなるルシラと対照的に、呂晶は気味の悪い笑顔を浮かべていく。
 その顔に〝確信〟を得た呂晶は、続けて言い放つ。


「アーシ、困ってる人とか放っておけなくてさァ────

?」
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登場人物紹介

呂晶(ルージン):20歳♀ 補正:力型極化 スキルマスタリー:内功心法=黒殺槍法>炎系気功


成都のアクセサリー店『呂礼屋』を家出。盗賊として非道を尽くす中、結盟『真夜中の旅団』へ幹部待遇で加入。外功の扱えない特異体質ながら爆裂加速した斬撃により気功家屈指の近距離戦闘能力を持つ。

重度の阿片中毒でバイセクシャル、己の哲学『真理』を己の命よりも優先する。


容姿偏差値:65(ガンメイク:70) 戦闘偏差値:85

ヘレン=アップレケ―ンタ:16歳♀ 補正:知型極化 スキルマスタリー:ウィザード>クレリック=バルド


赤子の折、北欧フィンランドの孤児院に捨て子として預けられる。生まれながらにゼロ点量子エネルギー『大気の乙女』を操るがそれにより幼少期に友人を殺害する。

以後は魔法による狩りで村に奉仕しながら罪を償い、15歳で成人した後は『大道貴族芸人』としてローマ帝国へ単身上京する。7歳でヘラジカを仕留めたことが自慢。


容姿偏差値:90 戦闘偏差値:90(杖喪失:50 リミッター解除:???)

花雪(ファーシュエ)18歳♀ 補正:完全バランス スキルマスタリー:寒月直伝飛天剣法舞踏派=炎系気功=雷系気功=氷系気功


国務執行機関、戸部右曹の侍郎を務める魏征の一人娘で貴族。楊貴妃の再来と言われる美貌と帝王学により『傾国のカリスマ』の異名を持つ細巨乳。複合企業・花雪牙行の会長であり、数百名の精鋭気功家で構成される『花雪象印商隊』の隊長を務める。同副長のユエとはライバル貴族家でありがなら幼馴染。自分の身体を他人に洗わせるのが趣味の変態。


容姿偏差値:85(舞90) 戦闘偏差値:55

寒月(ハンユエ)18歳♀ 補正:知型極化 スキルマスタリー:飛天剣法=雷系気功>炎系気功>氷系気功


戸部左曹侍郎、邦県令の一人娘で貴族。文林三絶、武林三絶『文武両道』の異名を持つケツデカロリ眼鏡っ子で、花雪象印商隊では護衛隊長を務める。インテリ気功家の代名詞『雷功』をこよなく愛し、中華最強の雷功使い『雷帝』に最も近い人物と評されている。趣味は読書、コミュ障と言えるほど大人しい性格と大きな尻にコンプレックスを持つ。花雪とは幼馴染であり彼女と眼鏡を馬鹿にされるととても怒る。


容姿偏差値:75(尻90) 戦闘偏差値:87

ヴァリキエ=ユスティニアヌス:28歳♂♀ 補正:力型極化 スキルマスタリー:ウォーリアー=クレリック


容姿偏差値:80 戦闘偏差値:95

魏圏(ウェイ=クァン):28歳♂ 補正:知型 スキルマスタリー:黒殺槍法=炎功>雷功>氷功


容姿偏差値:65 戦闘偏差値83

炎暗剣(イエン=アンジャン):21歳♂ 補正:知型寄バランス スキルマスタリー:飛天剣法青林派=氷功>炎功=雷功


容姿偏差値:70(眼帯:60) 戦闘偏差値:81

ルリア:???歳♀ 補正:知型極化 スキルマスタリー:ウィザード=バルド


容姿偏差値:76 戦闘偏差値:85(リミッター解除:???)

ルシラ:33歳♀ 補正:知型寄バランス スキルマスタリー:バルド>チェイサー=メイド


容姿偏差値:74 戦闘偏差値:60

遊珊(ユーシャン):20歳♀ 補正:知型寄バランス スキルマスタリー:破天神弓>炎系気功=雷系気功>氷系気功


容姿偏差値:78(花魁90) 戦闘偏差値:68

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