†中世中華のお風呂事情⑥† ソープランド
文字数 5,319文字
「まあ嬉しいわ。お願いしちゃおうかしら?」
『任せて下さ~い!』
美鈴は明るい声で移動し、遊珊の手拭いと石鹸を受け取る。
手早く泡立たせたそれを華奢な背中へ這わせた瞬間、ある『違和感』に気付く。
『すごい……先輩の肌スベスベ……寒天みたい……』
思わず手拭いではなく、指を這わせてしまう。
首、肩、二の腕へ滑り降りると、しっとり柔らかく包み込まれる————自分の身体で散々知り尽くしていた身体部位なのに、全く未知の
確かに、肌と言うより寒天に近いのかもしれない。
「それって、褒め言葉かしら?」
苦笑いする遊珊の身体を擦りながら、美鈴は尋ねる。
『あの、どうしたらこうなるんですか? 美容法っていうか……』
遊珊は頬に指をあて、首をかしげる。
「特には何もしてないのだけれど。普段は研ぎ汁で洗っているし……体質かしら?」
この時代、身体を洗う際には石鹸は使わず、米の研ぎ汁、塩、灰などをブレンドした各家庭オリジナルの洗剤を用いる。
一方、遊珊が育った遊郭は、各地から輸送される高級美容品の『最終集積地点』だ。遊女はそれらを自分で調達するが、多くは男性客からプレゼントとして貢がれる。
十代中盤から花魁に君臨していた遊珊は、同僚に分け与えても余る在庫を抱え、それらは遊郭を旅立った今も増え続けている。
研ぎ汁で洗いなどしないし、石鹸以外にも様々な高級美容品を使っている────とは言え、ほとんどは体質によるものだ。
才能とも言える体質と、高級美容品によって生まれた魔性の肌に触発された美鈴は突然、
『えーーーい!』
遊珊に〝がばり〟と覆い被さった。
「いやん……っ! ちょっと美鈴ちゃん、抱きつかないで────」
抱き締めた腕、身体、全身を使い、美鈴は遊珊の身体を洗い始める。
『だって、なんか気持ち良いんですもんっ! こうやって身体を擦り合わせれば……私の肌もォオオオオッ!!』
美鈴の顔が冗談とは思えぬものへと変貌していく。
女は時に、美容に対し狂ったような形相を見せる。
「あっ……もうっ! 下は自分で洗うからぁんっ……!」
脇から入った腕が胸を上下に擦り、もう片方の手が股間へ滑り込む。
背中も全身を擦られ、遊珊はくすぐったさに身を
『あっ!? この先輩、イキが良くて掴めないぞォ!』
滑り台の途中に留まることが難しいように、抱き締めても〝ツルリ〟と逃げていく裸体。
遊珊の肩と腰を、美鈴は腕を平行に羽交い絞めする。その両腕の間隔がゆっくり狭まっていく────それは遊珊の控え目だが完璧な形の胸を限界まで歪曲させた所で、取り合えずの固定を成した。
『よし……掴んだ!』
美鈴は狂ったように、身体を左右に振り乱す。
『大漁じゃああああっ! 遊珊エキスを頂くんじゃああああっ!』
まるで初めての挿入を迎えた童貞のように、不器用で荒々しい動き。
「やだっ……もう、くすぐったいから……んもぅっ! 私は魚じゃないの————よっ、と!」
美鈴の腕に抱かれたまま、遊珊はウナギのように〝ツルリ〟と回転し、そのまま体重を掛ける。
『きゃあっ!?』
これまたツルツルとした地面に、二人は絡み合って倒れる。
と言うより、遊珊が美鈴を押し倒した。
美鈴が気が付くと両の手首は掴まれ、両の太腿は太腿で挟まれ、一瞬で『
『うわっ、ちょ……!
キリストのような格好のまま、美鈴は必死に顔を逸らす。
遊珊は少女のようでありながら妖艶な笑みを浮かべる。
「あら、さっきの勢いはどうしたのかしら?」
美鈴が安易に踏み込んだ領域は、他でも無い遊珊の土俵である。
「抵抗しないと、好きにされちゃうの……よっ」
そう言って、泡の付いた身体を上下し、美鈴の身体に這わせる。いいや、美鈴の身体を洗い始める。
『あんっ! 顔、近っ……! 先輩と私じゃ、釣り合わっ……釣り合わないですから! 見た目的に釣り合わないですから! 対面はご勘弁をぉぉぉっ!』
その動きは美鈴の不器用なものとは全く違う。捩じりながら滑らせ、それでも接する面積は大きいままで、溶けてしまいそうになる不思議な感触。
『うぅ……ぅぁんっ!』
その刺激に美鈴は身体を捩り、手首は掴まれているので肘で顔を隠す。
「ダメよ────よくも私を、怖がらせてくれたわね!」
遊珊が手首を捻ると、美鈴の身体は真横へ、肘は真上を向いてしまった。
力を入れていたのに、痛みも抵抗も無く、勝手に向いてしまった。
真横を向いた美鈴の下から上へ、遊珊は〝スルリ〟と移動する。
『あはは、くすぐったい! これ、マジくすぐったいですから、あっはっは!」
形の良い遊珊の乳房が、全開にされた自分の脇を埋める。
恥ずかしく、くすぐったく、そして得も言われぬ快楽が駆け巡る。
無茶な体勢と刺激で横隔膜が痙攣し、勝手に笑い声が出てしまう。
『ははは、あんっ! なんか、これっ……変っ、なっ……感じっ……!』
油脂石鹸と植物石鹸、女の肌が擦れ合う〝キュッキュ〟〝ヌルンヌルン〟という卑猥な音が、露天浴場に何度も響き渡る。
「どうしたの、全然抵抗しないじゃない……? もしかしてこうされるの、嬉しいの? こうされるの……っ! ねえ、どうなの、美鈴ちゃん……っ?」
あばらから脇を上下させていた己の右乳房を、遊珊は左乳房で押し出す。押し出された右乳房は、美鈴の大胸筋に吸い付きながら移動し、美鈴の上乳を下乳で圧迫しながら下がり、突起した乳首の先端同士がお互いを弾き合うと、その上下関係を一気に逆転させる。
『ち、違っ……! 違いま……あっ、なんか……違います! なんか、なんか変に、なって……変になっちゃいますからっ……あんっ! なんか急に……八の字みたいな、ひっ!? それ、その動きダメです! やだぁっ! あぁんっ!』
「〝やだ〟じゃないでしょう……? そんなこと言われたら悲しいわ。ほら、嬉しい声を出して? ねぇ、出して? 美鈴ちゃん?」
『分かんない……分かんないですぅ……! 嬉っ……しい声っ……て……!』
「そのだらしないお口のまま、息を声にするの……出して美鈴ちゃん、ほら、出しなさい……っ!」
『えぁ、おぁぁぁ……ふぁふ……ははは……! へっ……変な声、出た……っ! あははははっ!』
「美鈴ちゃんは、気持ちが良いと……そんな声が、出ちゃうの……ねっ!」
『あふぉっ……ははは……やだ、やめて……! 笑っちゃう……っ!』
刺激と快感と、気持ち良さと痙攣が混じり、頭が真っ白なまま声だけが勝手に出る。
「やめちゃダメ……! ほら……せーの……っ!」
『おぁふぁあぁぁぁ~~~ふぁっ! あっはっはっは……!』
石鹸とは古代ローマ、ラテン語で『
この野外露天浴場でも、黄河の雄大な景色に痴音と痴声を混ぜ響かせ、とても贅沢で壮大なソープ浴場————露天ソープが出来上がってしまった。
『ふぁあぁぁ、ほぉおっ!? ちょっと……! 声に合わせて……動かないで、下さっ……! ふぇんっ、
「ダメよ————美鈴ちゃんはこうやって動くと気持ち良い声を出しちゃう、楽器さんなの」
『ええ……っ!? 楽器……てっ……! センパ……ヒッ、ヒド……ない、ですかぁ……?』
「もっと聞かせて? 美鈴ちゃん楽器……ほらぁ、もっと聞きたいのよぉ……ねぇ……!」
訳の判らない会話と共に、美鈴の太腿を挟んでいた太腿がゆっくり移動して行く。
外側から内側へ掛けられていた圧迫が、太腿を撫でるように上から下へ————
『センパァ……あぁっ……ん!』
太腿とは、こんなに敏感な箇所だっただろうか。
そんなことを想った瞬間、圧迫は頂点を越え、一気に下へ〝スルリ〟と入り込む。
『センパ、イジメないで……あんっ! イジメ、ダメッ……ぜった……っ!』
今の今まで両太腿を拘束され、逃れようとしていたのに。
遊珊の太腿が滑り込んだ途端、美鈴の両太腿は〝待ちに待った〟と言うように遊珊の太腿を締め付け、力いっぱい拘束し返す。
『やぁん……っ! 〝ヌルっ〟て……したぁ……!』
けれどその行為のせいで満たされない何かが一気に高まり、届きそうで届かないそれを求め、両太腿が勝手に動き出し、遊珊のツルツルとした太腿へ擦り合わせてしまう。
その動きは上半身を揺り動かし、いつしか美鈴は遊珊の裸体に、自分の裸体を自分から、必死に擦り合わせていた。
肌肉の圧迫感と、響く痴音は倍となり、遊珊の控え目な胸が美鈴の大き目な胸にめり込み、動き回り、お互いの硬くなった突起が、お互いの柔らかい部分に
そしてその様子を、目を細め、微笑ましく眺める一人。
「ははは……二人ともやだぁー、もぉー」
通常のソープランドではソープ嬢だけが頑張るもの。けれど女同士が行えば、それはお互いがお互いを刺激し合い、
(その欲情は加算ではなく乗算となりて累積し、雌豚はアタシに爆殺され、そして黄河怪に生まれ変わり、村を襲うであろォオオオオ……ッ!!)
手拭いを握る拳を震わせる呂晶の目が、微笑みのまま白目を向いていく。
(アアアアァァァ……ッ!! 雌ブトゥァアアアア……ッ!!)
『いつか実現したら良いな』そう思っていた妄想の一つ。それが雌豚に行われる姿が、目の前で展開されていく。目の前で寝取られている。
怒りと興奮で、手が股間に伸びないよう握り締めるのに必死だ。
そんな呂晶の狂気の顔を、遊珊はおふざけを楽しみつつ横目であざ笑う。
(そんなに物欲しそうな顔をして……でもダメ────アナタのような子には、これは
タダではしてあげない
から)遊珊は呂晶が隠している性癖も、自分へ向けられている感情にも気付いている。
そのような場合、遊女は『とある習性』を発揮する。
(私の後輩をイジメた罰よ。そこで犬のようにお預けしていなさい────)
可愛い後輩に対する呂晶の辛辣な態度、これはその見せしめ。
美鈴に施すことで呂晶に対して『時価』を上昇させる。金、才能、家柄、人生————遊珊への欲求が強くなるほど、遊珊はそれを狡猾に要求する。自らは言わず、相手が望んで差し出すように。そうして楊貴妃に傾倒した皇帝は、ついには国まで差し出してしまったものだ。
同じサービスだと言うのに望んでいない者にはタダで行い、望んでいる者には際限無く値段を釣り上げるなど、『足元を見る』の究極系だ。
(でもこれ以上見せると、私に手を出して来そうで怖いわ)
遊珊は最後に一這いすると、ぐったり果てた美鈴を抱き起こす。
「美鈴ちゃん、観念した?」
『ふぁ……ふぁぃいぃぃ……』
「なら罰として、今度は呂晶の背中も流してあげて」
呂晶は血走った顔から一転、目を丸くする。
「……い?」
『はあ……はあ……あっ、は、はぃぃ————』
美鈴はとろみきった笑顔を呂晶に向ける。
『呂晶さんも……はあ……お背中……お流します……っ!』
状況が判らず、頭を混乱させる。
(そうなるもんか? 今のソレから、そうなるもんか?)
『さぁさぁ、お流ししますよ————っ!』
起き上がった美鈴がテケテケと歩み寄る。女は情緒不安定だけに、オンオフが異様に早いことがある。
「あっ、あ~……」
目をキョロキョロさせると、呂晶は苦笑いで返す。
「アタシ、自分で洗っちゃったから……代わりに後ろ流してあげる————前はいいよね」
『良いんですか? ありがとうございます!』
美鈴は軽やかに反転、桶へと座る。
その背を呂晶は、無表情で擦り始める。
「……」
遊珊が湯で身体を流す中、美鈴の声がこだまする。
『わたし、四人兄弟なんですけど、わたし以外みんな男なんです。だから姉妹って言うか、そういうのちょっと憧れてて……』
「へぇー……アーシひとりっ子」
他愛ない会話、作業のような背中流し、遊珊が湯船に浸かる頃、
『あっ……!』
美鈴の身体が〝ビクリ〟と跳ねる。
『ちょ……ちょっと、痛いかも……です』
呂晶は明るい声を返す。
「うっそ、ごっめ~ん! 肌弱いんだねっ!」
美鈴は明るく首をかしげる。
『そうなんですよ~っ! 敏感肌っていうか!』
その腰を呂晶が指で突っつく。
「てか、柔らか~い! ぷよぷよしてるぅ~、豆腐みた~い!」
『もぉ~っ、ヒドイですよ! 私太ってないですし、おすし!』
その後頭部と背を、気味の悪い笑顔で眺める。
「アハハ、ウケるぅー……」
冷静な判断力など残っていないし、そんな物は邪魔なだけ。
黙って終わらせはしない、何があっても実行する————それしか呂晶の頭にはない。