†楊貴妃† 千年に一度の巨乳アイドル
文字数 4,124文字
クレオパトラの鼻がもう少し低かったら、歴史は変わっていただろう。
パスカル
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇
『安史の乱』という時分のことだ————
唐の皇帝『
すると、同じく巨乳好きの
その際、唐の役人だった王維も寝返り、クーデター派に加わった。
クーデター派によって玄宗は捕らえられ、調子に乗っていた楊貴妃も絞首刑に処された。すると王維は〝自分はクーデター派に捕まり、無理やり働かされていた〟と、手練手管を駆使し、今度は朝廷へ
寝返り直した
。だからアタシは『王維=コウモリ野郎』と覚えた。未だに送元二使安西を覚えているのは、この記憶法が良かったからだ。
まあ、上記はアタシの推論なのだが、絶対に当たってる————王維は『安史の乱』以前は昇進したり降格したり、
送元二使安西での見送りも打算があるとしか思えない。
悲しいことが起こる度に筆を取る奴
だぞ? 本当に悲しんでるワケあるか。悲しむ顔の裏で〝良い詩の題材が出来た〟と喜んでいたに違いない。悲しいことも無ければ、子猫とかを泥まみれにして、『泥まみれの子猫を助けた也————』みたいな詩を書く奴だ。準備されたレスキュー、
この説を御父に話したらブン殴られた挙げ句〝どしてお前はそんなに捻くれてばかりなんだ〟と失望された。だからアタシはこの説を覆す気は無いし、女の顔を殴った御父も許すつもりは無い。
楊貴妃だって気に入らない————これはアタシだけじゃなく、中華の女はみんなそう思ってる。三百年も昔の女だって言うのに、最近当時の話が編纂されたとかで一躍有名になった奴だ。
中華の女は、事あるごとに楊貴妃と比較される。〝楊貴妃はもっと淑やかで上品だった〟〝俺の彼女も楊貴妃みたいに巨乳なら良かった〟という具合にだ。顔も判らない大昔の女だぞ? やってられるか。
ナンパの文句まで〝君はまるで楊貴妃のようだ〟なんて台詞が流行ったほどだ。男にとっては〝楊貴妃のようだ〟は褒め言葉かもしれないが、『他の女に似てる』という理由で好かれてもムカツクだけだ。取り柄の無い女はそれでも良いのかもしれないが、楊貴妃より優れたアタシには我慢ならない。
たかが没落貴族の出身、取り柄と言えば顔、歌、
なのにアタシは『人でなし』と蔑まれ、アイツは『千年に一度の美女』と持て囃される。老いる寸前、三十半ばでくたばったから、
寂しさ
で尾ヒレが付いたんだ。その偶像の為に、男共が戦争を起こした。
その偶像の為に、何百年経った今でも踊らされている。
「呂晶……おい、呂晶……」
女の奴隷みたいなマザコン達も気に入らない。だからアタシは、そういう教養のない男が楊貴妃の話をする度に〝楊貴妃は小便を漏らすワキガだったから盛んに香を炊いていた〟と教えている。
もちろん嘘だ————だが教養の無い奴は、こんな嘘も見抜くことが出来ない。夢が崩れたのか、揃いも揃って顔を青ざめやがる。アタシが軍師だったら〝「楊貴妃に限ってワキガなど……」群臣達が動揺しておりますぞ〟という報でも聞こえて来そうな勢いだ。嘘を嘘と見抜けない奴には歴史を語る資格は無いんだよ。
そう、アタシは楊貴妃に
いいや、
「おい呂晶、聞いてるのか? おーい……」
この隊商も若い女が仕切ってるらしい。
てコトは、それにヘラヘラ従ってるコイツも、玄宗や安禄山みてーなもんじゃねーか————
「な、なんだよ?」
呂晶はその視線で、ウェイに様々な不満をぶつけている。
「アタシは、あの歌が気に入らない————」
そのほとんどは此処のところ燻っている感情や、個人的趣向による苛立ちであり、ウェイとはおおよそ無関係のことだが。
「まあ、お前が〝気に入らない〟てんなら、スカした詩なんだろうな……俺達、人でなしにゃあ似合わねぇなっ!」
ウェイは深く追求せずに共感してやろうと、呂晶の
「アァンッ!?」
この、黒人がお互いを〝ニガー〟と罵り合う類のスラングは、苦境を共にする『同類』にしか許されない行為。
「テメェんちみてーな田舎商人と一緒にすんな!! ウチは皇室にコネ持ってんだぞッ!?」
呂晶の本質は今でも盗賊側にある。ウェイに対しても〝お前もあっち側なんだろ〟という、裏切り者を見る感情を抱いている。
「お、おう……そうか、悪かったな……」
呂晶の機嫌はどんどん悪くなり、そのイライラはウェイに、周りに伝播していく。
(なんだよコイツ、慰めてんのに……反抗期か?)
女とはそういう生き物のため、定期的に殴ってはノックバックさせ、適度な距離を保つと良い。結婚など以ての外。旦那は家に帰らなければ済むが、子供は逃げることさえ出来ないのだから。
女から生まれた時点で大抵の子は親ガチャにハズレている。
「良いか、行商の前に大事なことを言っておくぞ————?」
そんな呂晶に、ウェイは入念な注意を行う。
「苛つくことがあっても、絶対に悪態だけは付くな。絶対だぞ? あと、この間まで盗賊やってたことも絶対に言うな」
これからするのは仲間内の
「大丈夫だ。アタシは何処でも上手くやれる」
「……」
正直この女には————いいや。女には一番向かない世界だが、そういう経験を積ませぬ限り社会性は身に付かない。ウェイは女性の社会進出を応援する男だ。
(その根拠の無い自信が一番心配なんだよなァ……あっ、そうだ)
ウェイはハタと思い出し、懐から一枚の紙を取り出す。
「ほらよ。新人はこれ読まねーとダメなんだ」
呂晶は紙を受け取り、怪訝な顔を作る。
「何だこれ、
昨今の宋は印刷技術の発展が目覚ましい。レンガのつなぎに使う
「花雪象印商隊、近接護衛之掟……こんなもん配ってんのか?」
とは言え、手間と単価の掛かるものである。口で言って聞かせる
ウェイは人差し指を立て、おそらく過去に自分も受けたレクチャーを行う。
「まず、この商隊のルール其の一だ。〝積荷は人の命より重い〟」
「へっ……そりゃ、そう思ってる奴にはそうだろうけどな」
呂晶は聞く耳を持たないどころか、紙を放り捨てる。説明書を読まないタイプだ。
「あっ……! お前、そーゆートコだぞ、お前っ!」
『ルール』や『決まり』といった言葉は、この女に使ってはならない。絶対破るからだ。
レクチャーは其の一で終わってしまった。
ウェイは紙を拾い、埃を払いながら言う。
「ったく……俺には構わんが、幹部とか
その名前を聞いた途端、呂晶の顔から薄ら笑いが消える。
「それ……この隊商仕切ってるって言う、十代の子?」
「そう、その女の子だよ————たった一年で、ここまで商隊を大きくした子だ」
ウェイは苦々しい顔で頭を掻く。
「お前にも、あの子を見習って欲しいんだがなァ……」
「ふーん————」
呂晶は他人と比べられるのが嫌いだ。比べられるのは結構だが、自分が上でなければ許さない。
「小娘が仕切る隊商ねぇ……アタシはこれから、
ママゴト
に付き合わされる訳だ」よって、悪態を吐く。
「言うと思ったぜ————だが、そうでも無いぞ」
「
待ってましたとばかりにウェイは言う。
「この商隊は今まで、
一度も荷を奪われた事が無い
」その言葉に、また呂晶の薄ら笑いが消える。
「……なんだと?」
大抵の商隊は————いいや。軍の輸送隊でさえ、襲撃された際は幾らかの積荷は切り捨てるものだ。
「言うなれば
安全神話
だ。それで評判になって、商隊が幾つも傘下に入ってデカくなったんだ。実力は折り紙付きだぜ」呂晶はウェイが言った言葉を反芻する。
「安全、神話……」
安全とは即ち、『呂晶のような盗賊に対して』という意味だ。
「安全なんだから、乗れば絶対儲けられるだろ? 出資してる金持ちも相当いるって話だ」
「どんな奴だ。その十代の小娘ってのは」
呂晶も真剣に問い返す。〝確実に勝つ〟とまで言われては、敵として無視できない————今回は味方だが。
「なんつーのかなぁ~、こう……
楊貴妃みたいな人
だ!」「————ッ!!」
「上手く言えんが、これが一番しっくりくるぜ!」
呂晶の顔が病笑に染まっていく。
(出やがったなァ……!)
流言飛語の機会だ。
(ちょっと可愛い女を見れば、すぐ楊貴妃————ッ!! この脊髄楊貴妃反射野郎が!! そのナンパ文句、もはや死語だと判らせてやる!!)
楊貴妃に脊髄反射しているのはどう見ても呂晶だが、その呂晶は周りにも聞こえるよう大きく息を吸って叫ぶ。
「いーい、ウェイッ!? 歴史の勉強したことも無い、アントゥは知らぬぁいどぅあろぉうけどッ!!!!」
ウェイは呂晶の言葉を聞かず、
「おい……おい! 呂晶……っ!!」
呂晶の肩に『高速肘打ち』している。