†死線と永炎† 新世代の後に残る物
文字数 4,140文字
世界を動かそうと思ったら、まず自分自身を動かせ────
ソクラテス
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「────よう、景気良さそうじゃん」
真夜中の旅団首領、
「クソッ、新手の賊か!」
商隊員達も最大限の警戒を払う。
『なに!? 倒したばかりだぞ!』
『あれ、ソイツ……』
そこでは一人の女盗賊が、ジトリとこちらを見つめていた。
「呂晶じゃねーか……何やってんだ、お前!?」
ウェイの言葉に、馬車上の
「あら、奇遇ね。元気にしていた?」
『呂晶!? お前、趣味悪いぞ……』
この女はよく訳の判らない事をするため、ある意味いつも通りだ。
『一瞬〝ドキッ〟としたぜ……もう、こんなイタズラするなよ?』
刃物を持って徘徊する、死んだ魚のような目をした麻薬中毒者————そんな者が現れたら通常、空気は最大級にヒリつくものだ。
けれど和やかな行商が優しくさせるのか、タチの悪いドッキリにお咎めも無い。どころか、
「お前、まだ盗賊やってたのか。捕まっても
ウェイ達にとってはある意味、素敵なサプライズになったのかもしれない。
そのサプライズ娘は無言のまま、無愛想に歩み寄る。
まるで盗賊のように————いや、盗賊なのだが。
「……」
ウェイに一抹の不安が湧き上がる。
(このメンヘラも、さすがに俺らは襲わねェよな……?)
むしろ幹部の
(あり得る……コイツならもしかして、万が一……)
ウェイの脳裏に呂晶の入団日がよぎる。
『偏差値六十がアタシに偉そうにするんじゃねェ』
そんな訳の判らない理由で殺し合いを挑み、初日から幹部の地位に居座った、イカれたコイツの姿。
(身構えるべきか……いや実際問題、身構えるのも失礼っつか────……)
ウェイが逡巡する間にも、呂晶は
「おっ、おい!?」
通り過ぎた。
「何してんの、行こ」
「お……おう」
ついて来る。盗賊が仲間のように————いや、仲間なのだが。
ウェイは周囲を警戒しつつ、重い口を開く。
「……お前も、ついに興味湧いたのか?」
「……」
返事が無い。
「にしても良いタイミングだったな。今日は天気も良いし、絶好の交易日和だ」
「……」
いつもあれこれ五月蝿い癖に、これでは只の盗賊のようだ。
(何なんだよ、
〝何でもいいから喋って欲しいもんだ〟と思うウェイに対して、呂晶は、
(コイツら……賊が一緒に歩ってんだぞ。何ヘラヘラしてやがる?)
仲間の〝危機感の低さ〟にイラついていた。
(みんな変わっちまったな。前はもう少し、ギラギラしてたって言うか……)
「────襲われる?」
〝喋って欲しい〟と思っていた所に喋られ、ウェイは動揺する。
「ん、えっ? なんだって?」
「だから……さっきみたいに、よく襲われる?」
「ああ、見てたのか。そうだな、あの手の輩はけっこう来るぞ。勝てないと判るとトンズラしてくが」
呂晶は心の中で溜息を付く。
(勝たれたらお前ら、どうするつもりだよ……)
まあ荷を置いて逃げるのだろう。結局、盗賊とは荷を奪うのが仕事だ。ウェイ達も
ガチ
で利益を狙っているワケでは無い。「ちっ……」
盗賊どころか、商人さえも腑抜けている。
「……────儲かってる?」
「利益か? おう、ビックリするぐらい儲かるぞ」
「……そんなに?」
「ああ。あっちで余ってるモンが、こっちじゃ高級品だからな。申し訳ないくらいの値段で売れるぜ」
「へぇ……」
「みんな金はあっても、物が足りてないんだろうな。インフレってやつだ、インフレ」
「……」
また押し出まる呂晶に、ウェイが怪訝の表情を作る。
(コイツ……こんなに大人しい奴だったか?)
それでもウェイはめげずに、呂晶の気を引きそうなワードで会話を広げる。
「〝黄巾〟も〝死線〟も引退して、賊もバラバラになったからな。お前も一人じゃ出来ること無いだろ?」
黄巾賊————それは十数年前、三国志の幕を開けた農民達に畏敬を込めて立ち上げられた、
現代の
盗賊集団。三国志と同様に鎮圧されたが、彼らが確立した襲撃方法や盗品売買ルートは現代盗賊達の基礎となっている。いわゆる〝大盗賊時代〟の幕を開けた者達だ。「……死線?」
そして、死線————黄巾消滅後に〝新世代〟として名を挙げ、国を揺るがすまでに成長した盗賊集団。その
けれど美形の青年、風格の中年、危ない女などなど擁する死線は、ワルに憧れる不良達のイカしたスターとなり、対を成す治安維持組織『旅渦武侠魂』と人気を二分するほどであった。
「俺らも〝戦力が足りない〟って、よくお呼ばれしたよ」
呂晶があからさまに気を引かれた顔になる。
「えっ、死線に? 噓でしょ?」
呂晶くらいの世代は皆、死線と旅渦の容姿や戦績を比べ、どちらが強いか議論したり、好きな武侠の似顔絵を描いたり、衝突の噂を聞き付けては見物に行く命知らずの追っ掛けまでいた。
「
どっちも
だ。ウチは最初から職自由がモットーだからな。つっても、死線側のが面白かったから、ほぼ死線だな」「……」
呂晶は死線の、大型の矛を駆る『永炎』という武侠の大ファンだった。
彼と肩を並べることを夢想し、彼の影響でこの道に入り、修練に明け暮れ、いざ肩を並べられる頃になり————
「
(迪……死線の頭領……!)
その死線の頭領が突如、結盟の解散を発表した。
死線は一夜にして散り散りとなり、憧れの永炎も表舞台から姿を消した────いや、裏社会から表舞台に移ったのか。
今では彼らの存在自体が夢だったかのように語られるが、呂晶にとっては夢では無い。
「……」
呂晶が見つめる己の大刀。
それは憧れの永炎が愛用し、彼にダメ元で頼み込んで〝お古〟を頂戴した物だからだ。それは偶然にも、死線の頭領が解散を発表する前日だった。この譲り受けた大刀で、これからという時に、彼らはいなくなった。
「ホント、大変だったぜ────こっちもスゲー面子だったが、相手も聞いたらチビるような大武侠が〝ズラリ〟だったからな。俺は後方からビクビク外功で援護したよ」
(
年齢を考えれば確かにその時代だ。この偏差値六十程度の連中に声が掛かる位なのだから、気功武侠を総動員するほどの激戦が続いていたのだろう。
「
アイシャ
は結構、頼られたから、俺らはアイツのオマケみたいなもんだが」話には聞いていたが、いざその生き証人を見ると、今までと見え方が────
(……どうしようもねぇな)
────変わらなかった。死線と共に戦ったコイツらは今、クソのような行商をしている。一体コイツは何を学んだんだ。
(小国と言えるほどシマを広げ、皆ビビッて、行商さえ出来なかった時代……それは
結果論
だ)死線だって、ゴールドなんたらロジャーだって、最初からそれを目指していたハズが無い。〝何か〟に身を投じ続けた結果が、たまたま〝そう〟だっただけ。
自分が知りたい〝何か〟は益々、蜃気楼に覆われてしまった。
「……アタシも暇だから護衛する」
呂晶の言葉に、ウェイは歯切れの悪い声を返す。
「ああ……そいつは有り難てぇな。有り難てぇんだが、そのなァ……」
その歯切れの悪い言葉に、呂晶はイラついた声を返す。
「なに?」
「その……格好が、な」
黒装束————黒である必要は無いが、色々考えるとこれに落ち着く盗賊衣装。
商人と盗賊が仲睦まじく歩いていても、良い噂は立たないだろう。
「ああ、これ? もうイラネ」
呂晶は羽織っていた衣装を歩きながら脱ぎ出し、
「よっ、と────」
草むらに放り捨てる。
初めて着る時はワクワクしながら袖を通し、色んな思い出が詰まった
「その三輪、いいね。アーシも付けようかな」
「こいつは護衛の印だ。組合の
これを身に着ける事は即ち、
敵対勢力に寝返る
ことを意味する。「ふーん……左右対象じゃなくて、横向けたら良いかも。片羽もがれた蝶々的な」
呂晶が言ったような物を思考兵器として運用する人型機動兵器が、遥か未来、ひとりの天才大尉の協力により製造される。
「いやぁ……それはどうかと思うぞ?」
「えー、絶対カッコイイよーっ! ウェイ、センスなーいっ!」
(まあ、いいか。コイツが自分から仲間の輪に入って来るなんてな────)
刺々しい奴だったが、少しは柔らかくなったのかもしれない。
「よし、呂晶! お前、何運びたい?」
「
「せっかくだから次は、お前が選んだモンを運ぼうぜ!」
ウェイは、子供が自分の趣味に興味を示した時の父親のように。慎重に、子供の興味を損なわぬよう、子供の要求を叶えつつ————自分の知識を自慢する。
「値の移り変わりが激しいから、先見眼がいるんだ。出発した時と着いた時で相場が全然変わってたりするからな!」
そんなウェイとは対象的に、
「……」
呂晶は引っ越すことになった、大して話したことも無いクラスメイトへの寄せ書き文章を考えるような顔で答える。
「……
その言葉にウェイの顔が歪む。
「たァねもみィ~~~?」
普通の回答は来ないと思っていたが、それでも予想外だ。
知識をひけらかしたかったのに、逆に質問してしまう。
「そりゃ、初めて聞いたぞ……さすがにどこも自作してるし、無けりゃ国が貸し出すだろ。逆に一番
行商に向かない物
じゃないか?」呂晶は冷めた笑みで、独り言のように呟く。
「やれば分かるよ————……」