†零叄† 真実が残酷な理由
文字数 4,412文字
愛する者を守る戦いは正義じゃ無い。戦争ってのはいつの日も、愛する者のために起きてんだ────女が戦争を
女盗賊
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「今……何と……言った……?」
幼女は先の割れた細い舌を出し入れして言う。
『うぬに付いた、うぬの
神武に付着した月英由来の繊維や分泌物、更にそれが発する〝中性子線〟を解析している。
『物を無に還す、死は過程────いわゆるオーバーキルなの』
月英を蝕む毒とは、ウランと【ある物質】を混ぜた放射性物質。
それは月英の身体と融合し、身体を焼き払おうと消えることは無い。
『うぬが来た時から気になってたの。治すの無理なの。
ワシも生き物だもの
』アンチ・マテリアル・ライフルで頭を撃ち抜かれた者や、戦車の75mm砲が直撃した者がいても、誰も衛生兵や救急車など呼ばない。
高濃度の放射線も、解毒剤とかワクチンとか、そういう話では無いのだ。
「……」
月英の白血球は既に壊滅状態であり、不治の感染症を併発し、もはや手遅れも良いところ。
脊髄は血管腫に侵され、麻痺と断続的なショック症状と中枢神経症状────つまりはあらゆる苦しみを受けながら、皮膚壊死や内臓出血まで始まっている。この時代では手術など出来ようもないが、造血障害のため手術も出来ない。
壊滅していく身体で最後に残るのは、新陳代謝の少ない機関────すなわち脳と心臓であり、どれだけ症状が進んでも、苦しみだけは最期まで苦しい。
死だけが救いにも関わらず、何故か可能な限り延命させ『究極の拷問』を行う日本でなかった事がせめてもの救いだろう。
『ひと月は繋ぎ止められるの。身体も少し戻るの。でもまた、崩壊していくの』
『一瓶百貫文は下らぬ』と言われる白霊の血液も、見方を変えれば毒と同じ。
万能薬など存在しない。医療には限界点────いや、臨界点が存在するのだから。
『
これを言う為にこの姿になったの
』神武は朧げながら理解し、膝を落とす。
『意味の無いことをしていた』という事実に。
「ひと月しか……ひと月しか保たないと言うのか……」
苦しみを一ヶ月伸ばすことに、意味はあるのだろうか────
月英よりずっと先に死んだ
。「これを飲ませても……ひと月後に……月英は……!」
苦しみを一ヶ月伸ばすことに、意味はあるのだろうか────
友を殺し、実行犯の苗族を殺し、ついでに無関係の苗族も虐殺し、違法な拷問を行い、制止する同族も問答無用で殺し、人生を捨てて鬼と化し、藁にもすがる想いで陰気な井戸を降り、やっと手に入れたのに────こんなエンディングが最初から決まっていたなんて。
〝世界を敵に回しても助ける〟
自分が立てたその誓いすらも、所詮は『構ってちゃん』の戯言だったのだ。
「厳しい……厳し過ぎる……」
主人公を復活させてからラスボスを倒そうと、
主人公不在でラスボスを倒そうと、
黒の夢ルートでラスボスを倒そうと、
シルバードで突入してラスボスを倒そうと、
海底神殿の負けイベントにすら勝利しようと、
月英の死は悉く決定して────いや、
していなかった
。「俺の
助ける
沢山あった
。最初に
苗族を討伐して諍いを作った時、復讐者を返り討ちにした日々、月英を人質に取られた兄・二十六年のどこかで自分が死んでおけば良かった。
月英を振り向かせようと『最強』を目指していなければ、誰の恨みも買わなかった。
月英を諦め、ほどほどの女で満足する。それだけでも良かった。
(何も悪くないのに……犠牲にされた……)
『最強の俺がここまで想っているのに、なんて高飛車な女なんだ』
そう思っていた。
そんな所が魅力だった。
月英に自分以外の男が寄り付かなかったのは、自分が貼り付いていたから。
只の迷惑だった。
こういうのをストーカーと言うのだろう。
(月英は高飛車な女じゃ無い……俺が嫌いなだけだった……)
けれどいつだってそう。真実は残酷なことばかり。
何故ならば————
『
また来れば?
』神武は顔を上げる。
「……っ!?」
その形相に気圧されたのか、白霊は右手と千切れかけた左手で制止する。
『待つの、違うの────……』
「……?」
白霊は言葉を選ぶ。
『ひと月に一度……月英とやらの元に赴くことを
許す
の。経過も見るので、月英とやらの細胞……髪の毛を持ち帰るの』白霊は千切れ掛けた手────腕で命ずる。
『以外はワシを
守れ
、なの』開きっぱなしの蛇口から、地面に血溜まりが広がっている。
『
これを言う為にこの姿になったの
。さっきの嘘なの』「……」
神武が考えているのは、今では幼女
以上
に流暢になっている白霊の言語習得速度に対してでも『命令』に対してでも無い。この溢れ出る生命力————そして〝月に一度〟という
継続性
のある言葉。(月英を生かし続けたくば人間を裏切り……化物の配下になれと……?)
想像していたものとは違っていた。
(何という、僥倖……!)
相手が望んでいるかはさておき〝世界を敵に回しても助ける〟と誓った。
何もかも捨てた今、味方が一匹いるだけマシだ。
「……腕の血を止めろ」
神武は立ち上がる。白霊も顔を上げる。
『こんなの、かすり傷なの』
神武が再びしゃがむと、白霊も顔を下げる。
神武は青白い手を優しく持ち上げ、白霊の顔をまっすぐ見据えて言い直す。
「止めるんだ」
白霊もまっすぐ言い返す。
『守ってくれるの?』
「ああ、だから止めろ」
『裏切らない?』
「しつこいぞ。早くしろ」
『むぅ……』
不満気な顔と共に傷口が盛り上がり、あっという間に融着する。その後も骨や筋肉が繋がっているのか、手首と指が奇妙に蠢く。
神武は溜息を付くと再び立ち上がり、幼女の裸から目を背ける。
「それと────もうその姿にはならなくていい。混乱する」
白霊は蛇のように腰をくねらせ、神武が向いた先に顔を置き、
横目で
見上げる。長い黒髪が垂直に垂れ下がる。
『ダメなの。この姿は
うぬの希望
なの。むしろもう元の大きさには戻らないの
』「……」
数瞬、思考停止した後、神武は問い返す。
「……なんだと?」
そもそも他人に擬態するのは肖像権違反だが、この化物は〝お前の希望を叶えた〟ような言い方だった。
白霊は目を合わせたまま横に一歩進み、身体を正対させる。
『うぬはひと月に一度、つがいの元に趣き、その使命に永遠に束縛されるの』
(今————〝永遠〟と言ったのか?)
神武はその言葉に『認知的不協和』を感じる。
反抗の感情では無く『不可能』という反論の感情。
(人の意志は、永遠には束縛できん……〝もう嫌だ〟〝やめた〟と思えばそれまでだ……)
今しがた打ちのめされる程、他者の意思の放蕩ぶりは知っている。
恋愛感情も継続期間は二年だけ。その期間に『変化』や『功績』という更新が成されない限り、恋愛感情は消え失せる。
親が子を可愛がるのも『成長』という更新が続くからであり、成長が止まって二年もすれば家から追い出し、二年もすると〝たまには実家に帰って来なさい〟などと言い始める。
なのにこの化物は、その〝もう嫌だ〟〝やめと〟と思わせない方法に、検討が付いているかのような口ぶりだった。
(この化物が、千年生きていることは知っている……)
たかだか五十年の人間とは違う。
では、この化物の『たかだか』とは、何年なのだろうか。
(なぜ、
猫は一歳で、人間で言う成人にもなる。ならこの化物の『千歳』とは────
この全長100kmの化物が、
まだ幼体だったとしたら
。「……」
血を与えられ、生かされ続ける月英。
月英が〝もう良い〟と言う。
自分が〝もう嫌だ〟と投げ出す。
月英より優先するものが出来る。
(そういったもろもろの可能性を潰す、束縛……)
人間の感性を捨て、人間とは違う『束縛』の意味を考える。
『〝
幼女は身体を左右に振り、神武の身体を観察する。
『うむうむ……二十六で十分、逞しいのじゃ。ワシの歳になったら楽しみなのじゃ。〝人間はそんなに生きんぞ〟』
「……」
『────という顔をしたのじゃ』
「……っ!」
思った。一語一句
タイミングが合い過ぎて、幼女が言ったと気付くのに数秒掛かった。
『うぬしにもワシの血を入れるのじゃ……ヒュヒュヒュ……』
「……」
月英を生かせるのに、喜ぶべきか判らない。
自分はこの白い悪魔と、恐ろしい契約を交わそうとしているのではないか。
『ワシの血は【意思の溶媒】なのじゃ。身体に回ると意思ネットワークを構築────液体神経なのじゃ』
何も信じられない、信じてはならない。
こいつは人間の姿をしていても、人間では無い。
『〝イメージによる自己進化〟は知ってるのじゃ? 【引き寄せの法則】なのじゃ』
〝そんなこと知るか〟と思うと同時、白霊が指を一本立てる。
『生き物も、物も、物なのじゃ。生命の最小単位が意思であり、意思が固まると動物になる。元気があれば
何でも出来る
のじゃ』月英が治らないのは『元気が無いから』と言いたいのか。
訳の判らない事ばかり講釈して、まるでこっちが馬鹿みたいだ。
『ワシの血を入れ続ける物は、死すことは無いのじゃ。たぶん────いや、絶対』
幼女は診察でも受けるように口を開き、細長い舌を見せ付ける。
『
ジョークで
無ければ
逆に笑えるが。『じゅっ!? ……ヨダレ垂れたのじゃ』
「御託は良い────」
神武は硝石を握り締める。
「俺は早速、こいつを月英に届ける。髪だけ持ち帰れば良いんだな?」
白霊は硝石の横に顔を置き、指を一本立てる
『門限はきっかり、一日なのじゃ────なのじゃ』
大事なことなので二回〝なのじゃ〟した白霊を、神武は睨み返す。
「……厳しい条件だな」
白霊は脅しにならない脅しを行う。
『過ぎたら此処への道を根で閉ざすのじゃ。閉ざせるか判らないけじょ……』
「脅す必要は無い」
〝俺は約束を守る男だ〟そう言いたいが、気持ちだけでまだ何もしていない。
『やっぱり、戻って来ないと寂しいのじぇ、二日にしてあげても────』
それでも、
「ひとつ言っておく────」
それでも、
『ふあ?』
それでも、人間を言いなりに出来ると思っているこの化物に何か言い返してやりたい。
「月英の目はそんなに大きくはない────お前の擬態も完全では無いようだな?」