†寒月† 見るハラ? 見せハラ?
文字数 6,211文字
「楊貴妃って子はね! ホントは小便漏らすわワキガはヒドイわ、
臭っさい女
ってのが! 専門家による! 歴史的且つ! 公式的且つ! 決定的見解であ————っ」叫びながら真横の『気配』に振り向き、叫ぶ。
「おわぁぁぁ!?」
そこには女の顔————少女のようにあどけない顔が鼻が触れる距離にあった。
その女子も呂晶に驚いたのか、身体を痙攣させる。
「……っ!」
オカッパ頭の上にはお団子、鼻の上には『円形硝石を針金で固定したような装飾具』を乗せている。その硝石の向こうにあるパッチリした目をぼんやりさせ、女子は呂晶を覗き込む。
ウェイは再度、肘打ちを食らわす。
「呂晶……挨拶、挨拶……!」
呂晶は軽く手を上げる。
「ハァイ、やっほー……
突然だったので、つい最初に目に入った物の感想を述べてしまう。
突然だったが、横のウェイの必死さが否が応にもそれを判らせる。
(コイツがあの……マジで小娘じゃねーか。こんなんで大丈夫なのかよ?)
その時、呂晶の胸に触れていた『何か』の感触に気付く。
「……え?」
腕や身体ではないし、物にしては形に心当たりが無い。
堅いのに瑞々しいクッション性のある、少しくすぐったいような、とにかく不思議で印象に残る感触────
その感触の源に視線を降ろすと、自然と目が見開く。
(てか、
胸デカ
ッ!)あばらとキャミソールタイプの胸甲に挟まれ、呂晶の胸にも押されながら、それらを優しく押し返す、張り、柔軟、ボリュームに満ち満ちた謎の物体。
(なんなんだ……! この、〝今がもぎ時です〟〝早くもぎ取って〟〝もう待てない〟と言わんばかりに主張してくる乳は……!)
窮屈な二つのスライムが作りし渓谷────
それは〝谷〟と表現するより『∞』『ƆC』『З』といった記号で表現する方が近いが、それでも表現し切れない。
目に飛び込んで来て一瞬なれど、一瞬で全てを理解させる存在感。
(あ、そっかぁ~、胸甲を仕立てた後も成長中なんだぁ~、だからこんなに窮屈なんだぁ~、ふ~ん、エチムチの実を食った能力者かぁ~、なるほどぉ~、へぇ~~~)
このあどけない少女は、
寝ている時も、
朝起きて伸びしている時も、
日中に動いている時も、
風呂に入っている時も、
また寝て起きる時も、
富める時も、病める時も。
一秒たりとも休まず、抑制せず、傍若無人に、ワガママで、けしからん自己主張を続け続ける『それ』と『共生』しなければならないのだ。
(苦労……してんだなァ……)
誇りと尊敬さえ抱く『それ』を見つつ、目の焦点を〝ユエ〟こと
気付けば『姿勢』は真っ直ぐで、それでいて緩やかで、清楚で、礼儀正しく、育ちの良さをどこまでも感じさせる。
されど、学級委員長のような姿勢が描くカーブはその実、真面目や規律とは真反対。曲がりに曲がった卑猥あふれる邪悪な曲線。『礼節正しい』という概念そのものを冒涜しているような、真っ直ぐ
だからこそ
強調されていくエチエチ規律を重んじる身で
真っ直ぐな部分が一つも無い
など、一体どういう了見なのだろうか。いや────たったひとつ『眼鏡』の無機質な質感だけが、かろうじて規律を保っている。
これぞまさしく『優等生』の象徴なのだ。
なのにその優等性さえもが『肉感溢れる三つ編み委員長の裸体に靴と靴下だけを規律正しく履かせた姿』のように、極限に慇懃無礼な背徳感をもたらしているのだ。
(なん……って
けしからん
……この世にこれ以上けしからん物が、あろうハズがございません……!)制服、ブレザー、伝統衣装、礼服、軍服、喪服、鎧。
どれだけ規律正しい服を着せようと、この娘は全てをけしからん事にする。
最早、けしからんそのもの────
けしからんの化身、
けしからんの擬人化、
けしからん妖怪。
この邪悪で冒涜的な小娘に厳しく律する方法は、この世界に存在しないのか。
古来より受け継がれる由緒正しい『規律』は、『けしからん』に敗北するしか無いのか────
(え、マジで? そんな奥まで見えんの?)
向かって谷間の下部、〝人〟の字のような柔らかなデルタ地帯。
その歪んだ三角形が、偶然が合致してしまった視角が、たまたま絶妙に深部まで侵入した太陽光が、『見てはいけない物』を呂晶に見せた。
(今、ヘソ見えたんだけど……)
規律正しい軽装鎧。その下にこれまた規律正しい厚手の白シャツを着込んでいるのに、通常なら絶対見えない遥か遠方に存在せし『ヘソ』まで見えてしまった。
そう、〝見えて
しまった
〟のだ。不可抗力なのだ。
そんなデルタ地帯を
けしからんのはこの娘なのだ。
こちらは『見せ付け』られただけなのだ。
信じてくれ。
なのに現実は『無実の見て
しまった
者』が悪人とされ、〝見るハラ〟などと犯罪者のレッテルを貼られ、謝罪と賠償を要求され、社会的地位すらも失墜させられる。全く以て、馬鹿げた話────
相手を冤罪を着せ、犯罪者に仕立て上げ、盗人猛々しく謝罪と賠償を要求し、社会的地位まで失墜させる行為など、もはや単なる『無差別攻撃』
真の犯罪者はこの小娘の方なのである。なのに政府も、警察機構も、この犯罪小娘の味方をする。
では、何か────?
この小娘が裸で歩き回り、男達が、コーラを飲んだらゲップが出るが如く注目してしまえば、男達はその度に『セクハラ罪』として、謝罪と賠償が強制されるのか。
男達はそれを防ぐため、女を見ないよう必死に目を逸らすか、いっそ何も見ないよう目を潰すしか無いのか。
この小娘は一体、何様だ。
女とは、裸で練り歩くだけで金が徴収できる世の中に変わるまで、不当な権利要求を続ける気なのか。
〝裸で外を出歩く解放感を奪うなんて女性差別〟などと抜かすのか。
それが貴様らの目指す『女性の社会進出』か。
女型の進撃の巨人か。
権利を叫んで座標の力を行使するのか。
雌の分際が自惚れるな────
無差別攻撃を行う雌犯罪者を偉人のように奉り、権力を与え、その権力にあやかる政府警察など、もはや『侵略者』
明治維新を見習い、政府警察に対し、直ちに戦争を仕掛けるべき。
それこそが子々孫々の、民族の、国民の為である。
どんな理由があっても戦争は良くない────?
無用な血を流したくないと言うなら、この小娘の犯罪ボディを、人様の目に触れないよう、責任を以て、直ちに、然るべき処置を強制するのだ。
こちらは子々孫々、民族、国民の未来を背負っているのだ。
大義は政府警察にではなく、我らにあるのだ。
我らこそが、新政府及び、新警察機構及び、新国防軍の設立者────建国の戦士。
戦え。
あるべき人権が欲しいなら、政府警察と戦え。
戦争が嫌なら、この犯罪ボディを直ちにぐるぐる巻きにて包め。
戦争か、ぐるぐる巻き────二つに一つだ。
ああ、そうか────
そうだったのか。
だからなのか。
この小娘を
けしからく無く
する唯一の方法。それは、
(女体を徹底的にヒジャーブで覆う、ムスリムは正しかった!)
そう────
雌を犯罪者にさせない事。
それが本当の救済。
本当の優しさ。
世界から〝テロリスト〟と蔑まれる、彼らは正しかった。
真理に反逆せし悪しきテロリストとは、我らの方だったのだ────
ムスリムへの改宗に想いを馳せ、呂晶が〝ガン見〟していると、寒月ことユエは、怪訝な上目遣いで身体を傾け、自身の巨乳を抱え込むように、
「……」
拳を谷間へ押し付けた────
その行動に呂晶の目が見開く。
「……────っ!」
ボリューム激しい恥部を抱え込もうにも、か細い腕では
抱え込めきれていない
。だから谷間に拳を押し付ける『心臓を捧げるポーズ』になってしまうのだ。隠しているのはせいぜいが『谷間の線』くらい。
全然隠せていない。
九分九厘隠せていない。
よくよく考えれば、心臓から立体的に遠い、胸甲を押している。
心臓も捧げきれていない。
むしろ拳を押し当てたことで、胸甲が巨乳をますます左右に押し広げた。
結果的に『隠すべき恥部の面積』を、みずから増やしている。
みずから見せ付けているも同義。
(コイツ、今……〝私のオッパイそんなに見ないで〟みたいに……
嫌がりやがった
のか!?)またも容易く行われた、えげつない犯罪行為────
呂晶の胸に耐えがたき怒りが込み上がる。
(こんな卑猥なモン、ふたつもおっ付けて、テメェが
被害者
ってか……ッ! どう考えてもテメェが加害者
だろうが……ッ!)二つのイスラム────じゃない、スライムが、今にも胸甲から溢れ出す。
いや。既に溢れ出し、零れ出しているが、液体のようで液体ではないため、零れるのか零れないのかハッキリしない。
こんなに憎んでいるのに、みずからの手で受け止め、助けてやりたい。無理やり押し込み、押し戻し、完全なる封印を施してやりたい。
そのまま助けた報酬として、更に〝ぎゅむりぎゅむり〟と揉みしだき、
(押し込んでいなければ……どうなっていたか……厳しく教え込みてぇんだよぉぉぉ……ッ!!)
一方、自身の巨乳を抱え込む犯罪内包者・ユエは、その肉感溢れる姿とは相反する、まるで小動物のようにか弱い上目遣いにて、眼鏡に映る相手におずおずと言葉足らずの質問を行う。
「……誰……?」
その姿は上司とは思えぬ、只の被害者────腰には被害者が扱えるとは思えぬ『剣』を腰に携えている。
その弱々しくも慎ましい『雇用主』に対し、呂晶は、
「ハァ~~~ン?」
眉間に皺を寄せ、威圧を返す。
(んだコラ、テメェ? 犯罪者の癖に無愛想な眼鏡だな————)
そして、
(胸がデカけりゃ上下関係疎かにして良いと思っとんか? 先輩のアタシが〝ハァイ〟つったら、後輩は壊れたエクスマキナみてーに〝ドーモハジメマシテコンニチワッ! ドーモハジメマシテコンニチワッ!〟だるぉうがよッ!?)
という憎しみと愛情混じった声を
飲み込む
。(ダメだ────ダメなんだ、アタシ!)
此処では『シメる』だの『シバく』だの、『先輩を見掛けたらどんなに遠くにいても大声で二回挨拶する』だのと言った、盗賊流の礼儀は許されない。
それ以前、相手が上で自分が下だ。
(アタシ、順番を間違えるな……〝アタシは下、テメーは上〟だ……!)
従業員に威圧されて怒ったのか、雇用主のユエは愛くるしい顔を〝ムッ〟とさせ、健気な反論を行う。
「……楊貴妃が臭いなんて、聞いたこと無い。あの人は、お香が好きだっただけ」
「ッ!!」
目を見開いた呂晶に、ユエは続けて言い放つ。
「アナタは、もっと
歴史の勉強をした方が良い
」「ッ!!!!」
呂晶の眉が、再び八の字を描いていく。
(こォ~~~ンの、ガッキャァァァッ!!)
歳下に知ったかぶりされる————呂晶の『許せないランキング10』に入る出来事だ。
これが盗賊同士であれば、即座に『首絞め大外刈り』にてマウントを取りて、口内へ大刀を捩じ込み、
(もっかい言ってみろやァァァァアァァァンッ!!!? 〝モゴモゴ〟じゃねんだよッ!! 言うことあんだろガッ!! 教養無ェのかテメオラァッ! アァァァンッ!? もう二度と喋れねェゾラァンッ!? アァッ!? 聞こえねんだよッ!!)
と、狂ったように謝罪と賠償を要求する場面————
しかしユエは『雇用主』であり、呂晶は『盗賊』だったことを口にしてはならない。よって、
「へっ、へっ、へぇ~……そそそそぉなんだぁ~~~……ごっ、ぐぉっめぇ~ん……」
と、裏返った声で謝る。
(この、馬鹿野郎がッ! 何やってやがる────ッ!)
見かねたウェイが割って入る。
「……チッス、ユエさん! コイツ、こんなんで俺の結盟なンスけど、こんなんで腕は立つんで、そこんトコシクヨロでオナシャスッ!」
ウェイは『挨拶の手本』を見せるが、こちらも社会人として宜しく出来るものでは無い。
「アナタの、結盟……?」
ユエは大きな瞳で呂晶を見つめ、小さな口を開く。
「真夜中の────両断」
「あ、旅団ス」
「そう……」
怒ってしまった自分を反省するように、ユエは小さく溜息を付く。
そして静かに声を掛ける。
「アナタは、右翼の中列────がんばって」
呂晶は明後日を見ながら、嫌味の極みのような声を返す。
「へぇ~~~い……」
ユエは〝コクン〟と頷くと、規律正しく振り返り、姿勢正しく、スタスタと去って行く。その様はどちらが歳下か判らない。
呂晶はその背にガンを飛ばして想う。
(なぁ~にが、〝歴史の勉強〟だ……! 暗記科目は勉強って言わねんだよ、バーカッ!!)
ウェイは眉間を抑える。
「おい、いきなり〝ハァン?〟とか言うのは止めてくれよ……頼むぞ、責任持てないからな?」
ユエは隊の長として、見慣れない新人に声を掛けに来たのだ。
とても良い娘なのに、そういう女子ほど女子に嫌われるのだ。
「あの子、ずいぶんサッパリしてんのね……てかアンタ何、惚れてんの? キモイんだけど? 此処の連中は全員、あの胸が目当てで、あのケツに付いてってんのか?」
呂晶は年齢こそ二十歳だが、精神は少女のままで止まっている。苛つけば触るもの全てを傷付ける。
ウェイは皮肉を交えて説明する。
「
そうだよ
。ユエさんはな、ああ見えて帝級クラス
の氣功家なんだ。先に言っときゃ良かったぜ……」呂晶は怪訝に問い返す。『級』と『クラス』が重複している事ではなく、
「
あのナリ
でか? 冗談だろ」「ああ。これから言う事も全部、
冗談だ
」ウェイは顔を寄せ、呂晶を指差す。
「お前みたいな〝不自由の中でのせめてもの自由
勢
〟が、よくあの子に挑戦するんだ。でも次の行商の時には、決まってこう言ってる————〝あの人に挑戦したいなら、まず俺が相手してやる〟」「ダッサ」
「この商隊には、そんな奴がもう何人もいるんだ。あの子に刃向かうとソイツらにボコされるぞ? 今も何人かこっち睨んでる」
「そんなヤクサーがあってたまるか……」
そう言いながら周りを見渡す。
(え、まじ……? ヤクサ―の姫?)
確かに、体格の良い数名がこちらを見ている。かなり苛ついた顔で。
『『 ……ちッ! 』』
武侠とは朝廷にも仕えぬヤクザ────そのヤクザが唯一、仕えるのは『義』である。
恩であったり、面子であったり、定義も性質も歪んでいるが常だが、氣功家にとってのそれは即ち『強さ』
孤高の暗殺者は、己より強き者に付き従う————と言ってもそれは古風な風習であり、昨今の氣功家が付き従うのはもっぱら『金』
それでも彼らにとっての『強さ』は、『金』に匹敵する信頼を集めるステータス。
(けっこう強そうなアイツらより……あの眼鏡のが、強いって……?)
これだけの氣功家を従えている。あの娘は強い。
見た目からは想像も付かないが暗殺業界とはそんなものだ。
むしろ『美人過ぎる〇〇』のように、そういう方が信奉を集め易いのかもしれない。
ウェイは感慨深く呟く。
「あの若さで大したもんだよ……おまけに
上流階級の娘さん
ってんだから頭が上がらねェ」「上流ぅ……? 行商してるレベルじゃ知れてるけどな」
呂晶は〝ウチに比べれば〟という言葉を飲み込み、あの巨乳よりも大きい臀部を眺める。
(まあ、コイツみたいな童貞は、ああいうケツがデカくて
田植えに適してそうな女
が好みなんだろうよ)