†マジキモイんですけど† 舞、吊り橋効果、人間階段、斜線陣
文字数 3,630文字
参考画像:台湾チアリーダー峮峮(チュンチュン)、WBSCプレミア12 パブリックビューイング会場より
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(なんだァ? 一人目が四つん這い、次が膝に手、次は坊主が頭をかしげ……って、まさか!)
這いつくばる男を、花雪は冷たい瞳で見下ろす。
「毎度、ご苦労なことじゃ————」
スラリと長い足を振り上げ、
『ぐっ……!』
ゴミのように踏み付ける。
苦悶を浮かべる男に全体重を押し付け————乗った。
そのまま片足でバランスを取っている。
(胸から上が……動いてない?)
硬い靴底でああもグリグリ踏み付けられては、大層痛いことだろう。
呂晶は花雪の
(舞踊のボディバランスか……ムカつく体幹だ)
「次じゃ────」
花雪の声に二人目の男が応える。
『ハッ、どうぞッ!』
人間は動く物を見る際、『最も動かない部分』に視点を合わせる。回る風車なら羽ではなく中心に、といった具合に。
バレエ、フィギュアスケート、アイドルダンス、あらゆる舞が〝なぜ美しいのか?〟と言えば、この原理を応用し、人物のアイデンティティたる『顔』を引き立てているからである。
揺れる
とは言え、踊りながら〝顔をブレさせない〟とは難しい作業である。
この淑やかで健やかで、それでいてエロチックな動きは『胸が大きい上流階級の娘』ほど身に付きやすい。
その理由は、左右の胸が
びっこ
に動き回ると痛く、はしたなく、形も崩れて良いことは無く、それを避けて生活する内に自然と身に付く所作だからだ。呂晶が『何となくムカつく理由』もこれに尽きる。千年後のアイドルも全員、スポーツブラに重りでも入れて練習すれば良いのだ。
(舞を取り入れる門派も多いが、実戦向きじゃない……見た目通りの気
孔
家だな)呂晶が推測する間にも、花雪は次の男、そのまた次の男を踏み付ける。
最後の男は頭を踏まれている。
呂晶は『あること』に気付き、鳥肌を走らせる。
(うっわ……マジッ……キンモーーーッ!!)
踏まれた男の苦悶の表情————それが花雪が足を離れた途端、寂しそうなものに変わったからだ。
(あのハゲ〝うっ〟 つった! 小さく〝うっ〟つったぞ! 感じてんのか……感じてんのか、お前ェェェッ!?)
身体を抱き、二の腕をさする。
(奴隷? その為だけの? いや、アイツら従者じゃなくて『直属の親衛隊』って感じだ……)
いわゆる『人間階段』————
甲
で受け止める役』がいたりと、知らぬ者には意味不明な風習が生まれるものだ。(重装備、やっぱり『直属の親衛隊』って感じだ……もしかして立候補? 立候補ォッ!? 最後の奴、お前その為に坊主にしたんか!?)
花雪がいつものように、簡易な木製座席へ着座すると、
「ヴォエ────ッ!!」
呂晶が
「……っ!」
花雪はビクリと反応し、伏せた顔を真っ赤に染める。
(クソッ、新人じゃな……妾じゃって、好きでしている訳では無いのじゃ……!)
この『花雪専用戦象・昇降
最初は足腰を掴んで持ち上げていたが〝貴族女性にベタベタ触るのはどうなんだ〟というフェミニストが声を上げ、相談の結果、このような形に落ち着いた。
(登るのに難儀していたら手を貸してきて、甘えていたら、なんかどんどんエスカレートしたんじゃ……!)
俯く花雪に、人間階段の一人が声を掛ける。
『花雪殿! 何処かお怪我を!?』
花雪は何事も無かったように、高飛車に返答する。
「あるワケなかろう────馬鹿者め」
恥ずかしさで一杯でも、部下には威厳を保たねばならない。
(身体を触られるのは嫌じゃったから、それは良いのじゃが……)
〝昇降〟の名の通り、降りる際もこれを行う。
その際は人数を増やす決まりもある。降りる時の方が危ないからだ。
(やっぱり、妾がさせていると思うのじゃな————)
花雪は数瞬目を閉じ、それを開くと、広場に指示を告げる。
「……整列じゃッ!!」
各班長が次々に叫び声を上げる。
『整列ゥゥゥーーーッ!!』
『整列ーーー!』
『整列……』
商隊全員が動き始める。
ウェイも二匹の馬を連れて現れ、手綱のひとつを呂晶に差し出す。
「呂晶、早く乗れ。モタモタしてるとあっち側にいけなくなる」
「適当に付いてきゃ良いんだろ?」
呂晶も騎乗し、移動を開始する。
「ダメだ————商人が一列に並んで、護衛は両翼を並走する。俺達は右翼な」
ウェイには慣れた作業でも、新参の呂晶には情景が思い浮かばない。
「〝朝鮮族を殺せ〟て、叫んで歩けば良いか?」
「花雪さんが先頭で舵取るから、俺らは前
「〝先頭の花雪〟って……じゃあ賊が来たら、御令嬢が蹴散らすの?」
意外だ————
御令嬢は中央とかに陣取り、危ない役は他にやらせると思っていた。
「いや。賊が来たら舵切って、斜線陣を敷くみたいになる。弓隊が矢をぶち込みながらすれ違う」
ウェイは身振り手振りを使い、その様子を説明する。
『斜線陣』とは横陣の一種であり、古代ギリシア将軍・エパメイノンダスが、無敵のスパルタを撃滅した際に用いた、世界で最も有名な陣形である。
「賊を早期発見するための物見櫓って訳だ。それに、先頭は甲冑着た古参が守ってる」
「なーんだ……そゆコト」
不敗の安全神話を誇る花雪商隊。
その中でも『最も安全』なのは、やはり御令嬢だ。
「〝陣〟と言っても、進み続けるからな。賊が掛かって来ないなら無視して進め」
呂晶は一瞬で、隊列の『ウィークポイント』を見抜く。
「
後ろに食い付かれたら
?」〝自分ならそこを攻める〟という事。
この商隊は蛇のような陣形で移動し、頭は柔軟に方向を変え、左右は弓隊が弾幕を張る。
だが『真後ろ』に付かれた場合、弓隊はほとんど機能しない。
「それが一番ヤバイ。マニュアルだと、最悪切り捨てる事になってるが……中列の俺らには関係ねぇよ」
「
最後尾は消耗品
ってか。ご愁傷様だ」「ああ。死人も一番多く出てる────」
商人の『勝利』は賊の殲滅ではない。
対して『敗北』は積荷を奪われること。
何人死のうと積荷が無事なら勝利であり、積荷を奪われれば負けなのだ。
死人の多寡は勝敗に影響せず、護衛はまさに『消耗品』
(死人は出しても、積荷を奪われたことは無い……? 〝命より荷物が大事〟ってのは本当らしい……)
安全神話とは『人』ではなく『積荷』に向けられた言葉。
情に囚われず任務を遂行する————民間輸送会社とは思えぬ、傭兵のような意識の高さ。
ウェイは自慢気にレクチャーする。
「新人は後ろから始まって、古参になるほど前に行くんだ。お前が最初から中列なのは、俺が推薦したおかげなんだぜ?」
呂晶は薄ら笑いを浮かべる。
(それじゃあ、中列のお前は
並の評価
ってことじゃねーか)「まあ、色々教えてやるから、やりながら覚えてけよ」
(大体、判った────)
基本は飴と鞭。
従順な者ほど取り立てていくスタイル。
(活躍してのし上がる、みたいのが……男には楽しいんだろうな)
冷めた目で見回し、見慣れない物を指差す。
「ありゃ、何だ?」
車輪の付いた車を引く、二頭の馬。
馬車に似た形態だが荷台がやたら小さく、その荷台にもウインチのような
「あれは
馬を引く馬車
だ。鉤は大体の馬車に付いてる。護衛が迎撃する時は馬を降りるから、そういう時に————」ウェイの説明が終わらぬ内、呂晶は片手で制止する。
「もう判った。興味ねーってことが」
ウェイは〝プンスカ〟という顔をする。
「まったく、お前って奴は……!」
呂晶は興味と視線の矛先を、先頭へ移す。
『ファー殿』
そこでは近衛の一人が、先端に
「うむ」
花雪はそれを受け取るや否や振るい、巨大な腿の辺りに
叩き付けられた戦象は巨大な声を上げ、勢いよく立ち上がる。
『『 ~~~ッ!! 』』
ウェイも顔を向ける。
「うお……やっぱり、いつ見てもデカイぜ!」
人混みから〝にょっきり〟と現れた姿は、まるで召喚獣でも出現したかのよう。
あんなものが先頭を征けば、続く者達の士気も上がるだろう。
「あんなのが何匹もいたら、確かに戦争どころじゃねーよな……昔の連中はよくやったもんだぜ!」
表皮は堅く、中華のなまくらで斬り付けた程度ではダメージは一桁。
どれだけHPがあるかも判らない。
盛り上がるウェイとは対照的に、呂晶は冷めた顔で見つめている。
(所詮、小娘だ————)