†參† 千年さん
文字数 5,725文字
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
十字路の南端。これまでの領にしては狭い、リビングルーム程度の空間に出ると、
「全員、止まれ────」
背中を
「また行き止まり────……じゃあ無いようだな」
この降下作戦に参加している者はイエン達を含め、総勢二五〇名以上にのぼる────と言っても既に半分以上がリタイア、もしくは戦死しているが。
彼らは〝氣功家〟という種別に分類される武侠であり、極東の島国で言う〝忍者〟をもっと軟派にしたような存在だ。花雪やユエのように表の顔を持つ例外も存在するが、多くは裏社会で
そのマフィアと相対する朝廷から今回、イエン達に白羽の矢が立った理由のひとつ────
「こんなにも明るい光が、他の者には
見えぬ
と言うのだからな……」イエン達にはこの迷宮も青白い照明でも焚いたかのように見渡せるが、この直径二メートル強のチェレンコフ光を放つ球体さえ、他の者には〝暗闇〟でしかない。
禍々しい
そのイエンの言葉を、ユエが訂正する。
「私達も別に、目で見ている訳ではない。氣功を司る感覚と視覚が共感しているだけ」
武侠の中でも彼らが〝氣功家〟と特筆される理由は二つ────
一つ、氣功を自然現象へと昇華し、操る技能を持つこと。
一つ、とある【遺跡】を利用し、ユーラシア全土で暗躍できること。
前者は
後者の〝世界に迷惑を掛ける厄介な性質〟については、各地の裏社会や貴族連盟から
「フゥン……やはり、例の【疑似次元門】か……俺が感じたのはコレだったようだ」
イエンは邪悪な笑みに片手を添え、もう片手を
「どうやら俺の底知れぬ才は、風水師の能力まで秘めていたらしい……クックック……まったく【この眼】は、俺の嫌うものばかり寄せ付ける……」
「この【暗黒質】な感触……フゥン……我が左眼よ……そうか、そういう事か……」
おそらく先行した他隊もこれを使い、既に跳躍しているのだろう。
「なるほど……やはり
背後の殺気に振り返り、イエンは正確に報告する。
「本当だ、信じてくれッ! 手が抜けないんだッ!」
花雪は不満気に、【心無きアレ】を収める。
「……────始めからそう申せば良いのじゃ」
肘まで歪みに浸り、動けぬイエンの背に冷たいものが流れる。
(危ない所だった────……!)
人はこうやって、厨二を卒業していくのだろう。
ユエは護具の下で寄れた
「おそらく、炎帝
身体の
ショートパンツを履けばブルマになるし、フルバックの水着は漏れなくTバック化してしまう、不便な身体を持つユエの、フワリとしたショートボブを、モデル系女子が妖艶に撫でる。
「やはり、
「早く、後がつかえてる」
イエンは歪に愚痴をぶつける。
「判っている……男が前だろう!」
どんなものか理解しているが、出来れば使いたくないものだ。
「まったく、尻の重い女共め……」
モタつく背中に浴びせられた、これ以上なく鋭い蹴り。
「────ぐはァアッ!!」
前へ踏み出したのに地面がみるみる起き上がる。そしていつものように木霊する、不気味で、理解不能で、無機質だけど優しい声。
(ご安心ください。、ホツカオ熙・ヌ、ケ、の。、ホツカオ熙・ヌ、ケ、は、隕石に当たる確率より。、ホツカオ熙・ヌ、ケ、で────)
水圧も無い、底も無い、一度沈めば二度と浮き上がれない、そんな海へと沈んでいく。
(量子フラフーププロトコル。、ホツカオ熙・ヌ、ケ、エンゲージ)
銀河が回り、
一瞬か、五億年か過ぎた後────
時空が反転したように、それらは逆向きに経過する。景色が像を結んでいき、落下は坂道を下る感覚に、そして、いつもの慣れ親しんだ重力に戻る────よかった、今回も戻って来られた。
本来はもっと条件を揃えなければ発動しないものだが、これは少し変わった性能を持つらしい。
(またの
東
へ二、三歩よろけたイエンは顔を上げ、この世界に悪態を付く。「クソッ……あのケツのデカさでは、さぞ風水も乱れるだろうよッ!!」
まだ曖昧な聴覚に、ドップラー効果の掛かった声が木霊する。
「 何か……言った……? 」
「い、いや……────ッ!?」
イエンの苦笑いが見開く。
「死体の山だぞ……アレはなんだ、
イエンを〝ジトリ〟と睨むユエも見開く。
「……────ッ!? あれが白い方の、
千年さん
……」景色に焦点が合う中、最初に見た物を報告していく。
「やはり人間の顔……近くにいるのか、遠くにいるのか、判らない……!」
先に飛んだ
花雪もユエに気付き、悲壮の顔を安堵させる。「……────っ! ……眼鏡がズレとるからじゃ」
イエン、ユエ、花雪の順に跳んだのに、跳んだ順番が変わっている。最も気味が悪いのは、この出来事を〝元々こうだった〟とばかりに気にも留めていない当人達。
「まったく、しょうがないのう……ほれ」
花雪はユエの鼻に引っ掛かったそれを取り、胸の内側の布で拭き、また顔にセットする。自分の物では無いけれど、自分の物より優しく扱う。
眼鏡が再起動されたユエは二、三度まばたきし、改めて前方に顔を回す。
「……やっぱり、判らない」
ユエの眼鏡に映る、
一歩、また一歩と【出口】から離れるにつれ、ボヤけた視界は鮮明になり、瞳を輝かせた数十人の武侠と、数十匹の異形の生物が織り成す喧騒が顕わになる。海外旅行先で
道中見かけた白い体躯は此処が終着────発生源のようだ。何本も、何本も、壁面を
「……じゃろうな、妾にも判らぬもの」
その最奥に佇む、真っ白な肌に、真っ黒な髪に、汚れた西洋風ドレスを纏う、儚げな女性────本作戦の最終目標、千年の悠久を生きる白蛇・
「黒髪だった時の花雪に、似てるかも……」
その背には、西洋風ドレスに似合わぬ巨大な十三輪の光背装飾────高い天井から舞い落ちる地下水と、空間を歪ませる氣孔が蜃気楼のように揺れ、さながら〝魔神〟のような存在感を放っている。
「フン、似ておるのは
背丈
くらいのものじゃ」ただし女性と言っても、その大きさは
遅れて現れた、顔色の悪いウェイが返答する。
「良かったな、
禁軍司令官・孫玄とは、今回多くの氣功家を招集した黒幕だ。最初に地方の駐屯兵、続いて禁軍が降下したが失敗したため、ヤクザ者の
口減らしも兼ねて
白羽の矢が立ったという寸法である。そのヤクザ者さえ失敗した場合まで、既に想定しているそうだが────
「ウジャウジャいる……此処で産み出していたのか」
イエンとユエも表情で同意する。
「
白霊の周辺には、白霊を二、三メートル級に縮めたような〝女型の子供〟が数十体、更にその周辺を、腕のあるツチノコを二、三メートル級に拡大したような〝甲殻型の子供〟が数十体徘徊している。
女型の擬態は白霊ほど精巧ではない。けれど禍々しい
上階で出会った中でも最も厄介な二種が白霊を守っている。そして、その二種の合間に散在しているのが────
「あの
上層階の通路に所狭しと並べられ、散々邪魔してくれた、兵や馬を象った像。それらは数千体ありながら一つとして同じ顔は無く、髪型や服シワまで彫刻され、鮮やかな彩色が残っている物さえあった。この辺りの像はかろうじて人型を保っているが『精巧』と言うには程遠い。失敗作でも打ち捨てる場所だったのか。
自分も放り込まれていなければ一風変わったテーマパークにも見えたのだが。
「北東組、ウェイ隊のウェイだ────ッ!」
そのテーマパークの中心で、ウェイが叫ぶ。
「教えてくれ、どうなってる! 始まってどれくらい経つ!?」
壁際に座っている顔色の悪い男が手を上げる。
『こっちだ……ウェイ』
すると花雪は気まずい顔を逸らし、ユエはウェイの袖を申し訳なさげにつまむ。
「ウェイ、あそこ────……」
「お、おう!」
ウェイが駆け寄ると、男が掠れた声を搾り出す。
『北東は、お前らで最後か……? 俺たち、南東も……まだ、そんなに経ってない……』
空洞手前の壁際は、この男のような負傷者の後退場所になっているようだ。いつ白霊の体躯が倒れてきて、肉塊にされるか判らずとも。人は摩耗した時、何かを背にしていたいのが習性なのだろう。
「そんなに経ってない……だと?」
イエンはその陰気臭いエリアを見回し、苦々しい声を発する。
負傷者は二十人はいるだろうか。どれも深い傷を負い、もう助からない————息絶えている者さえいる。
「そんなに経ってないのに……ボロボロじゃないか」
花雪が悲壮していたのは、最初にこの光景を見たからだ。
鬱になるその光景から目を逸らし、活気あふれる前線へ向く────けれど、その戦闘中の者達も疲弊し、戦っている相手は甲殻型のみ。
つまりは〝外縁〟さえ突破できない状態であり、無傷の〝本陣〟が動き出せば全滅さえあり得る────そんな悲壮漂う戦況だ。
「〝誰が英雄に成るのか〟どころでは、無かったようだな……」
ウェイは男の傷に触らぬよう、声を落とす。
「お前ら、どうして戻らない。その傷もスカした軍医がピッチリ縫ってくれるぜ?」
男は声を絞り出す。
『そいつは嬉しいが……出口が全部、アイツの
根
で……その「……
ウェイが驚き、周囲を見回した理由をユエが一語にまとめる。
「
道中見掛けた体躯は全て白霊の〝尾〟である。軍師の見解では遠くへ行くほど枝分かれし、末端には白霊の意思も介在していない。刺激すると菌糸のようなものを爆散させ、生き物を絡め取りながら元に戻り、取り込まれた者はゆっくり
白霊はさながら、蛇に守られた
「あそこに倒れている者達……覚えている。
南
では大層、士気が高かったが……」状況を判っていないイエンの言葉を、ユエが訂正する。
「違う。彼らは
南東
に降りた組」一度は東西南北に別れ、その後に新たな通路が開き、南東、北東、北西の三組に別れ、今に至る────疲弊度のバラツキは到着ラグによるものだ。
イエンはそんな訂正など気にも留めず、只々、敵の親玉を見据える。
「フン……方角など下らん。俺はアテの無い旅を好むタチなのでね」
今度は花雪が指摘する。
「貴様……その
イエンは瞼を〝ピクリ〟と動かす。
「貴族風情が【この眼】を語るな……────大体っ! 貴様だって判って無いのだろう!?」
官、民、無法者、秦人、白霊、様々な者が無計画に掘り進み、アリの巣のように巨大化した迷宮。おまけにそれらは根の気分次第で開閉する。ユエのような〝コンパス体質〟でもなければ経路の把握は困難だ。
つまり我軍は〝立体的
「ユエはお前より判っておる。そのユエすらが妾の子分────妾は天を突き抜けるほど【ハイクラス】の住人なのじゃ。目に札を貼った分際は分を
「子分になった覚えは……無いけど」
「だからだな? 俺が言いたいのは、
イエンが聞きたい言葉を、ウェイが代弁する。
「南東は……壊滅したのか?」