†壹† 井戸を覗いたカエル
文字数 4,853文字
怪物と闘う者は、みずからも怪物にならぬよう
深淵を覗く者は、空を見上げる蛙なのだから。
フリードリヒ=ニーチェ
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
百鬼夜行す寅二つ刻。地底から呼ぶ声がする。
『『 あなたのもとに──── 』』
みすぼらしい
『『 あなたあなたもとにもとにあなたあなたもとにああああああーーーっ!!!! 』』
一千年の経過も感じさせぬ絢爛豪華な玄室────けれど、それが迎えてくれるのは最初だけ。進むほど無機質な洞窟に変わり、カビ臭さと足の疲れに襲われ、そう思うと泉湧く庭園に癒され、地底の夜空に驚き、たまに国宝級遺産が顔を出す。
冒険心に誘われ
『『 やっと、あなた、やっと、いきた、なんねん、あなた、なんねん────……なんで? 』』
この地下世界は〝生態系〟さえ地上のそれとは異なる。木綿のような浮遊生物に頭上をストーキングされ、動物ほどの大きさの蟲に襲われ、人語を介する爬虫類から逃げ、ついには半分人間の蛇と闘う。階層を深めるごとに異形化する生物群。それは異形を増しながらも少しずつ人間に近付いているようで────いつか自分もこの地下に蠢く一部になるのだろうか。
『『 なななんでわわわたたたしししこここんなすすすがたあああああーーー!!!! 』』
それら有象無象を
その白い体躯が天井を這う深層。
「だから言ったんだッ! アレはどう見ても
元気になってる姿
だッ!」「やられた……あいつは
最初から
、私達の〝壁〟になるつもりだった……」根暗な男子と清楚な女子が口論している。
男子は普段から冷徹な
『『 わわわたたたしししなななんでこんなすすすがたああああああーーーっ!!!! 』』
ドス黒い声が響く中、根暗な男子はクラブハウスにでもいるように声を荒げる。
「
最初から
ァ!? アイツ、自身がッ! 一番驚いてるじゃないかッ!」荒ぶる男子に、女子は落ち着いた声を返す。
「〝あの声〟に耳を傾けてはダメ……私達の真似をし、
男子はますます声を荒げる。
「何故お前達はそうやって、自分の失敗を認めない!?」
「そうやって深読みさせ、不和をもたらす事こそが、アイツの真の狙いなの」
「それを〝深読み〟と言うのだッ!」
清楚な女子が言う通り、インコなど声の擬態は自然界ではメジャーな生き残り戦術だ。そして根暗な男子が言う通り、女とは自分の失敗を決して認めないものだ。
そんな二人の間に、背が高く、高飛車で、モデルのような女子が割って入る。
「
「違う────ッ!」
男子はモデル女子を指差し、その指を
斜め上
へと向ける。「〝逆鱗を砕けば死ぬ〟という安易な推測で逆鱗を砕き、それが
此処まで幾度もこういう話し合いを行い、その度にぶつかり合って来た。だが不和を齎す本当の原因とは、〝元々の仲が悪いこと〟である。
「砕いたからこそ、放っておけば死ぬのじゃ————」
高飛車な女子は余裕を崩さず反論し、更にもう一人の大柄な男を〝ギロリ〟と睨み〝同調圧力〟を掛ける。
「と、貴様も賛成しよったよな?」
「ああ、死ぬだろうな────」
大柄な男は苦々しい顔で〝アレ〟を見上げつつ、皮肉を返す。
「問題は、それが十秒後か、
千年後
か判らないってことだ……」進むべき道は〝アレ〟が塞いでしまった。よって一同は不満を抱えたまま、各々の得意技術を用いた戦闘────と言うより、掘削作業を開始する。
けれど、その作業も〝望み薄し〟と判断した瞬間、
「ダメ、再生が早過ぎる……」
清楚な女子が学級委員長よろしく申告する。
「……────
体格に見合った小ぶりな剣を掲げると、大柄な男が声を慌げる。
「やめろ、ユエッ! まだ本命が残ってんだぞ!? ────……ぐぁっ!」
大柄な男を含め、護具や甲冑、金属を身に着けた全員が、清楚な女子に引っ張られる────直後、今度は波のプールのように押し返される。荒れ狂う『電磁力』が統一された瞬間、空の無い空洞に雷鳴が轟く。
『『 ────ッ!! 』』
「もう遅い、発動しちゃったから……————
ぶっ殺してやる
」清楚な女子は
雷に触発されたように、ドス黒い巨体も蠢きと轟音を増す。
『『 ややややだだだだ、ししししぬのわわわややや、なんねん、なんねん、なんねん、なんで、わたし、なんで────』』
巨体から無数の触手が形成されていく────それらは一斉に射出され、四方八方から清楚な女子を包み込む。
大柄な男も慌てて皆に叫ぶ。
「クソッ……全員、あの負けず嫌いな
ロリケツ
を援護しろっ!」日陰者達は世界と隔絶された空洞で、喧騒と殺し合いを繰り返す。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
降下作戦開始から4時間44分44秒────天井から白い体躯が見守る深層六階『黒蛇領』
ショートボブが似合う、眼鏡が知的な印象を誘う十八歳の女子は膝に手を突き、苦悶の表情を浮かべている。
全力疾走したような呼吸が、小柄にけしからぬ巨乳を上下させ〝胸甲から溢れてしまわぬか?〟という不安を誘う。背後でもやはり、小柄にけしからぬ巨尻が
けれどそれより目に付く、眼鏡の奥の大きな瞳────それは彼女が『人間では無い』と示すように、不気味に輝いている。
「なんて…………ハァッ……! しつこい生物…………ハァッ……! 驚異的……ッ!」
優等生のユエが、細切れになっても蠢く黒い生物に苦言を漏らすと、瞳孔の光は輝きを完全に失っていった。
雷帝の
ユエは中華屈指の戦闘能力を持つ反面、体力面が
その様相に、同じく十八歳の女子が苦言を漏らす。
雪のように白い肌、亜麻色の髪を上品に結い、片手を腰に見下す
〝モデルのよう〟と言っても『スレンダー』という訳では無い。そう言われればそう見えるが、背が高いだけに『出る所』のサイズは平均以上、なのに『細い所』は平均サイズ、その反比例で平均以上に細く見える。
戦闘用の護具で固めたパンツスタイルも、彼女が纏えば流行先取りのファッションショーにも見えてくる────背が高いとは得ばかりだ。
更に憎たらしいことは、顔だけは平均よりも小さめで、その割に瞳だけはクリクリと大きく、まるで西欧人の良い所だけを選んで持って来たような我儘な容姿。その憎たらしさが彼女から目を離せなくさせ、今度は見ている内に、見ているだけでは物足りないムズ痒さを掻き立てていく。まるで一種の機械的プログラムであり、このような事象を総じて〝フェロモン〟と呼ぶのだろう。
そんな『非の打ち所が無い』を象徴したようなモデル女子は、背が高いだけに尚更大きな巨乳を突き出し、宣告する。
「────
クビ
じゃ」貴族界で『楊貴妃の現代転生』と名高い
花雪の
無駄を削ぎ落した筋肉質な体型、いわゆる『細マッチョ』ではあるが、枯れ木のように角ばった体型は肉感的な女子達よりむしろ細身に見える。
そのイエンが細身に似合った長刀を鞘に収める〝パチン〟という音が気に障ったのか、花雪は鋭い声を返す。
「ぜんぜん思わぬ────お前じゃからな」
すると突然、イエンは左手をマスクのように
「クックック……この俺が〝風水師〟呼ばわりとは、大層
イエンの容姿は、歳と体型に似合わぬ童顔をしており、それがコンプレックスなのか必要以上に男らしく振る舞って見える。男にしては長い前髪も、そのコンプレックスを隠したい気持ちの現れかもしれないが、それも結局〝少年臭さ〟を際立たせており、更に〝少年臭さ〟を際立たせているのが、この妙に時代掛かった、ムズ痒さを想起させる────
「俺の属性は【天に反旗を翻せし黒】……
そのムズ痒い『口調』に、花雪は溜息と共に大きな瞳を細める。
「目に
マスクのように添えた手の中————左眼を眼帯で覆っているが、それも『キャラ作り』の一環にしか見えない。何故ならその眼帯には、それにはとても必要とは思えぬ、いかにも厨二心をくすぐりそうな、所謂『カッコイイマーク』が刺繍されているからだ。
「札にあらず────……!」
花雪の迂闊な一言に、イエンは氷のような視線を返す。
「これはこの眼に宿りし【漆黒の黒意】を封じる封……【堕ちたる黒】で無きお前には分かるまき事だが……」
その様子を、花雪と同様〝嫌悪〟の眼差しで見つめていたユエが『もう見ていられない』とばかりにボソリと呟く。
「ホント、キモイ────……」
大人になりきれない、纏まりも無い若者達。その彼らとは反対に、大人にしか見えない男が一喝する。
イエンより更に大柄。流行遅れの
ロン毛
を高めのポニーテールで纏め、眉間を斜めに裂いた古傷をこさえる二十八歳の男、ウェイ。もっと東、海の向こうの島国からすれば〝武家の若旦那〟のような容姿は、ワンチャンモテ期でも到来しそうな佇まいだが、この辺りの感性では〝自分はまだまだヤンチャなヤング〟と思っていそうな〝やや痛い〟風貌であり、共にいる若者達と比べると尚更オヤジ臭さが際立って見える。
「
そのウェイは、それとなく皆の反省を促す言葉を口にした後、
「おい、
厳しい口調を〝五人目〟に向ける。その声色は、学校の先生が『この生徒だけは嫌いなことを隠す気にもなれないほど嫌い』という程に、辛辣なものだ。
けれど、言われた
「よりによって、アイツが〝切り札〟になっちまうとはなァ……」
地獄のようなこの期に及んで尚、普段通りのその者に、ウェイは眉間をつまんでうなだれる。
そうこうしている内に他の〝北東組〟は先に進んでしまい、この場に残っているのはこの〝ウェイ班〟のみになってしまった。
他班に遅れる訳にはいかない────四人は溜息を付き、