†拾漆† サシのタイマンだぜ
文字数 2,475文字
「————ッ!」
咄嗟にスタンスを縦に変える。白霊の尾が猛スピードで眼の横を通る。
(巨乳じゃなくて、ラッキーだったぜ!)
道服の胸部が裂かれ、もみあげと、耳から吹き出た血が宙を舞う。
(足で感じてりゃ、こんなもん喰らわねェんだよッ!)
突き出た尾が〝ピタリ〟と制止した。先端が鞭のように
身を反らし、リンボーダンスのように躱すと、
「ぢっ……!」
身体が後ろへ流される。後方宙返りで体勢を維持する。
足の接地と同時に大刀を振りかぶる————狙いは尾の切断。
「っ
フルスイングは尖端を僅かに打ち、そのまま空を斬った。
「クソッ!!」
尾は掃除機のコードのように地面へ吸い込まれていった。
ウェイは女型の逆鱗から槍を引き抜き、前方のメンヘラに悪態を付く。
「あの野郎……! 見てるこっちがヒヤヒヤするぜ!」
横目で確認するだけで精一杯、援護する余裕など無い。
(お前が殺られたら、一体誰が合図するんだよ……!?)
呂晶は再び前進を開始する。矛の石突を地面に接触させ、武道のような摺り足で進む、奇妙な構え。
たまに石突で、地面を突く。
「来ーい、来い、来い!」
盗塁を狙う走者のように。どこまで前へ出れるかのチキンレースのように。
一歩一歩、未知のデッドゾーンに踏み込んで行く。
「来ーい、来い、来い!」
白霊の真下から尾が引き抜かれる。
ウェイはイエンと共に、女型の
『『————ッ!』』
(合図を出せても、お前は逃げ切れるのか……!? バフってやつの凄さで、舞い上がり過ぎてないか!?)
イエンが叫び声を上げる。
「ぐはぁッ!」
その頭と肩を踏み台に、ユエが跳躍する。
「ハァアアアアッ!!」
『伸身一回転半ひねり』から逆手に持ち替えた剣を、女型背部の逆鱗に突き刺す。
『『 ————ッ!! 』』
緑の体液が付着した眼鏡を前方へ向ける。
(呂晶、アナタを信じて良いの……? 人のお尻を叩くような、アナタを……!)
白霊の尾が龍が如く昇っていく。直径は人間ほど、長さは白霊より
高い
。呂晶の顔が強張る。
「……っ!」
尾が尺取り虫のように〝くにゃり〟と曲がり、前方へ射出される。
呂晶をみるみる影が包む。
(ゆっくりだけど、落下速度は石と同じ————ッ!)
左方に飛び退き、地面を突いた矛を支点に側宙する。
塔が倒れたような衝撃波が迸る。
『『 ————ッ!!!! 』』
(うっせェ……!)
耳を塞ぐ訳にも、目を瞑る訳にもいかない。もう尾が向こうへ遠のいている。
巨大な土管がブランコのように、こちらへ帰ってくる。
(横薙ぎ……! 今、跳べねーしッ!)
足がもつれている。着地時に地震が起きていたからだ。
(前————……ッ!)
地面を掴み、手で歩くようにヘッドスライディングする。背中の上を『遊園地のバイキング』が横向きで通過する。すぐ後ろから地面を〝ガリガリ〟と削岩する音も。
(うわぁ……ッ! 一歩遅れたら、挽き肉だった……!)
このアトラクションは中華の伝統よろしく、安全性は欠片も配慮されていない。それが人身事故を起こすべく、また往復して来る————
今度は地面に接地させながら、津波のように轢き殺すつもりだ。
(アタシはイエンのケツより魅力らしい!)
腕で身体を起こし、膝を折り畳む。
『『 ────ッ! 』』
尾は通り過ぎるとトグロを巻き、
あの質量に轢かれたら、トマトのように潰されるだろう。あの膂力に巻かれたら、やはりトマトのように潰されるだろう————
そう思いつつ、上を向いた顔がひきつる。
「ウッソ……!」
大木のような腕を振るい、白霊がピッチャーのように振りかぶっている。
握っているのは白球では無く
球体状の歪み
。(そうだった……コイツは元々、
そっち系
だった……!)巨人は下方に、巨大な光弾を投げ降ろす。
『『 ————ッ!!!! 』』
汚い色の爆発が迸る。呂晶は人形のように床を転がり、地面を掴んでブレーキを掛ける。
馬車に轢かれたような痛みが身体中に走る。
「……ペッ!」
血の混じった唾を吐き、何事も無かったように立ち上がる。反対の手にはいつの間にか『盾』が握られている。
【
マフラー型次元門
】に大刀を突っ込み、代わりに盾を引き抜き、内部で腕をクロス、後ろに転がって衝撃を逃した。「ノロイんだよ……────ダイエットしろ、ブスッ!」
練習に練習を重ねた、得意の
(薄布を纏ってた感覚が、消えた……! 数回は保つんじゃなかったのかよ……これだから
ト
んだ。不良品を仕込まれたのか、無ければ死んでいたのか。(態度に出すな〝効いてねェ〟て思わせろ……!)
鼻を拭い、三度歩き出す。
光弾は炎では無く毒を伴う術。だが肌が爛れない、気分が悪くならない、身体が軽い、鼻血もすぐ止まる————他のバフは生きている。
「来ーい、来い、来い!」
白霊の左肩が燃え上がる。
『『 ————ッ! 』』
右翼の誰かが援護の氣功を放った。着物が燃え、肌が露出すると炎が消える。
(右翼が片付き始めてる……!)
白霊は
目だけを上げ
、また下に向ける。「さ、来ーい、来い、来いっ!」
無表情だが、首を真下に傾けねばならないほど接近した者に————明らかに苛付いている。
「来ーい、来い、来い!」
盾を
(尾は当たらない、術も効かない、お前はもうすぐ丸裸……
アレ
をやるっきゃねーよな……!)上を注視しながら、代わりに大刀を引き抜く。
「来ーい、来い、来い……!」
焦らず、スタンスを落とし、構えたまま慎重に前進する。
(せめて……アタシだけは逃がしたくねェよな────ッ!)
真上を向いたまま、自分でも驚くほど威力の弱い突きを放つ。
「来ーい、来い、こっ————」
その〝タッチ〟を合図に、白蛇領が動き出す。
「来たぞォオオオオオオーーーッ!!!!」