†中世中華のお風呂事情⑤† 左腹部の傷跡
文字数 2,025文字
「ああ、これ? けっこう強い商————盗賊と
呂晶の左腹部、そこには四センチほどの古傷が刻まれている。
『深そう、ですね……剣……にしては、小さいですけど』
「ううん、矢傷」
『矢傷ですか? ……にしては、大きいですね』
そう言いながら美鈴が傷に向かって手を伸ばすと、
「————ッ!」
呂晶は〝ビクリ〟と身を逸らす。美鈴も〝ビクリ〟と手を引っ込める。
『あ、すいません……つい』
「ああ、えっと……変な刺さり方したから。刺さったってか抉られたって言うか」
『うぇぇ、痛そうですね……』
駆け出しの頃、一人で襲った小規模商隊————
四人編成のうち三人を倒し、最後の弓手の矢を掻い潜り、いざ肉薄して勝利を確信した時。相手が弓を射ず矢を掴んで刺してきた。相打ちのような形で殺したがこちらも腹を抉られてしまった。
身体に傷を付けた商人と未熟な自分を心底恨んだ。
(クソッ、めざとい雌だ……普通傷のことなんて聞くか? デリカシーが無ェ……)
美鈴の方は『商隊を守った名誉の傷』とでも思っているのだろう。謙遜した様子で尋ねる。
『私も〝神隠し〟……? は、視えるんですけど、気孔の方はさっぱりで。やっぱり霊宮で修行しないとダメなんですかねぇ』
そう言って掌を突き出し、首をかしげる。
世界に点在する『神隠し』と呼ばれる歪み————自然発生したのか、人工物なのか、何ひとつ判っていない。気功家の間ではとりあえず『古代文明の遺跡』とされている。
呂晶は隣の隣にいる遊珊を覗く。
「そんなコト無いって~っ! 先生なんて、もうアタシより上手だもんね!」
遊珊は頬に細い指をあて、顔を傾ける。
「あら、ホント? 呂晶に言われると自信ついちゃうわね」
「
アレ
を使える弓手はそういないし、ソレ
を当てるセンスがスゴイんだよ!」『————??』
呂晶はあえて二人にしか通じない言葉で会話している。美鈴に疎外感を感じさせるために。
遊珊は手をくねくねと蛇行させる。
「私、アレしか取り柄ないのよね……性に合ってるのかしら」
美鈴はめげずに会話に参入する。
『お二人共、スゴイですね! 私なんて〝大商人になって帰ってくる~〟なんて親に言って出て来たのに、いつまで経っても下っ端ですもん』
呂晶は小さく舌打ちする。
(ウッザ! お前の貧乏臭い身の上なんてどうでもいいんだよ……空気読んでさっさと爆ぜろ)
遊珊は優しい声で励ます。
「大丈夫よ、美鈴ちゃん。輜重班が気孔なんか使えても器用貧乏なだけだもの」
『え~、でもぉ~! 先輩カッコイイじゃないですか、力も女の子とは思えないほどあるし、重い物もスイスイ運べますし、おすし!』
「そんなに便利な物じゃないわ。気を抜くと腕が上がらなくなっちゃうし、精神的に疲れるもの」
遊珊はハタと気付いたように続ける。
「あら、でも————気孔ってあまり使わないと、経脈が閉じちゃうって聞いたけれど?」
美鈴は焦ったように問う。
『えっ、そうなんですか!?』
逆にハブにされていた呂晶は得意気に解説する。
「アーシ知ってる。十代後半から閉じていくんだ。何もしないと二十代には閉じ切ってもう開かなくなる。歪みも見え無くなる」
美鈴の顔をが悲壮に染まる。
『じゃあ、私……ヤバくないですか!? 今、十九なんですけど!』
花雪隊には『最低でも気
孔
家であること』という採用条件があるのだ。『修行ですか!? 修行必須ですか!?』
「別に閉経してもバレないよ。視えてるフリすれば良いんだから」
『でも、でも……私そういうの顔に出ちゃうから……』
「気孔に囲まれた生活してれば平気って話だから、この隊にいれば大丈夫だと思うけど————心配なら〝通し〟やってもらえば?」
美鈴は縋るような目を左に向ける。
『ゆ、遊珊先輩ぃ……』
「ごめんなさい、私やったこと無くて。呂晶はどう?」
美鈴は縋るような目を右に向ける。
『ル、
「良いよ。最終日にでもやってあげる」
『よっ、良かったぁ……!』
美鈴は祈るように手を組み安堵する。
「もう友達なんだから、それくらい当ったり前だしぃ~っ!」
『呂晶さん、ホン……ットに、ありがとうございます! 私、呂晶さんとお友達になれて、ホントに良かったです!』
「あはは~、大袈裟ぁ~」
呂晶は邪悪な笑みを浮かべている。
(ああ、やってやるよ。テメーの経脈がグッチャグチャになるようなのを。〝あ、ごめーん、やり過ぎちゃったかもー!〟〝い、良いんです……せっかくやってくれたんですから……ど、どうもありがとうございます……〟————ウケる)
通しとは気功家の基礎にして奥義。気孔感覚の伝授も可能だが、大抵は破壊に用いられる。
遊珊は微笑みながら言う。
「美鈴ちゃん、良かったわね?」
『はい、先輩が言ってくれなかったら、どうなってたか……』
美鈴はハタと気付いたように声を上げる。
『あっ……先輩!
お背中お流しします
!』「————ッ!?」
呂晶は弾丸のようなスピードで顔を向ける。