†貳拾† 白く優しく、争いの無い世界
文字数 5,314文字
『終わった……何もかも……』
誰かが発した弱々しい声も、全てが
無慈悲な────いいや、見方を変えれば慈悲ある光が全員を、ウェイを、光速で包み込む。
光速と言っても陽の光とは全く違い、暖かみも何も無い。上からではなく下からの光だからなのか、とにかく〝光〟と言うのも全く違う。
感覚として近いのはそう、あの【遺跡】だ。
いつも、戻って来れるか不安を抱えて飛び込んでいたが、これは戻ってこれない────と言うより、
戻ることを前提にしたものでは無い
、そんな曖昧だけど確かな感覚が【遺跡】を視ることが出来る彼らには理解出来る。『自分はよくもこんな物を使っていたものだ』と、今更ながら思い出す。唯一の救いは、石になっていく感覚が〝痛み〟とは違かったこと。熱いでも無い、寒いでも無い、触れられたり、掴まれたりでも無い。この、自分が広がり宇宙に満ちていくような曖昧な感覚は何なのだろう。生物には関わり無い現象だから、進化の過程で感じ取る感覚器官が形成されなかったのだろう。
痛みが無いから、生への執着や、死の回避本能で一杯にはならず、最期の瞬間まで、最期について想いを馳せることが出来る。
(ああ……これだけの被害を出しちまったら、武官の道は終わったな……)
ウェイがウェイらしく〝責任〟に想いを馳せていると、隣の優等生は剣と手を握り締める。
(悔しい……)
優等生は優等生らしく、最期に〝思考〟を選んだようだ。
(最後の一撃をウェイが放っていたら……でも、ウェイの火斬はあそこまで届かないから……)
首を焼き斬れるウェイは立体機動が出来ないし、そもそもそんな余力は残っていない様子だった。
あの高さに翔べるのは呂晶、花雪、そして、
(私の雷斬だったら————……?)
【雷功】雷刃系列 第六訣 雷斬訣
(いいえ。温存していたら黒蛇は倒せなかった────……全部、イエンがあの道を選んだから……!)
握った手に力が籠るが、すぐに緩む。
(……私達が黒蛇を
黒蛇に相性の悪い呂晶を温存し、だからあれだけ元気に立ち回れて、今あそこにいる。
(やっぱり、無理────……だよね)
宣誓────私達は、我軍は皆、それぞれなりに最善は尽くしました。
それでもダメなのだから、白霊を討伐することは最初から不可能でした。
(……なら、いっか……)
〝あの時ああしておけば〟そういった
だからいつものように、冷静のまま最期を迎えられる。
(花雪、ごめんね────)
その手に繋がる者もほぼ同時、似たような思考に至る。
(て言うか、この距離……武官とか言ってる場合じゃ無くねェ?)
世界が白で塗り潰される。
暗闇のように何も見えない。
感じるのは手に繋がるぬくもりだけ。
命の蝋燭が吹き消されるように、全員の巫舞が掻き消されていく。
(やりたいだけやって、ユエ
さん
と手ェ繋げちまったんだ────悪くねェ人生だったろ?)白く優しい、影の一つも生まない光。
各々の大切な人を想いながら────
みんな死ぬ。
「ヘレンっちぃ、イケるぅ~~~?」
皮肉屋はゆっくり眼を見開き、争いの無い美しい美しい世界に、
「さあ、どうかしら────?」
皮肉を
『『 ────ッ! 』』
瞬閃が閃光を掻き消し、地面で少量の岩がはじけ飛んだ。
「失礼────目もあてられなかったもので」
陰気な洞窟に瓦礫と早朝の光が降り注ぐ。
『『 ……? 』』
視界が突然、真っ白から真っ暗へと変わる────
閉じていた瞼を開けると、赤い輪が広がりながら消えていく。
『……スゲェ……』
赤い、赤い、天使の輪────冠する者に頭は無く、そこに在ったものが〝ズシン〟と地に落ちる音だけが響く。
それはまるで、それ自体に大きな意味が込められた『タイトル・神殺し』とでも名付けられていそうな、そんなオブジェクトだった。
『石に……なって……ない……な』
麻酔から醒めたような曖昧な感覚。
身体が重い。頭が回らない。どれくらい時間が経ったかも判らない。
『……一瞬に思えて、千年くらい経ってたりして』
『石になって……死んで……蘇生された可能性も、微レ存?』
ああ、そういえば────【遺跡】と同じで出来れば使いたくない、あの【巫舞】を使ってしまったのだった。明日は筋肉痛でロクに動けないだろう。
『落ち着け、まず〝コレ〟だろ……』
『みんな数秒前より、ずっと落ち着いてる』
『だから……そんな中で、この売国左翼の白太后を斬首に処した、最強
状況を把握するにつれ、静寂が解けていく。
『お前か、お前か……俺か?』
『〝どうぞどうぞ〟と言いたいが────お前が〝終わった、何もかも〟て言ったのを、俺はちゃんと聞いていた』
飛来した隕鉄が天井を破り地下に到達。
押し込まれた刃先
が首を飛ばしたのだ。『首を撥ねた武器を持つ者が────』と言うならば、白霊の討伐者とは今、宙空を錐もみ回転しながらオブジェの肩に引っ掛かり、石コロのように転がり落ちた者になる。けれど、この場の全員にとっては、
『例の、胡人だろ』
『だから、皆んな判ってる』
左翼後方────舞い散る
自分達の中に
アレ
が出来る者はいないのだから、消去法でそうなる。それにあのメンヘラはむしろ失礼な命乞いをしていた。『今度こそ……倒れるぞ……!』
脳の指令を失った
『『 ————ッ!! ————……ッ! 』』
その轟音が収まるや否や、拳が一斉に突き上がる。
『『
『やったか!?』などというフラグは誰も立てない。
『よっしゃぁああああーーーッ!!』
首を切られて生きている生物はいない。〝頭は吹っ飛んだが視床下部が残っていて八カ月生きた鶏〟とか〝雌雄同体の分裂繁殖を『再生』と謳うプラナリア〟などの曖昧な例も存在するが全員が本能的に理解する────この光景を見る為に戦っていたのだと。
『ウオオオオォォォーーーッ!!』
特に、死を覚悟してからのミッションコンプリート。
こういう
『イィィィディィィエェェェフッ!!』
『ヒェアッ! ヒェアッ! ヒェァアアアアッ!!』
『ハッハッハァーッ! 何だよ、その声!』
もし想定外のことが起こったとしても、その時はその時。
パリピ達が手近な者と叩き合い、称え合う中、一人が〝それ〟を思い出す。
『おい、喜べ────ッ! ジュースを奢ってもらえるぜ! ジュースだぜっ!? 酒じゃなくてジュースだぁーーーっ! やったぁーーーっ!』
隣の者はシャワーを浴びるような顔をしながら、両手で前髪を搔き上げる。
『チョー嬉ッスィー……マジッ……ジュウッス……! チョー嬉ッスィンスケドォー……ジュウッス……!』
その隣の者は、左手を仮面のように顔に添える。
『なァに────俺ら、礼とか言い合わねェもんなァ……後でジュース奢る間柄だもんなァッ!?』
『そうそう、そうなんだよっ! 俺ら〝
ジュッ友
〟だからなっはっはっはっはっはッアッアッアッアッアッア……ッ……ッ……ッ……ッ……ッ……ッ!!!!』一人がおもむろにクライマックスを迎える。
『ジュースッ!! バターッ!! なんつってぎゃっはっはっは!!』
『かぁ~~~っ!! ジュースかぁ~~~っ!! みんな大人だなぁ~~~っ!! ボク、ジュースより牛乳が好きなんだけどなァ~~~ッ!!』
『だよなっ!? ジュースはちょっと、大人な飲み物過ぎるよな!? ボクらにジュースはまだ早過ぎるよぉ~~~っ!!』
『てかオマエ、意外と美人じゃね?』
『そうなんッスヨ~っ!! 実際、問題っ! 意外と美人なんッスヨ~っ!! 参っちゃいやすよ~っ!!』
ウェイは右手で膝を突き、溜息を吐き出す。
「ハァー……どうやら、生き残っちまったようだな……」
武官になる夢は果たせなかった。でも気分は悪くない。皆が羨むような、お尻の大きなムチムチショートボブ眼鏡委員長と手を繋げたのだから────と、ウェイがそんな事を想った時、
「あっ……あの…………い……痛い……っ」
それは小さな声なのに、何よりも鮮明に聞こえる声がした。
「あ」
それを握ったまま槍を投げ、その後も一喜一憂しながら握っては緩め、握っては————覚えていないが、つまりは思う存分〝ニギニギ〟していた。
武術家とは思えぬ華奢なそれには、耐えられないほど痛い行為だっただろう。
「わっ……
もう遅いが、ホールドアップするように離す。
「なんつーか、俺ッ!! 頭、真っ白になっちまって……!」
この男は背が高いだけに、隣の女の子とは反対に動作がいちいち豪快で広い。
「平気────痛かったけど……問題、無いから……」
対して、ショートボブの似合う眼鏡っ娘は右手を巨乳に押し付け、おずおずと左手で包み込む。
隣の大男とは反対に、動作がいちいち小さく軽い。なのに臀部は大きく立体膨張している。
やはり世の中、ギャップ萌えなのか。
「そ、そっかァー……あっ、ヤベッ、俺ッ、槍、取って、こねー、と! 投げちまったんだ……花雪の剣も……意外と美人も引っ張り出さねぇと……!」
責任感の強い男はロボットダンスのような動きをした後、
「あっ……」
「生きてっかなぁ~? ア~イツぅ~?」
前屈みの奇妙な走りで、S字を描く軌道で逃げて行った。
ウェイは〝あの感触は今夜ゆっくり思い出し、物思いに耽よう〟と心に決めた。
「……いくじなし」
巨乳の間の右手を見つめ、誰にも聞こえない声で呟き、
「────
正気を疑う。
「私……何を言って……」
〝痛い〟と申告したのは自分である。〝問題無い〟は判るにしても〝意気地なし〟では〝更に痛い行為へと及ばない責任への批判〟に変わる。前後関係が成り立たない。そんな統失な言葉が出た理由に検討が付かない。
「ホント、私……何を言って————……」
痛みが引いていく代わりに、得体の知れない感情に支配されていく。自分が知らない自分に変わってしまうような。
これは腹を立てているのでは無く、
(怒りと……焦燥の……中間────)
「うっ────!」
頭に〝ズキリ〟と走った感覚から、最も正確な解答を導き出す。
「今日は、
彼女は知武と恥部を併せ持つ、とても優秀で、健康で、お尻の大きな眼鏡っ娘だ。
「今日の仕事────……終わり」
ユエが最小の動作で剣を鞘に収め、ワガママボディをアピールするように一伸びする一方。
────呂晶は白霊の首と共に巨体に埋もれ、ひとり、赤黒い筋繊維を掴んだ拳を震わせていた。
「クソッタレ……ッ!」
右の拳に力が入らない────右肩が脱臼している。
身体中が痛くて重い。景色が突然『線』になったのは二度目だ。
(アタシの〝デコ〟に傷付けた……あのガキの……〝アレ〟……!)
外の勝鬨はあのガキに向けられたもの。合間に聞こえる〝意外と美人〟という言葉は自分への嘲笑。
〝命乞いってやつぅ?〟〝ダッサァ~〟〝サイッテェ~〟という己の言葉が、己に重く伸し掛かる。『首を撥ねたのは私だ』と叫んでも、更なる笑いの種を撒くだけ。
「クソッ……クソォ……ッ!!」
〝穴があったら入りたい〟という状況もある中、現状は不幸中の幸いなのだが、いざそうなると気持ち的になかなか出て行く気になれない。物理的にも片腕が使えず、巨体から這い出るのに手間取う。
そして這い出るのに手間取っている内、他にもムカつく事を思い出した。
やっとの思いで脱出し、自分の武器を見回す。あの手応えは、おそらく────
「クッソォオオオオッ!!!!」
肩を抑えているので、足で地面を踏み抜く。
全財産の五分の三を注ぎ込んだ、最先端技術の結晶とも言える自慢の大刀、
完全に折れなかったのは不幸中の幸いだが、峰側から走る亀裂は切っ先まで達している。修復できるかは怪しい。
(一体コレに、いくら掛けたと思ってやがる……っ!)
脳天に落した方が確実だったのに
ワザと
コレに落としたのだ。その恐ろしきコントロール精度さえ皮肉に使う、皮肉屋のガキ。あんなに強いガキがこの世界にいてたまるか。
そんなことを想いながら、破損が広がらぬよう慎重に拾い上げる。
「いぎ────……っ!」
身体中に痛みが走る————この武器、こんなに重かったっけ。
こんなに重いのに割れてんじゃねーよ。
クソ、何もかもイラつく。
(完璧に……
計画通り
だったのに……!)